第23話
案内された二人掛けの椅子に一人で座ると、子猫ちゃん達が集まってキャイキャイ質問攻めにしてきた。
委員長達と夕食を食べてきたのと答えると、ずるい、今度ぜひ皆で、との話になった。
どこのフレンチがおいしいだの、海外で過ごしている子も多いので全員揃っては無理じゃないか、だの
本当に小鳥のようにさんざめく。
私が夏休みの最後は、避暑にでかけて留守にするというと、では次の秋の休みには皆でスイスは如何かと言う子がいた。
何やらお父上がローザンヌに新しいホテルを手に入れたので、皆でいこうとのお誘いだった。
それならイタリアに所有する別荘にも是非に、とか、ポンポン次々にそんな会話が飛び交う。
このブルジョワ娘どもめ、私は鷹揚に目を細め、手でしっしと子猫ちゃん達を散らす、後で話は聞いたげるからと。
さすが躾の行き届いた血統証つきの子猫ちゃん達は、頭を下げて、綺麗に大人しく引き下がる。
約束ですよ、といいながらすぐ傍に控えている。
タイミングを待っていたボーイさんがすかさず注文を取りに来た。
もしや彼らもブルジャワめ、と会話を聞いて思っているやもしれない。
私もその仲間だよ、と言って友好を求めたいが無理だな、何気にこちらを見つめる目が痛い気がする。
できる子の委員長が無難に人数分の炭酸入りのペリエを頼んでくれた。
これじゃ踊るとかの雰囲気はないな。
それにしても私達のいるこちらと向こうじゃ、店内の雰囲気が違っているよね。
まあいいか、今さらよね、私は委員長にこれからの連絡事項の幾つかを尋ねながら、臨時黒ユリ会を発動した。
どうせ雰囲気が場違いなら、ここは徹底的に黒ユリ会化よ。
ほら、旅の恥はかきすて、っていうじゃない?
もう2度とこないもん、ここ。
委員長がまず文化祭は例年通りでかまわないと思うが、今年は学園生から渡される一般公開日のチケットの争奪戦が今から白熱していると聞かされた。
一人当たり三枚のそれが凄いことになりそうだと。
家族以外に渡すチケットねえ、それは各自誰に渡すか腕の見せどころじゃないの?と聞けば、そんな単純なもんじゃないから困ってるんだ、との話しだった。
え~私関係ないもんねえ、会社関係全然ナッシングだもんねえ。
それとカメリアメンバーズの選挙があるが、我々としてはどうするか、という話だった。
推薦人は問題ないと私を見る委員長に、い・や・だ・と答える。
そんな話の途中、こちらに近づく気配があった。
何気に見ると、この暑いのに絽とはいえ和服姿の母娘らしき人、それに付き従う男の人がいた。
こちらにまっすぐ向かってくる新たな場違いさんの登場に、店内の注目度はさらに増している気がする。
委員長達がすかさず座る私の前にたちはだかり、私からは見えなくした。
もちろん、向こうからもね。
この店に入ってまだ30分くらいよね、まあ、タクシーからぞろぞろお嬢たちが降りるのは目立ってたから、ちょうど車で通りかかって、みつけて後をつけてきたって感じかな。
委員長の少しきつい声が聞こえた。
「何かご用でしょうか?山田様。」
うん?山田、そういえばいたな、あの山田かな。
そして年配の女の方らしき声がする。
「井上様のお嬢様でしたわね?お会いするのは木下家のパーティー以来ですわね。お変わりはなくて?」
うげっ、きつそうな声。
「お久しぶりでございます。何か?」
おっ、委員長負けてないねえ、さすが。
「うちの上の娘がカメリアメンバーズを止めて、アメリカに9月から留学するのをご存じかしら?」
「チラッと皆さまの姿をお見かけしたものですから、来年度高等部に入学する予定の下の娘をご紹介したいと思いまして、お邪魔させていただきましたのよ。」
「ほら、あなた、ご挨拶を。」
うん、店内に流れる音楽が、何故ここでレフトアローンに?好きよ、これ、好きだけど、さっきのダンスビートカムバックだよ、会話聞こえるよね、これ。
小さな声が聞こえてきた。
「山田さくらと申します。お見知りおき下さい。」と。
おや、姉上とはまた毛色が違うな、そういう印象の声。
「本当に情けない事、上の美佐子と違って、こんな挨拶しかできないなんて。ごめんなさいね、同じように育てたつもりなんですけどねえ。」
と、ため息をつく。
やっぱやな感じだ。
何がしたいんだ、このおばさん、のこのこ乱入しといて、娘を頼む、というよりも、なんだろ?ほら、牛乳に張った膜が舌についたような感触。
委員長が、
「ご丁寧に挨拶をありがとうございます。」
とただ一言だけ返す。
だから、何?暗に早くここから出ていけ、と言っている。
そうだ、そうだ!いったれ、いったれ!と心で声援を送る、私はばっちり背中に隠れてるけどね。
ところが、さすがおばさん、無視だ、無視。
「あら、梁間さんの所のお嬢さんもご一緒ですの。」
一段ときつい声がする。
最初から委員長の横にいただろうが!まったく・・・誰か塩まくといいよ。
梁間さんが、あたりさわりなく挨拶する声が聞こえる。
「本当に、変な所でお会いするわねえ、ここって皆さんひいきの店なのかしら?」
「うちの美佐子では、やはり皆さんとは・・・合わないみたいねえ。」
ほほう、そうきたか、でもあの家柄家柄と九官鳥みたいに同じ言葉しかしゃべれないんじゃ、遊びの程度もしれたもんじゃないの、彼女も。
「何故なのかしら?ねえ、梁間さん、うちの美佐子を貶めて満足かしら?何故うちの美佐子なのかしら?うちの美佐子が何をしたっていうの!妬むなんて、恐ろしい子!」
おお!さすがバカの親は大バカ、ここで声出して笑っちゃダメ?だめよね。
私はすぐ前の子の足を軽く蹴って、促す。
その子はわかったらしく、ホントうちの子猫ちゃんたち使えるよねえ。
その子は播磨さんの前にさりげなく立って、
「山田様、お久しゅうございます。このような所でお話もなんですので、改めてご招待させていただいてもよろしいでしょうか。それに、さくらさんでよろしかったかしら?来春のご入学を私達も心よりお待ちしておりますわ。」
そう無難に、おばさんを何気にリードして、どうでもいい世間話をしつつ出口に向かう。
うん、家柄好きには、家柄がいい仔猫ちゃんよね、作戦大成功!
そんなやれやれな私に、その言葉が聞こえた。
「この子は外部受験ですのよ、ええ、美佐子とは違って付属からではないものですから。私はね、私は期待などしてませんけど、主人が学園に入れたがっているんですの。本当にどこの馬の骨か知らぬ子を引き取ってきちんと我が家にふさわしいように育てている私の身になってほしいものですわ。美佐子の留学に合わせて、こうしてまわる挨拶周りも、この調子ですもの。恥ずかしいったらありませんわ。やはり血筋かしらねえ。」
そう何のためらいもなく話すのが聞こえた。
それを聞いた私は、すぐに別の子猫ちゃんに、あの子を連れてくるよう言った。
「お待ちください、山田様。これも何かの縁と思いますの。まして来春の外部受験は難しいとお聞きします。何か私ども学園生としてアドバイスができるかもしれません。きちんと送り届けますから、お嬢さんと少しお話させていただいてもよろしいでしょうか?私山田先輩には良く可愛がっていただいたものですから。留学されると聞いて寂しいですけど、勿論、アメリカの流派の会館でご指導なされるのでしょうから仕方がない事だと自分を慰めておりますのよ。」
そういって引き留めたのは鎌倉で足利時代から続く料亭の子、ほら、家柄大好き攻撃再び!よ。
おばさんは、つきそいの男を残して、あっさりと出て行った、どうやら娘を褒められてご機嫌らしい。
おばさんが出て行ったのをしっかり確認してから私は声をかけた、「そばまでくるように」と。
例のリサーチ会社の子がすかさず私にメールをみせる。
山田家の事情って奴ね、早いねえ、いい子と目で褒めてやる。
ふうん、あの付添いの男は流派の懐刀と呼ばれる高見という事務局の人間が濃厚ね。
すばやくメールに目を通していると、私の前に立ちはだかっていた子猫ちゃんが綺麗に左右に割れた。
そこをおどおどと、今度受験といったから一つ下か、その態度のせいで似合わない絽の着物姿で私の前にその子が歩いてきた。
脇にぴったりと連れの男がついてくる。
委員長が黒ユリ会代表斎賀透子様です、と私を紹介する。
私は顔を上げず、二人を目の前に立たせて、メールをつらつらと声にだし読んだ。
父親は山田泰三氏、言わずと知れた家元で母親はその弟子だった原祥子、婚外子、認知はされ、8歳で本家に引き取られる、ね。
間違いはない?そう初めて顔を上げ彼女をみて聞いた。
彼女は何なんだろうと言う顔をして私をみつめて、そして簡単に頷いた。
事務局の狸はそれに表情を変えず、そのまま頭を軽く下げて挨拶をしてきた。
「初めまして、高見と申します、家元の代表秘書をさせていただいております。」
そう言って私をみる、ビンゴね、懐刀さん。
ねえ、それであなたたち、初対面の私がつらつら読んだそれスルーするわけ?
そうなの、慣れてるのね、これ言われるの。
・・・どういじってやろうかしら?
私は二人を交互に見据えて、それはそれはお手本のような綺麗な笑みをこぼした。