第25話
新学期が始まってすぐ、カメリアメンバーズの選挙告示が行われた。
1週間の期間を設けて行われたそれは、5人以上の推薦人と10人の補佐をつけて立候補するのが条件だったが、学園開設以来はじめての事態、立候補者ゼロで終わった。
そして、ここに呼ばれて透子はいた、学園長室に。
お久しぶりです、そう透子は挨拶し、ナイスボディーな秘書さんが入れたリプトンの安いティーパックのお茶を飲んでいた。
この学園長の香川惣一は、この9月の新学期に、大学部の学長でもあった前の学園長の一身上の都合により辞任を受けて新たに就任した人物で、透子も良く知る人間だった。
もちろん、ナイスボディーなこの秘書さんも。
「なあ、お嬢。お前さん以外いねぇンだよ!そこんとこぁわかってンだろうよ、なぁ、おい!聞いてんのか!」
「だ・か・ら・やだ!」
私はつ~んとしていってやった。
「だ~!こンの、我儘娘め!俺が親父たちや組長みてぇにお前に甘いと思うなよ!」
「そんでなくても、わざわざロシアから呼び戻されたこっちの身になってみやがれってんだ!半年だぞ、半年で呼び戻された俺をかわいそうだと思わねぇのかよ、おい。カワイイ女どもやっと手なづけて、これからっつー時呼び戻されたんだぜ!まったくよぉ。」
そう言って頭をガシガシかく。
そうこの新理事長はガンちゃんとこの若頭さんの息子で、頭だけは確かに良く、アメリカで飛び級をやり20才には有名どころの大学を卒業し、その滞米期間にガンちゃんの組のやばい取引きをきちっと作り上げ、メキシコ国境沿いに日本の、いやアジアの暴力団では初めての拠点作りに成功した人物でもある。
ある意味天才なのかバカなのか、私にはイマイチ理解できない人でもある。
ロシアでお水系に働かせるの女の人を集め日本で稼がせる組織づくりをする、それとは別に人身売買組織から作りあげ見目麗しい子供達を育てて、一流の娼婦や男娼を養成し、また用心棒になりうる子供も育て、世界中にその子らを売るという案もガンちゃんに提案して許可と資金を得るや、嬉々としてその責任者としてロシアに行ったんだけど、今回こうして呼び戻された。
「だって、ソウあんたの自業自得だと思うよ、絶対。元からあった組織ぶっつぶして乗っ取ったら、底辺にできる人材ゴロゴロしてるって、そんでそれ発掘して拾い上げて忠誠心植え込んで、組織まかせられるほどにしたの自分じゃん。もうあんたいなくて動くんだもん、何ていうの自業自得っていうのよ、それ、私が親切で教えてあげるけど。」
私はリプトンティーパックの安い大型パックだろう、それの紐を持ってカップから出し、
「コロ、お手。」
そう言った。
コロと呼ばれたナイスボディーな秘書は、すかさず私の前に手を差し出す。
その手にティーバックを乗せて教えてやる。
「コロ、紅茶のティーパックのこれは取り出すのよ、お客に出す時はね、わかった?」
そう笑ってやれば、わかったとうなづく。
コロ、相変わらずカワイイな、後で頭なでなでしてやろう。
ソウのことだ、わざとこのティーパックしか用意せずに、のこのこやってくるバカどもに、せっせとこれを飲ませてるんだろう、あんたの考えそうなことだ。
コロはしゃべれない。
そして、美女にしか見えないが、ソウが子供の頃からガードとしてついているれっきとした男だ。
けれど仕事柄、勘違いする女や媚び女に嫌気がさしたソウに、コロが女装してわずらわしい女を排除しろ!と命じられ、アメリカについていくとき胸にシリコンを入れ、またかかさず女性ホルモンも与えられているので、はた目にはナイスボディーな大柄なモデルのような超美人なお姉さんにしか見えない。
ちなみにいじったのは胸と永久脱毛だけだそうだから、コロ自身は男のままなはず。
どこぞとのハーフらしく、綺麗な黒がかった金髪に目は青だ。
若頭であるソウの父親が香港で息子の遊び相手にと酔った勢いで買った二人の子の片割れで、その時既に舌は切り取られてなかったそうだ。
名前もなくソウの犬と呼ばれていたので、私が二人をコロとシロと命名し、二人はそれ以来私をおかーさんだと思っている。
暴力沙汰にリミッターのない、ある意味純粋培養なワンコ二匹は、ソウが語学やもろもろを教え、暴力のノウハウをプロに仕込まれたのだけど、肝心の心は誰も育てなかった。
ソウが私の家庭教師としていた時、ロシアに行くまでの間は、毎日のように一緒にいた。
このワンコ二匹も当然いつもソウの傍にいた。
本当に微動だも表情も変えず何の主張もせずに傍にいた。
ほら、私生きてない奴嫌いだから、いっぱいいじめてやったんだけど、きっと殺されても反応なかったと思うわ、この犬は、そんな感じだった。
ある日犬、犬呼ばれるのに、犬なら名前を付けようと、私が名前をつけたの、コロとシロって。
きょとんとしてる二人に名前を憶えさせ、それから一気に二人は変わっていった、いい意味で。
親が名前をつける、そういう知識はあっても考えもしなかったそれに、突然名前をつけられ、私に頭を撫でられたワンコ達は、瞬間私をおかーさんとして認識したらしい。
それから自由な休みの時間は私の傍を離れない二人にソウの許可をもらい、いろいろな事を教えた。
人を殺したらそのままにせず、ソウかそれに準じる人間に対処を頼むこと。
一般人がいるところでは、大人しくしている事。
何より危険を回避する行動をきちんととる事。
ごはんは食べなきゃダメな事。
彼らの日常のTPOに合わせて、保身を中心に教えていった、プロの意見を交えてね。
ある意味何もなかった二人の世界は少しだけ人間らしく広がったから、こうして秘書として形は何とかなっているように見える。
一度ソウに私がおかーさんなら、ソウがおとーさんだね、って言ったら、真っ青な顔して、
「マジで俺を殺す気か、お嬢!」
「二度とそんな恐ろしい事は言わないでくれ!」とスライディング土下座でお願いされた。
それでなくても、若頭である父親が私がワンコ達のおかーさんになった事で、ガンちゃんに詫びると、指を詰める、詰めないの大騒ぎになったと聞かされた。
うちの保護者ズは二匹のワンコに関しては、こいつら人間じゃねえな!と本質を見て言って、人間には決して戻れないだろう!とも言った。
保護者的には全然オッケイなんだそうだ、人でなければ。
まあ、そんな新理事長が、見た目いい男だし、綺麗に化けの皮かぶっていれば、アメリカ帰りの優秀なインテリにしか見えないし、二人の秘書も「できます」オーラの人間にしか見えないし、今の所大丈夫そう。
新理事長として最初紹介された講堂で見た時は、さすが私もえ~と思ったけどね。
仔猫ちゃんたちは、素敵だと悲鳴を上げてたけど、私は別の意味で悲鳴を上げたよ、だって一つ間違えば行方不明者続出上等!だよ。
それで話を戻すけど、カメリアメンバーズに黒ユリ会代表の私と中心幹部たちがなれ、とお願いされているわけ、学園長室で。
これをお願い、というならね、地が出てるよ。
私が頭を縦にふらないでいると、
「俺、やっぱ引っ越しするかなあ、ボスと同じマンションって何の拷問だっつーの!階が真下とはいえ、やっぱやだよなあ、引っ越ししよーかなあ。」
そう私を見て、大層な椅子にだらしなくのけぞりながら言ってきた。
まずい・・・私はコロを見た。
はた目には何も変わったようには見えないかも知れないが、私には耳を垂れプルプル震えて、あまつさえク~ン、ク~ンと鳴くコロが見えた、用事でここにいないシロの泣く幻も。
そう、この新学園長とコロとシロのワンコは私達のマンションの真下に、非常用の脱出部屋としてあるその部屋に今住んでいる。
そして、コロとシロはヨウちゃんの毎日かかさず見る「ムーミン」にただ今絶賛夢中になっている。
ムーミン上映が始まる前には、非常用の通路からリビングにいつのまにやらやってきて、それは何時間でもムーミンがはじまるまで大人しく座って待っている。
非常用通路の齟齬はないか引っ越ししてすぐ、それを使ってソウがやってきたとき、恒例のムーミン上映会中だった。
コロとシロは、初めて見るそれに夢中になって、同じくムーミン大好きヨウちゃんに気に入られ毎日見に来てもいいと許可をもらった。
ソウは「ガードを追いかけてこなきゃいけないなんて、間違ってるよなあ。」といいながらここに来ては、レイちゃん達に、いろいろ教えてもらって、こちらもご機嫌だったりする。
ほんと、私的に間違ってるのは非常用が毎日平然と使われてることだと思うんだけどね、誰も言わないから私が言うけどさ。
そんなわけてソウが言った引っ越すに、私はしぶしぶ降参した。
大丈夫だよ、おかーさんはコロとシロの味方だから、安心なさい、大丈夫だよ~。
私がカメリアを受けるとソウに言うと、コロは見えない尻尾を振って表情は相変わらずだけど喜んでいるのがわかった。
よしよし、カワエエね、おいでおいで頭撫でてやろうね。
ソウ、一個貸しだよ、そう言ったら何故か青い顔をするソウがいた、失礼な!
こうして私は前代未聞の選挙なしで新学期早々カメリア代表になった。