第42話 キョーちゃんと一緒
寝不足の私は、頭がぼーっとするのに任せ、ユキちゃんに朝ごはんをあっさりとした和食を作ってもらい食べた。
今日もいそいそと臨時病院に向かうユキちゃんと、同じく休みとはいえ接待されに向かうレイちゃんを、ちゃんと良い子で見送る。
そして、私の首筋に見えるキスマークを、それぞれ指で優しくそっと辿ると、2人ともいい笑顔で、
「ふふ、あのバカどもには一度教えてあげる必要がありそうですね。」
「確かに・・・。今度いい薬でも用意しておきましょう。」
そう言って穏やかに笑い合っている。
うん、そこは私を抜いた所で話しをしてちょうだい、と思う、寝不足の朝はきついもん、そういう系の会話。
2人を何とか見送ってもう一度寝ようと、ヨウちゃんの部屋に行こうとすると、喉が渇いたのか、ユキちゃん特製ハーブジュースを飲んでいるテイちゃんがリビングにいた。
「おはよ。」
私がそう言うと、
「う~飲みすぎた、久しぶりに陽二とあの後、朝まで飲んだんだが、ちぃっと飲みすぎたかなぁ。」
そう言って眉をしかめた。
そして、めざとく私のキスマークに目をやると、面白そうにひょい、と今度は眉をあげ、クックと含み笑いをする。
楽しそうだ。
「それは、あの後聞こえてきた騒ぎのせいか?高津の大声があいつの部屋から聞こえた途端、陽二の奴、大爆笑してたぞ。」
そう言いながら歩いてきて私を片手で抱きしめてくる。
気のない女でも一発で落ちそうな、気だるげで半端ないフェロモン全開にして、私の耳元にキスをしながら囁く。
「で、俺にはお仕置きをしてくれないのか?透子。」と。
はぁ、私は何度もいうが寝不足だ、それもあのバカ2人との攻防つきの。
私の機嫌が急降下するのを感じたらしいテイちゃんはさすがタラシの元締め、
「んな顔すんな、な、透子。ほらたまには一緒に寝ようぜ。さすがに俺も眠い。来いよ。」
そう言って私にその大きな体をすりつけ、大型犬ですよ、と猛獣の癖にワンコに擬態する。
シロとコロに対する私の態度を見て、最近テイちゃんは「俺も犬ですよぉ」的な仕草をしだしてきた。
さすが弱いとこついて甘い汁搾り取るプロ、私は怒るのも馬鹿らしくなり、そのままテイちゃんに午後遅くまで優しく抱かれて眠った。
・・・ガンちゃんが乱入してくるまで。
今、寥先生がロシアに行ってるもんだから、私は今朝練ないんだ、だから軽く自主練してる。
シャワーを浴びて戻ってくると、ユキちゃんが作り置いた遅いお昼ご飯にした。
そして、陽も沈みネオンがまたたく頃、最後の職場訪問にキョーちゃんと出かけた。
迎えにきた副長の神戸さんたちと軽く挨拶をかわし、キョーちゃんの持つビルに入ってるクラブに向かう。
繁華街にあるその黒で塗られたビルはどぎつい真紅の流線が描かれ、私はみただけでゲンナリした。
私のシックな黒のドレスは裾に向かって遊びのあるデザインで背中のドレープも綺麗だ。
首には幅広の本物のダイヤのちりばめられたゴージャスなチョーカー、これが持ってる中で一番幅広だったのよ。
手首と足首にもお揃いの奴、・・・バカロンからのプレゼントの一つだけど。
何で私が成金の上をいくようなアクセサリーつけてるかといえば、首筋に大量にあるキスマークのせいなわけ。
かといって絶対、この黒いのは着たかったの、我がまま?そんなの知らないわ。
そのクラブに入った途端、キョーちゃんに殆ど抱きかかえられている状態の私に好奇心バリバリの視線が刺さること刺さること、ほんと面倒。
年内に入ってすぐ、一番奥の個室に連れていこうとするキョーちゃんに、私はめんどいのは嫌いなんだからね、とやんわりと雰囲気に出した。
キョーちゃんと歩きながらも、耳には店内の声が聞こえてくる。
「すげー美人!」・・・・・当たり前。
「えっ、総長の女・」・・・・・違うから。
「あれつけてんの本物?」・・・・・あんたバカロンに殺されるよ。
そんな声の中、女達の嫉妬の視線と何よ、あの女!の声も聞こえてきた。
レイちゃんいわく、
「女の嫉妬の視線を浴びるだけ浴びろ、その分ますます透子は美しくなる。」
と言うんだけれど、それって私がSって事?いや、それともM?
一度レイちゃんと話をする必要あるかも。
そんな馬鹿な事を考えてる私に、キョーちゃんが突然後ろを振り向いて言った。
「今、俺の大事な女に罵声を浴びせた奴は誰だかわかるな?すぐに叩き出せ、勿論、その後の事はわかってるな、何をしたのか思い知らせてやれ!」
シーンとなる店内と数人の女の悲鳴、グラスの割れる音が、即座に背後から聞こえてきた。
私、ほら今日はめんどいの嫌いな日だから、かまわずスタスタ個室めざして歩いたよ、知らんふりして。
キョーちゃんがすぐさま慌てて私に追いつき、私の腰に手を回し、一緒にVIP室だというその個室に案内されて入る。
続けて私も知る幹部たちがやってきて、キョーちゃんが仕事モードに突入した。
私は軽いアルコール入りのりんごの発泡酒を飲みながら、キョーちゃんが腰に回す手を何とか追いやろうと奮戦している。
だって、座りずらいのよ、これ。
そんな私を見て嬉しそうに髪にキスしてくるキョーちゃんに何が嬉しいのかちっーともわからん私は、トイレと言って部屋を出た。
けれど何故かキョーちゃんがついてくる・・・。
何で一緒にトイレ?とは思っても、ほら、ガンちゃん系統だから、キョーちゃんは。
理屈じゃない、普通じゃない、常識じゃない、が看板背負って歩いてる感じ?でしょ。
けれど、わざわざ一緒にトイレにまでついてくるキョーちゃんに店内の人間はおろか、チームの人間も目が点になっている。
私はトイレから個室に戻るため店内を通る時に、わざと手をひらひらさせて、キョーちゃんにおしぼりで歩きながら手を拭いてもらいながらゆっくりと歩いた。
憧れの総長が女にいいようにされているのをみて、私を知らないチームの人間の幾人かがにらみつけてきた。
その視線を感じた方にさりげなくふりむき、鼻で笑ってやった、だってつまんないからね、今んとこ私。
「やっほ」以来久々に感じるこういう視線は嫌いじゃないんだ、私。
だってこれはキョーちゃんを慕ってるまっすぐな視線だから。
あっ、そういえば「やっほ」放置プレイのままだ、いっけない、忘れてた。
今度レイちゃんに言って回収してこなくっちゃ。
「総長!」
生きのいい金髪ピアス君が必死に非難をその声にきちんと乗せてキョーちゃんを呼ぶ。
うん、キョーちゃん懐に入った人間には、ちびっとだけ優しいとこあるけど、君もそれを知ってるから思わず声をかけたんだね。
けれど、私がいる今はダメだね。
キョーちゃんの取り囲むオーラが昏く冷たいものにかわっていく。
それは誰の目にも明らかで、そして一瞬にしてキョーちゃんの姿は私の隣から消え、声を上げた金髪ピアスはその周りにいた仲間ごと、キョーちゃんに次々と潰されていく。
数分もしない内にクラブとも思えないうめき声の聞こえる店内は、そのキョーちゃんのキョーちゃんである所の昏い激しい王者のオーラに飲み込まれ、押しつぶされしわぶき一つ出ない空間に早変わりした。
まだまだやりたらなそうなキョーちゃんに私は声をかける。
「ねぇ、まだ手が濡れてる気がするんだけど。」
私が何事もなかったかのようにキョーちゃんに話しかけると、キョーちゃんは優しく笑って、カウンターから新しいおしぼりを持ってきてくれた。
そのまま個室に戻る。
うん、やっぱ私ってば、ちょっとだけSっ気あるかもしれない、ちょっとだけ。
だって気に入ったもの、特に人間は一度壊してみたくなるの、今みたいに。
つぶれた後の変化をみたいの、曲がるのか、堕ちるのか、そのままでいるのか。
「やっほ」で味をしめた私は、ちらっと倒れたまま動かない金髪ピアス君を見て、やはりレイちゃんと、いや、ユキちゃんの方がいいか、一度相談してみようかな、って思った。
まあ、けれど聞くまでもなく答えはわかってるけど。
「好きなだけ壊せば。」と言うに違いないから。
保護者の職場訪問最終日に、私は花も恥じらう女子高校生的には、それはどうなんだろうか、という反省を少しはした。