第24話
「高見さん、でしたわね?私は山田さくらさんとお話がしたくて、残って頂いたのよ。きちんと送り届けますから、お帰り下さらない?」
私は、ゆったりと背もたれに体を委ねながら、マリー・アントワネットもかくや、な態度でこの年上の男に話しかけた。
うん、凄いよね、この女王様ぶり、だから、そこ!何でうっとりするんだ、子猫ちゃん達・・・。
高見氏は、
「申し訳ございません。奥様のご指示なものですから、私の一存では・・・。お話のお邪魔をするつもりは毛頭ございませんので、お側にいる事をお許しいただければ、と存じます。」
そうすぐ返してきた。
言葉のみシオラシイって、さすがムカつくわね、自分がやる分にはいいけど、人にやられるのは嫌ね。
「日本語おわかりになる?さすがは山田先輩、ああ、元先輩だわね、そこの家の人間らしいわ。あなたは呼んでないから、私の目の前にいないで、さっさと消えてくださらない、そう言ってるのよ。」
私がぴしりと言い募ると、一瞬の沈黙、ちょっとぉ、この場だけじゃなく店内まで沈黙ってどういう事よ。
言葉を浴びせた肝心の高見氏は理知的なメガネ姿も完璧に、帰れという前と同じ表情で、悠然と立っている。
無視する気満々、それに委員長はじめ子猫ちゃんが柳眉を逆立てる。
その微妙な空気の中、何とおどおど娘から声がした。
「あの、ごめんなさい。私が頼りないんで、いつも高見さんには補佐して頂いていて、それで・・・、あの、初めまして、山田さくらと申します。代表の黒ユリ様にお会いできて光栄です。」
そう声を震わせながら話しかけてきた。
「さくらさん、こちらこそ初めまして。ところで、あなたお姉さまのお話は知っているのと思っていいのよね。」
「で、ね、誰が先に声をかけていいと言ったのかしら?私許した覚えがないのだけれど。」
そう口だけで微笑みながら目は感情を一切ださず言った。
「あの、え、えっ、・・・ごめんなさい。」
そう呟きながら高見を見て、子猫ちゃん達をみて、そして、唇をかみしめて下を向いてうつむいてしまった。
さて、まずはこの懐刀をどうにかするかと、高見氏を見れば、おっ、何?目に感情がチラッと出ていた、怒りと思われるそれが。
自分が邪魔だと、はっきりと、それもこんな年下の小娘に言われてもビクともしなかったのに、ちょいと、おどおど娘をいじったらこれだ。
ふ~ん、面白い、私が面白がったのを察した委員長が、すかさず彼女に声をかけた。
さすができる子。
「あなたの姉であった人は、黒ユリ様の不興を買って、学園を出ることになったのよね。ご存じでしょうけど。あなたはどうなるのかしら、ね?」
梁間さんがそれに重ねた。
「あら、まだ入学さえしておりませんのに、井上さんたら、気が早いこと。」
そう言って仔猫ちゃん達も合わせたように上品に笑う。
上品に一斉にこうして笑われるのって、・・・くるよね!こわっ!
おお、それにしてもみんなノリノリだ、何ていうの、これ?。
委員長をチラっと見る。
了解ですとも。
うちらシンデレラのママハハと姉ズ設定ね、おし!頑張らせてもらいます。
高見氏は、うつむくおどおど娘の肩をグイッと抱きかかえると鋭く私をにらんできた。
そして口調は丁寧ながら、その一段と抑用の消えた低い声がその怒りのほどを伝えてきた。
「失礼をいたしました。何ぶん、さくら様は、いろいろと不慣れな事も多く、もしご気分を害されましたなら、後程丁重にお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした。本日はこれにて退出させていただいてもよろしいでしょうか?」
そう言って返事も待たず、背を向けて彼女を抱えて去ろうとする。
「誰が帰っていいといいました!話しは終わっていません。流派が明日にでもなくなる覚悟がおありになるのなら、かまいませんけど。」
その帰ろうとする背中にきつく言ってやった。
高見氏はそれを聞くと、こちらを振り返りもせず言った。
「山田流の会館の幾つかは既に差し押さえが入り、お弟子さんたちの流出も止まりません。明日にそれが早まろうと、私の知った事じゃありません。私は私の大事なものをいたずらに傷つけるほどバカじゃありません。お好きになさるがいい。」
そう言って腕のおどおど娘を更に強く抱きかかえ、帰ろうとする。
高見氏は私に答えを見せてくれた。
ならば、と、私はおどおど娘に声をかける。
「さくらさん、あなたのその着物は何のためのものなのかしら?情けないし無様だわ。とっとと逃げ帰って2度と顔を見せないでちょうだい!」
これは本気で言ってやった。
するとおどおど娘は一度足を止め、また歩き出そうとしたが、キッとこちらを振り返り、私を見た。
彼女が初めて私の顔を目をちゃんと見た瞬間だった。
「あなた方にはわからないわ。庶子というだけで見下され、好きで本家に引き取られたわけじゃないのに、いつもいつも、本当にいつもいろんな事言われ続けて。それでも目立たないように波風立たないように恥をかかさないように頑張ってきたのよ。それが急に表舞台に引き出されて・・・みんな勝手だわ、勝手すぎるわ!」
そう言って大声で泣いた。
それを見た高見氏が痛ましそうに、その胸に抱き寄せる。
「悔しい、悔しい。」
そう、くぐもった声がそこから聞こえてきた。
私はゆっくりと立ち上がり、二人の元に行く。
手には例の黒ユリマークの刺繍のハンカチを持って、どう、これ空気読まないにもほどがあるよね。
私はまず警戒して私をにらみつける高見氏に手を差し出す。
にらみつけながらも怪訝な顔をする高見氏に、
「私の握手は高いのよ。」
そう言ってほがらかに笑いながら仲直りの握手を求める。
そして、怪しんで手をさし出さぬ高見氏に、まあ、そうよね、と、自分の手を戻しながら、そして傲然と一気に言う。
「山田流は一度壊すわ、徹底的にね、今さらこぼれた砂はいらないでしょう?それは理解できるかしら?」
「それでね、高見さん、この子は新家元としてどうなの、やっていける実力はあるのかしら?」
そう聞くと、高見氏は一瞬私の顔をまじまじと凝視し、
「充分に!誰よりも!」そう力強く答えた。
「新家元の元で信頼でき、しかも使える人間はいるのかしら?」
そう聞けば、いる、としっかりとうなずく。
改めて顔を合わせ、高見氏と私は握手をかわし、だから話は終わってないって言ったでしょうに、と二人に笑いかけながら店内のテーブルのある方の席に向かう。
きょとんとしてる、おどおど子に、
「ほら、みっともない、涙を拭きなさい。」
と、ハンカチを渡し、それを聞いた梁間さんがクスクス笑うのが聞こえた。
テーブルに向かいながら彼女に言い聞かせる、初めて感情を爆発させただろう現在真っ白な彼女にしみ込むように、洗脳するように。
「もう、頭を、いい、自分の頭を誰にも押さえつけさせるなんてさせちゃダメ。あなたは私が選んだ新家元だと自覚なさい。あ~ダメダメ、そんな自信のない顔なんてしないでちょうだい。辛気くさいの嫌いなの。少なくとも高見さんをあなたは信頼してるんでしょ。その人が、さっき全てを捨てて貴方を守ろうとしたのよ、そこんとこはわかってる?」
彼女は一度目をつぶり高見氏をみると、真剣に頷いた。
「あなたは新家元になるのよ、誰でもないあなたがね。父親や母親、ましてあのバカ母娘がどう騒ごうとね、決まりよ。彼らがあなたに何を与えてくれた?何もよ、何もないでしょう、だから、きちんと自分の取り分は奪い取るのよ。かけらも残さずにね。」
おどおど子は、私に答える。
「ええ、そうよ。何も、何もないわ、何一つもらった覚えはないわ!」
私に答える彼女の目が徐々に強くなっていく。
「あなたはこれから、自分の足元を眺める暇があるなら、かわりに無理にでも頭を上げて、目の前の邪魔なものを蹴散らしなさい。おさえつけようとするなら、反対にふみつぶしてしまいなさい。それが得意そうなのがちょうど傍にいるじゃない。あなたの前にふみつぶす状態で持っってきてくれるだろうから、あなたは迷わずきっちりと踏み潰しなさい!いいこと、歩みを止めるようなら、私が綺麗に蹴飛ばしてあげるわ。忠犬もね、力が必要な時は迷わず貸すわ。上手に得物を狩りまくって私を楽しませてちょうだい。」
さあ、黒ユリ会へようこそ、歓迎します、と委員長が言った。
そして、改めて今後を話し合った。
高見氏があと3年、彼女が高校3年を待って新家元に就任が一番ベストだという。
とことん今の体勢をつぶし浮き上がらせない、との答えに、皆で黒く笑い、新しく飲み物を持ってきてもらい全員で乾杯する。
それまでの、新体制の為の準備期間は、我々も影ながらできる事は応援するが、気をつけねばならぬ事はないかとこれも話し合う。
そうして今度は本当に新メンバーである彼らを笑顔で見送った。
彼女の入学は推薦枠でどうにかなるだろうと委員長が言って、私達はこれからの新しい学年に思いをはせる、黒ユリ会に入ってくる後輩たちに。
何といっても私達乙女は、「シンデレラ」が好き。
けれど、「みにくいアヒルの子」はもっと好きなの。
店内、うん、ここ店内なんだけど、もう気にしちゃいない、だってさっきのあの修羅場よ、ドン引きよ!ドン引き!私達以外は絶対に。
最早呼ばねば寄っても来ぬボーイさんたちに、私はどこの祟り神よっ!と乙女的には思いはしたけど。
それにね、保護者ズが、きっちりと21時によこした迎えの面々、そう、面々なの、これが。
その人達がこちらを見ているのなんて気にしちゃダメだと思うの、時計もね。
よく私がいる場所みんなわかったよね、私アーバンで運動するしか言ってないのに。
それぞれがよこした迎え・・・何でバラバラでそれぞれよこすかなあ、やってらんない。
そのバラエティーあふれる面々がこの店内を威圧しているなんて、今さら気にしちゃダメよね。
何故か店内の私達以外の人間から憧れの眼差しを受けるキョーちゃんからの迎えさん達、いかにもなオーラ漂うガンちゃんとこの迎えさん、ヨウちゃんの迎えなんてそのオーラを超えてもっと只ものじゃない臭が凄い。
そして、テイちゃんとこのはキラキラしいお方達、店内で垂らしモード発動させてどうすんのって感じのバカ。
レイちゃんとこのは、やっほの榊さん、この方秘書長補佐なんだけど、もう鉄板みたいなお人、私いつも「やっほ」っていって挨拶してやる、こめかみピクピクしておもしろいの。
ユキちゃんとこのは紅一点の桑原女子、ユキちゃんの秘書してるんだけど、とても男前なお姉さま。
もう2度とここには来ないはず、呪文のように唱えながら、すっかりぬるくなったペリエを私は飲んだ。
帰りの車を選ぶのも、また面倒事の予感がひしひしとする。
だって私達のここでの支払い、皆それぞれがカードを出して支払おうとして揉め、その雰囲気は真空みたいだったよ、言葉ってああいう風に使うんだって子猫ちゃんたちは、真っ黒化してみて勉強してた。
ボーイさんたちへのチップ、ようはここでの事は他言無用!って事ね、それがいつのまにか競争するかのように札束が飛び交い、別な意味で彼らを青くしてるんだもの。
それをまた、仔猫ちゃんたちは、しっかりと学習してた、ヤメレ、お願いだから、あんた達まだ十代だから、それ忘れちゃダメよ。
私は空気が読めない子、ここには二度とこない、私は・・・そう頭の中で繰り返していたけど、ついに私は切れた、プツンとね。
「うるさいのは嫌いだと言わせてもらってもいいかしら!」
私が彼ら迎えのものに、ひたっと目を合わせ最初の一言目を笑わずに言い放った時、再びの女王様降臨に子猫ちゃん達は、また、うっとりとするのだった。