第31話
キョーちゃん視点
俺の電話が珍しくなった。
この携帯はプライベートのもので、一緒に暮らすあいつら以外登録はされていない。
透子からのメールはたびたびくるが、なるのはめったにない携帯だ。
俺はチームのたまり場の3階建てのビル、飲食店とタトゥーの店ばかり入っている俺所有のそのビルの三階にあるクラブ「デジャブ」のVIP席で、幹部たちと酒を飲みながら、いろいろな報告を聞いていた。
このクラブに足を踏み入れられるのは一部の許された人間のみで、おのずとここに足を踏み入れられるかどうかが、夜の街に疾走するものたちのステータスになっていた。
夜に遊ぶチーム系の男も女も、遊び好きな若い奴らも、ここに足を踏み入れるのを目標としている狭き門だった。
透子と知り合う前は、俺に群れるいい女を食い放題で特定の女など作らなかった俺だが、今は俺の半径一メートル以内に香水臭い女がくる事は暗黙の了解でご法度になっている。
1、2度抱いたらしい女が、俺は覚えちゃいないが、その暗黙の了解を無視して俺に近寄ってきた時、俺はその女を女とはいえ、配下のものにきっちりしめさせてズタボロにし、その後ビビッて静かになった店内に俺自身で宍倉を呼び出し、その女を、一緒にいた女達も一緒に売り払ってやった。
宍倉も透子が香道を習い始めてから、自分の香りに、自分につく香りにも、より敏感になって、それが仕事だろうに俺同様気を付けている。
一番神経をとがらせているんじゃないかと思う。
だから、俺の怒りを一番に、いや俺以上にきれる事がわかって、宍倉に電話した。
透子のきく香りの為にも、透子の鼻には負担がないよう俺たちはみんな気を付けている。
宍倉は夜の帝王と呼ばれ、高津さんがらみで必ず俺と一緒に闇の中で名前をひっそりと上げられる男だ。
その貫禄はさすが、このちゃっちいまだ黄色い嘴ばかりの奴らが多い中で異質だった。
宍倉が俺に、
「どぉしたよ、おい。このくそ忙しい俺を呼び出すたぁ覚悟はあんだろうなぁ。」
と不機嫌そうに声をかけてきて、それを聞いた幹部たちが宍倉にガンをつけるが、ゴミでもみるようにそいつらを見ると、てんで相手にもしない、まあ、こいつらも自分たちじゃたちうちできねぇのは知っている。
けれど俺に心酔するこいつらは、俺が手綱を外せば、負けを承知でかかっていくだろう、かわいいもんだ。
こいつの得体のしれなさは、夜の蝶たちを男も女も飼って夜に君臨している男、ただそれだけじゃないのは誰でも知ってる。
「このバカ女、俺に安っぽい香水つけやがったんだよ。」
俺がそう言えば、宍倉は倒れている血まみれの顔も原型をとどめていない女を、連れてきた部下に顎をしゃくり連れ出させる。
あばれる連れの女たちにも冷たい目を向け、それも連れ出すと、処分はまかせろ!そううっそりと笑い、そのまま背を向けて静かに出て行った。
この出来事以来しばらくは大人しいものだったのに、バカはすぐ痛みを忘れるらしい。
また、バカな野望に燃えてこの店に出入りできた、それだけで勘違いする。
なぜ、どんどん新しい女が、男もだがある条件の元、この店に出入りが許されるのか、前から出入りが許されていた面子が、消えていくのは何故か、考えもしねぇ。
そう、この店は人間も卸している、密かにな。
勝手に自分に自信がある奴らが、自らここに、この蜘蛛の巣につかまりにやってくる、飛び切りの奴らが。
俺には大事な女がいる、というのは透子のよこすメールの度に、普段無表情で顔色もかえず人を嬲り殺すと言われるこの俺が、それはそれは蕩けた顔になる、というので、それはいつの間にか周囲に浸透していた。
信頼する幹部の数人は俺がマンションに連れていって透子を紹介しているので透子を知っているが、それ以外の奴らには透子は伝説の女になっている。
今夜も自意識過剰な女どもが、こちらをチラチラ伺い、俺の機嫌を悪くさせていたが、その電話を取った俺は、飲んでいたグラスを叩きつけ、すぐさま大声をあげた。
俺がこんな大声をあげるのは初めてで、昔から俺についている奴らも驚いていた。
「人数集めろ!集められるだけ集めろ!」
そう言ってすぐさま席を立ち、見附の三丁目だ、すぐ出るぞ!と叫んだ。
得物も忘れるんじゃねえぞ!と叫びながら俺は店を飛び出した。
副のヒデがすぐさま指示をだし俺にそのまま他の幹部がついてくる。
エレベーターに飛び込むと俺は言った、「透子が襲われた!」と。
下におりると、俺のバイクが出されていたので、俺はそのままバイクに飛び乗り急発進する。
透子が襲われてSOSが出されてから現在まで6分という時間がたっている。
見附まではバイクでも通常20分はかかる、10分だ、10分で行ってやる、待ってろ!透子!
俺は車と車の間を猛スピードで抜け、それに幹部どものバイクと、特攻のバイクが続いていく。
さすがに伊達に全国トップをはるチームじゃねえ、続々と集結するバイクの半端ない行列に、一般車がビビッて止まりだす。
邪魔だ、どきやがれ!俺はバイク同様咆哮をあげ、俺の透子にちょっかいかけたバカをどうしてやろうかと、残忍に歯をむき出しながら透子の元に向かった。
向かった先には、倒れている男が3人みえた、それは高津さんのところの人間だった。
そして透子の乗っていた車は横転してその上にショベルカーが二台乗り上げていた。
俺は絶叫を知らず上げて、その車に向かう。
その絶望に満ちた声が、自分のものだとは理解せずに。
幹部たちがショベルをどかし、車のドアに俺は気が狂うばかりにかけこむ。
車には誰もいなかった。
透子、透子、透子!
俺は手分けして車を、この近辺の車を全て止めろ、と命令し、残りの人間を通りという通りへ向かわせた。
俺もかけだし透子の姿を探す。
すぐ傍に路地裏を見つけた。
透子の好きな路地裏だ、俺は数人を引き連れて路地裏に飛び込んだ。
すぐさま陽二さんに電話を走りながらかけた。
車の話をすると、一瞬陽二さんが黙った。
もうすぐ高津さんと共にここにつくという。
俺は透子の名前を叫びながら路地裏を更にかける。
やがて合流した俺たちが見つけたのは、透子のはいていたはずの華奢なミュールだった。
それから路地裏にある店という店、人間に力ずくで聞き込みをし、確かに透子がこの路地裏に逃げ込み、この行き止まりの路地裏から消えたことがわかった。
透子はこの路地裏から出ていない。
俺がここに駆け込むわずか5、6分前まではここにいた。
外には俺や仲間たちがいて、表には出てきていない、だとすれば透子はまだここにいる。
俺たちは透子が消えて1時間、全員がそろって店の一つ一つをしらみつぶしに手分けして探した。
しまっている店は壊して中に入った。
そのうちの一つに、その壁にでかでかと黒幡の紋章が書かれていた。
俺たちはそれを見て、陽二の顔を見た。
陽二はニンマリと口元を少し緩めてそれをみていたが、その眼は全てを焼きつくす憎悪に燃えていた。
陽二を先頭に俺たちは、黒幡の隠された日本支部へと向かう。
高津は若頭の息子に電話をかけて何か用意を急がせた。
皆もそれぞれ携帯片手に準備をはじめた。
待ってろ、透子、すぐに行くから。