第49話 戸惑い
私はこのところ、ちょっとおかしい。
自分でもわかってるんだけど、何か感情の浮き沈みが丸わかりになっている、ありえないよね、コントロールできないの。
うちの保護者ズは、そんな私に大人っぷりを発揮して、半端なく猫かわいがりしてくれる。
だから私はそれを無尽蔵に求め、そして喰らいつづけている。
私から珍しくみんなにぴっとりとくっついて離れないし、いつもは何でもないテイちゃんに纏いつく仕事先の女の香水の匂いにさえ、眉をしかめてしまう。
それを見たガンちゃんが、わざと香水をつけてきて、いつもの私なら相手にしないのに、それを怒って喜ばせてしまうくらいに変。
うん、原因なんて悔しいけどわかってる。
父が意識が戻っている時に、私に会いたいと言ったらしく、母親からもう一度病院に来てほしいと連絡がこの間きた。
ユキちゃんから、1日の内で意識があるのもそれほど続かないんだという事、いつ昏睡状態に陥ってそのまま危篤という事態に入ってもおかしくないんだよと説明されて、「やっほ」の件が終わったばかりで機嫌がいい私は、一度会ってみてもいいんじゃないかと、いかないと決めていたはずの病院に、気まぐれをおこして父に会いに病院に行った。
病室には母がいて、いつももう少ししたら目覚めるから待っていて、とお願いされて1時間だけという条件をつけて私は大人しく病室で待っていた。
この間と違って父の病室は特別室の個室になっていたから1時間くらいならと待っていた。
母は聞かないのに説明してくれた。
病院が取り計らってくれたという事、その差額ベット代や個室の料金は請求されていない事など。
そりゃあ、ユキちゃんとお近づきになりたい一心ってとこよね、現に事務局長とか院長とかが、入れ替わり立ち代わり挨拶にくるもの。
私はベッドに眠る父を数年ぶりにちゃんと見た、すごい痩せてる。
母とは話すこともなく、私の無言の拒絶はわかるらしく、私に必要以上に話しかけてこない。
うん、楽だ。
今日もユキちゃんときたんだけど、院長たちがめんどくさいので、その相手にユキちゃんをおしつけてやった。
どこぞで接待されてたらいいよ、ユキちゃん、さすが使い道のある男。
そして、もうすぐこの病室に来て四十分になるころ、姉の碧がやってきた。
・・・・・友人を連れて。
私がいる事にとても驚いている。
母もその友人とは顔見知りなようで、
「大輔君もきてくれたの、アルバイトもあるのにありがとう。あまり気を遣わなくていいのよ。」
そういって、姉の友人の大輔君とやらの持ってきた花を受け取って、世間話のように気さくにお互い近況を話している。
姉は私がいるのに驚いたままでで、何のリアクションもとらないので、母が妹だと私を友人の大輔君に紹介して、そのまま花を花瓶に移すため洗面台の方にいった。
どうよ、これ、沈黙が支配した空間ってやつよ。
その大輔君とやらは、いたって普通の背の高いひょろっとした人で、姉の碧をみつめるその柔らかな眼差しで、その関係もわかった。
私が無邪気にお姉ちゃんの彼氏?と笑いかけると、照れたようにうなずいて、私にもよろしく、とちょっと恥ずかしそうに挨拶をしてきた。
・・・・・うん、私のセカンドラブの目標に掲げた純朴王子がここにいたわ。
私が興味深げに、純朴王子をみつめていたら、はじめて姉の碧が私を表面からみてきた。
その眼差しはとても不安定で、内心の動揺、おびえ、疑惑、それらをクルクルクルクル伝えてきた。
私がその眼差しをきっちりと受け止めて見つめ返してやると、姉はびくっと下を向いてしまった。
何、何?その態度、彼氏の大輔君もどうしたの?って感じで姉と私をみている。
バカにしないでくれないかしら?姉にとって未だに私はあの時の私なのね。
この間の様子じゃ、都合の悪い事は優しい記憶に塗り替えて忘れていたっぽいくせにね、自覚してるの?
まったく、どうせならそのままでいなさいよ、そのまま堂堂といてちょうだいよ。
貴女の今の表情って、私をじゃなくて、自分を思っての事だよね。
私が貴女ごときに、未だにかかわりあっているとでも思っているのかしら?
どこまでわからない女なの?貴女の目線は自分では彼氏を見られて気まり悪いせいだ、なんて思っているでしょうけど、違うわね。
それは未だに私を自分の下だと捉えてる視線、決して今の私をみようともしない視線、あの時と変わらない視線。
だから私は言ってやった。
「ごめんね、この通り私達仲が悪いの、相性最悪?って奴なのよね、中2までは仲は良かったんだけどね。理由を聞きたい?すんごい単純明快なのよ、これが。」
そう言えば姉は顔色を悪くし、うつむき、私が笑顔なのに比べて姉がこの様子なので、彼氏君は強い視線を私に向け、姉を守るように姉の傍により近づきたたずむ。
はいはい、悪者は退散しますよぉだ!もう約束の1時間がすぎるもの。
だから、私はうつむいて震えたままの姉をおもむろに見て、彼氏の大輔君に「ごきげんよう。」とにっこり微笑んでから病室を出た。
どうよ、ちょっとした悪役ぶりよね。
そして、その時は全然平気で反対に鼻で笑ってたはずなのに、時間がたてばたつほど、何か釈然としないモヤモヤに囚われて、現在に至るわけ。
私何が気に入らないんだろう、私の夢の純朴王子を手に入れた姉?
それとも何も知らないくせに、それでも自分の大事なものをきちんとわかって守ろうとした純朴王子?
違う、違う、そんな事じゃないよね。
そんな事じゃないんだ、姉の眼差しをもう一度思い浮かべる。
あれは、そうあれは傷ついた目、深く深く傷ついた目。
ああそうか!私は姉のあの眼差しが許せないんだ。
ひどくおびえ、苦しみ、逃げるあの眼差し、あれは自分の為に、自分だけの為に傷つき自分が被害者であると訴える眼差し。
そこには私という存在は根底からないんだ、はじめからいない。
私が壊れたあの時を姉が本当に意識の外に置いていることを知ったからだ。
姉の中にかろうじて存在している私は、あのみじめなままの私しかいないんだと理解して、初めて憎むという感情がひっそりと芽生え、それに戸惑っていたんだ私は。
さあ、どうしてやろう、ふとマザーグースの歌が頭に浮かんだ。
「だ~れが殺したクック・ロビン」
そういう歌があったはず。