第4話 巌の思い
群れその1の視点です。
自分でいうのもなんだが、俺達は順番は別として皆陽二に拾われ、そしてここにいる。
陽二は10数年前に出会った時から、ひょうひょうとして不可思議な男だった。
まだ12の俺はしがないスナックのホステスをしていたオフクロが客の男を銜え込むたび、アパートを追い出されてストリートで生きていた。
学校なんざいったこともなかった
けれどこんな場末に転がる奴のなかにゃあ、学があり、ついでにお人よしもいて俺はそんな連中から読み書きを教わった。
まあ、そういうやつらはその甘さと優しさで、この場末よりもっとひでえ所に墜ちていっちまうがな。
手を差し出されたからといって、それを返そうとすれば一緒に落ちるしかねえから誰も手を振り払う。
おふくろの新しい男は薬中のチンピラ上がりで、結局おふくろはどこかに売り飛ばされたらしく、俺は正真正銘のホームレスに12の年になった。
こんな俺の体でも欲しがる女や男に安い金で、毬っころみたいに、あっちにポーン、こっちにポーンと投げられながら生きていた俺だが、12の寒い冬いわゆるインフルエンザらしき風邪にやられフラフラしてるとこを、どこぞの制服をきたお坊ちゃん方がホームレス狩りをしているところに出くわし、そのとばっちりを受けて、俺もギタギタにされて、その公園の裏でぶったおれていた。
さすが、もうダメかと別に何の感慨もなくじっとしていると、人の気配がする。
見やる気力もないので、ほっといたら、声がした。
「生きたいか?」と。
俺はあまりのバカらしさに、返事もせずにぼ~っとしていた。
生きるの死ぬのなんていうのは、まともに暮らしている奴の台詞だ、そんな甘い台詞を吐く奴なんざ知ったことか、アホらしい。
俺が無視していても、その気配は動かなかった。
俺は一人できちっと死にたかった、俺の望みなんて、そんなもんだった。
いつまでたっても動かない気配に、俺の初めて持った望みを邪魔する奴に、とうとう俺は自分でも動かすことが辛い顔をやっとあげ、そいつをにらんだ。
その後俺が気が付くと、俺は綺麗な部屋のベッドの上で腕に点滴をされ、しっかりと生きていた。
警戒する俺に陽二は決して必要以上に近づくことをせず、やがて1年を過ぎる頃には、俺は陽二から教育を受け、その後、俺の父親の迎えと称する奴が現れるまで陽二から生きるノウハウをきちっと叩き込まれた。
父親というのは、日本を2つに分ける暴力団の一つに属する中堅どころの組をまかされていた男だったが、こいつも極道らしく、あまたそこらへんにいる自分の子供らしき奴らから、一番まともな、まともっていってもやくざのまともだ、おってはかるべし!だな、そん中から俺を選んだ。
そして俺は天分ともいえるこの世界を、若干30にして、本部の総長の覚えも良く今やその大きな組織の幹部として、おやじから受け継いだ高津組組長として、ここにいる。
俺と同じような宍倉の奴も幸弘の奴も陽二に拾われた口だし、礼司の奴はお家騒動のごたごたで妾腹の礼司が、子供で何の力も味方もいない中で体も心も壊したのを、自分の病院で幸弘が拾い、陽二がやはり生きるノウハウを叩き込み育て上げ、今あいつは次期総帥の地位を得ている。
実際あいつはそんなもの欲しちゃあいないが、嫌いな奴らが地団太踏むのがおもしれえって理由で次期総帥の座を手に入れやがった。
まあ、恭弥は俺が拾って、陽二が育てた口だ。
いずれヤンチャどもとの遊びに飽きたら、俺の右腕として高津組に入ってもらうつもりだがな。
陽二が誰でも拾うかっていったら、全然ちげえ。
3歳くらいから年いったやつまで同じようにぶったおれてるのに遭遇しても綺麗に無視しやがる。
まあ俺達もだがな。
そんな陽二の所に子供、それも女の子供がいると恭弥に聞いてはじめ俺達はまた陽二が拾ったか、ぐらいにしか思わなかった。
けれど嬢ちゃんと陽二の様子をみて、それが違うとすぐわかった。
あんな陽二は初めてで、俺が初対面の時、脅すつもりはなかったが、ちょうど血なまぐさい仕事をちょいと片付けた後なんで、それが俺にも濃厚にしみついていた。
嬢ちゃんが怯えをみせた時、俺は初めて陽二の冷たい怒りを浴びた。
そん時はとっとと退散したが、俺達は、そんな初めての陽二の様子が気になって暇さえあれば陽二のマンションに押し掛けた。
そして、徐々に嬢ちゃんが俺達に慣れ俺達も嬢ちゃんに慣れ始めた時それはおこった。
あれは全員そろって昼食の時だった。
嬢ちゃんが初めて俺達の名前を聞き、一人一人の名前を小さく繰り返しながら、そっとそれを呼ばれた時、何ていうんだろうな、やっと目を合わせて笑ってくれた時、そう、満たされた、って何故か感じたんだ。
俺のいや俺達が生きてきて初めて「満たされる」って奴を知った瞬間だ。
嬢ちゃんが帰ったあと、その感覚に酔った俺達に陽二の奴が言った。
「たまんないだろ?凄い毒だろ、俺達みたいのには。・・・でも、もうないでは生きてらんない。」
俺達は目を合わせ、この群れの女王に乾杯をした。