第32話
ちょいとスプラッタです。
苦手な方は読まないでくださいね。
誰かが優しく髪を撫でている。
トクン、トクンと耳に響く優しい音。
何だろう?全てが優しく感じる。
夢とうつつの境の微睡の中で、透子は穏やか目を覚ました。
すぐに瞬きをして、これは何だろう、と思った。
この匂い?香水?違う、これって香道の先生の所で嗅ぐ香木の匂いに近い、けれどもっと生々しい匂いがする。
灯りのほの暗いそこは、透子の目を覚ましたその場所は透子の知るどこでもなかった。
髪を撫でる優しい手が透子が目を覚ましたのを知ると、そのまま頬に手をはわせてきた。
そのゆっくりとした動きを目で追い、何故かぼーっとしていた透子は、その顔を至近距離で見ると一気に覚醒した。
こンのぉーフェチ男が!そうだ、私、ここどこ?起き上がろうとしたが、ビクとも体が動かない。
どうやら、まだこの男の腕に抱えられたままみたいだ。
今は何時、何時よ!絶対気が狂うくらい心配してる、嫌だいや!私ははじめて泣きたくなった。
私は私を撫で続ける男に初めて震える声で懇願した。
「お願い、帰して、きっと心配してる、きっと泣いてるわ。」
男は私をもう一度しっかり自分の胸に私を抱え直すと、私の眦にそっと指を添え、
「泣いてるのはお前だ。」
そう言って唇を寄せ、その舌で私が泣いている事を教えてきた。
あふれる涙をなめとるその舌は何度も何度も私の瞼をいったりきたりした。
そうか、泣いてるのか私か、自分でも驚いた、泣くことなど2度と、2度とないと思っていたのに、皆の心配する様を思い浮かべるだけで涙がこぼれるなんて。
私は泣くのは嫌い!そうでしょ!
私は目覚めた時にこの男が何故か優しい何かを私に感じさせたせいだと、そのせいに違いないときつく男をにらみつけた。
「私は泣くのが大嫌いなの!聞いてる?早く私を帰しなさいよ!帰せってば!聞いてるの?」
私は泣いてるせいで、かすれた声で男の胸を叩きながら言った。
「幾らあなたが黒幡に敵対してる人でも、どんなに自信があったって、私の男達が負けるわけないでしょ!だから、だからお願い、お願いだから私を彼らの元に帰してちょうだい。今なら大丈夫かも知れないわ・・・・・・。」
最後は小さく囁く声で男に話しかけた。
しかし、男はまたしてもそれを無視して、私と目を合わせるようにして、
「泣くな・・・」
と、続けて何か言いかけた時、それは突然バーンと開け放されたドアの破壊音でかき消された。
そして、そこには私が今しがたまで求め続けていた、けれど見たことのないような凍てつくような雰囲気の私のヨウちゃんがいた。
ヨウちゃんの後ろにはポケットに手を突っ込んだままのガンちゃん、機嫌が悪い時はいつもポケットに手を突っ込む癖があるんだ、ガンちゃんは。
それに目を血走らせ、まなじりも切れあがって凶暴な雰囲気を隠そうともしないキョーちゃんがいた。
テイちゃんは気だるそうにその後ろにいるけど、私が初めてみるくらい怖くて暗く、いつも人を誑し込むのが商売だという、あの身につけた軽いひょうひょうとした雰囲気はなかった。
レイちゃんは、その普段怜悧な表情を更に色のないものにして男を睨みつけていたが、私の姿をみると優しく微笑んだ。
ユキちゃんはあせった様子で私の全身をみて、怪我もない事を確かめると、ほうっと肩で息をついた。
私は思わずみんなに向かって手を差出し、小さな声でごめんね、と言い、皆も私に一度微笑んで私の所までこようとした。
しかし、いつのまにか、この男しかいないと思っていた空間に、大勢の男達が突然現れ、私の愛しい男達に向かって、ありえないことに武器を向けていた。
現実では見たことのない光景に息を呑む私に、ヨウちゃん達はそれらを一切気にせず、足も止めず、当たり前のように私の前にこようとする。
ガンちゃんがぱっと背広の上着を広げるとその体中に、うそ、それって見たことないけどダイナマイト?
ダイナマイトに似てる筒状のものを上半身に幾つも巻いていた。
あっ、同じようにキョーちゃんも巻いてる。
ユキちゃんは何か小さな透明なケースをこちらに見せる。
ヨウちゃんがそして静かに歩きながら男に言った。
「俺達は透子がいなけりゃ生きていけない、目の前からいなくなっても同じことだ。」
「龍豈、初めての願いだ、透子を俺達に帰してくれ。このダイナマイトは本物で、あの生物兵器を持っている男以外全員身につけている。それも最新のものをだ。」
「龍豈、あんたの部下が1人、2人斃したとしても、3人目、4人目は防げるか?ウィルスから逃げられると思うか?」
「俺達は透子が奪われるというなら、その奪う世界ごと、丸ごとぶっつぶしてやる。」
「それで何人、何万人死のうが知ったことじゃない。」
ひどく穏やかに話しかけていても、その雰囲気は凍てついてる。
けれど、こちらを見据えるヨウちゃんの目はひどい熱いマグマのような目をしていて、それを無防備にみた武器を構えた男達から、ひっという息を呑む音が幾つか聞こえてきた。
「透子がもし俺達の元からいなくなるのなら・・・。あんたの力に正面きってぶつかっても、幾ら俺達が束になっても地の利をいかしてさえも勝負は五分五分だろう、悔しいがな。そして、争っているうちにあんたは余裕でこの国を出る。今を逃せば2度と透子を取り戻せなくなる。そうだろ?」
「なあ、龍豈、一緒にあんたと逝くのは気に食わねえが、俺達は透子を誰かに渡すくらいなら、こうして一緒に、この世とおさらばすることに決めたんだ。」
「透子があんたと会ってもまだこうして生きているって事は、あんたも透子が気に入ったって事だ、違うか?」
「俺以上に何にも執着しねぇあんたが、そうして腕に抱いてるって事は答えを聞かなくてもわかる。俺も目の前にこうして見せられてるしな。」
そして、ヨウちゃんは優しくほわっと笑って私に言う。
「なあ、透子、悪いが一緒に死んでもらうぜ!俺達は地獄があるならそっち側の人間だ。悪いが俺達でお前を囲んではなさねぇよ。地獄の底まで連れて行く。」
そう言って自分の上着を開け体に巻きつけたダイナマイトをさらす。
場が凍っているのに、私を抱く男はそれを聞いて、面白そうに声を出して笑った。
「黒よ、黒。お前が初めて人間にご執心と聞いてな、長兄の俺としては、いつまでもお前がすねて仕事もせずに遊んでいるのが、そろそろ気に食わなくてな、遊びの時間は終わりだと挨拶がわりに、お前の初めて大事にする人間を殺すつもりだった。だらけて腑抜けたお前の目の前でな。」
そう言う男の雰囲気は、この吐息一つももらさない、はりつめた空間に毛ほども何も感じていないようだった。
「ただし、お前の言った通り、俺も気に入った。知り合ったばかりなんだ、死なれるのは困ったな。」
そう全然困った風なんかじゃなく男は言った。
その瞬間に信じられないことに、バタバタと急にみんなが倒れ、その体を衝撃がないように受け止める人間達がいた。
え、えっ、どうしたの?何、何なのよ!どこにいたの?それよりこの人たち、私のみんなに何をしたのよ!
私は茫然と次に必死に倒れたみんなの元にいこうとして、またもや、この男に阻止された。
「うそでしょ、何をしたの!殺しちゃったの!いやよ!嫌よ!私も殺してよ!殺してよぉ!」と絶叫した。
男が私の惑乱する姿を見て私の頬を両手で囲み、私が暴れるのをやめるまで、じっと目を合わせ、そして放心する私に言った。
「大丈夫だ、自分のかわいい弟とその友人を殺すわけがないだろ?」
「ただ、本当に死ぬつもりの奴らを助けただけだ、まだお前とは知り合ったばかりだ、はじめて面白いと思ったんだ、美しいと感じたんだ、本当だ、お前の嫌がることはしない。だから俺以外の人間の事で泣かないでくれ、な。」
そう言ってわかってくれと囁きながら私を抱きしめてくる。
・・・良かった、死んじゃいないのね、男に抱かれながら私はバクバク言う自分の心臓の音を聞いていた。
目覚めた時はあんなにやさしく感じた音なのに、一体、何が起きて、どうなってるんだろう?
弟?この人ヨウちゃんを弟って言った、この男の言った言葉を一生懸命思い出す。
私は現実味がないその部屋の天井を見上げた、呆けてる場合じゃないと思った。
そしてたかれてる香木のたなびく香りに意識を向け、ここにきて初めて深呼吸した。
私は私の頬を囲む男の手に目をやり、私の唇のすぐきわにある男の小指を舌をそっと出して舐めた。
男を上目使いで見つめると、男が嬉しそうに私を見る。
その眼を合わせ、私はゆったりと微笑み、そして思い切りその小指を口を開け、力の限り噛んでやった。
溢れる男の小指からの血に喉がむせる。
男は血相を変えて、そばに寄ろうとする側近を押しとどめ、より蕩けるような甘い目で私を見つめる、痛みなどないかのように。
私が憎しみを込めてにらむと、そのブラブラと半分近く切れた小指をいつの間にか取り出したナイフで、まるで果物を切るようにあっさりと私の目の前で骨ごと断ち切った。
血が噴き出るその小指をあわてる側近に手当てをさせながら、それをまじかで見て青ざめて顔をそむけた私に、それはそれは甘い声で囁いてきた。
「ちゃんと見ろ、お前の望みだろう?」と。
さすがに、首を横に何度も振る私に、男はその切り捨てた小指の欠片をチラとみて、私の唇にその切れた欠片をあてがってきた。
「お前の欲しかったものだ。ホラ、口を開けろ。」
男はとてもとても甘い慈しみに満ちた声で私の唇を何度もその血のあふれる指で何度もなぞり、私が首を振り続けると、仕方がないとばかりに自分の口にその切れた欠片を咥えると、そのまま私の唇をふさいできた。
私と男の唇の間にちぎれた男の欠片がはさまってある。
私が止めてと涙目で男を見ると、男は強引に私の口をあけ、自分の舌で私の口の中にちぎれた男の欠片を押し込んできた。
私は口をあけてそれをはきだそうとしたが、次の男のその言葉を耳にして固まった。
「俺の体の一部だ。ちゃんとお利口にそれを飲みこんだら、お前の望みをかなえてやろう。」と。
私は男を見、倒れて体からダイナマイトをはがされつつある私の保護者ズの現状をみた。
私は泣くのが嫌いだ、泣かされるのはもっと嫌い!
それなのに今日は・・・そう思いながら私の喉を優しく撫でさする男の目をしっかりと見て、確かめるように男の顔をみて、その欠片を思い切り飲みこんだ。
喉を通る感触がリアルで吐きそうになるが、これが彼らを救う対価だと思えば何でもない。
私は今ここで人を殺せと言われても、ためらいもせず殺しただろうから。
私は確かめるよう私の喉を何度も撫でてくる、その男の私を見る甘ったるい目を見つめながら毅然として言った。
「約束よ!」と。