第11話 役ただずめ
「おい、透子、ほれ、これやる」
そう言ってキョーちゃんが、例によって、ムーミンを幸せそうに見てるヨウちゃんの傍でおいしいホットワインをチビチビ飲んでいる私の所にきて細い筒の箱を渡してきた。
何これ?嫌な予感をひしひしと感じながら、キョーちゃんを見るとすでに夜の街バージョンに真っ黒くろすけに着替えていてニコニコと得意げに私を期待のこもった目で見つめていた。
こんな時頼りになるヨウちゃんはムーミンを見ている時は別人28号になるのであきらめた。
気が乗らないが、これを開けねば下まで迎えに来ているであろうチームの人たちにも待たせてしまって悪い。
その細い赤いリボンでラッピングされていた箱の中には、銀の竜と金の竜がデン!と上下に尾でからまるよう書かれていて、その2つの体に黒ユリが幾つも飾られているというか巻き付いているように見える大きな四角い布地が入っていた。
100センチ四方以上はあるだろうそれを立って広げてみせると、それはそれは嬉しそうにキョーちゃんは私を見てくる。
チラっと助けを求めるべく状況を確認するため大型ハイビジョンのテレビをみるとスニフがビビッているという場面だった。
私も自然毎日付き合わされてるので、これは内容的に、まだあと1話半あると計算しストッパーとしてのヨウちゃんはその段階でやはりあきらめた。
「え~と、これってもしかして旗?」
私が思い切り引きながら聞くと、
「おうよ!透子、お前でっかい喧嘩ン時はなあ、旗持ちも大事なんだよ、お前は知らないだろうからな。俺がついてんだ、抜かりはねえぞ!透子、で、旗持ちは決まったのか?どんな奴だ?」
そう嬉しそうに聞いてくる。
いや、キョーちゃん、あのね、うちの学校、あれでも超金持ちお嬢様校だからきっとこんな大きな旗持てる人いないと思うの・・・。
「その旗持ちの衣装に合わせてポールの色は決めてえンだ。わかんだろ?な」
そう真剣にこちらを見てブツブツ黒なら渋銀もいいんだがなあ、とか言う自分の世界に沈むキョーちゃんがいた。
私はキョーちゃんに「ほら迎え待たせちゃだめでしょ」と言って珍しく手を取って玄関で頬っぺにチュウまでして送り出した。
ご機嫌よく出ていくキョーちゃんの頭の中は最早旗持ちのかわりに私一色に違いない。
ふっ、ちょろいよ、キョーちゃん。
これで当分思い出さないでいてくれるといいんだけど、旗の事、ないわぁ絶対ない。
そして私は嫌な事に、はっと気が付いた。
メールで夜寝ないで待ってろって言っていたガンちゃんを思いだした。
キョーちゃんのフルバージョンアップ版のガンちゃんだもの、同じような思考かも・・・いや同じに違いない!と確信する。
これはやばい!
うん、ムーミンもあと1話で終わるはずだ。
ちょうどスティンキーの所だ、おし!今日はヨウちゃんと寝ちゃおう、それがいい、いい考えだ。
キョーちゃんの攻撃で守備力大幅ダウンの私に、続けてあのガンちゃんの攻撃がきたらあっという間にHPは0になってしまう。
明日もまだテストがあるのにさすがの私もそれはきつい。
「我が家のラスボス、ヨウちゃんから絶対離れまい」そう誓う私の思いは私の作戦など当に見こした、帰ってきたガンちゃんが姑息にもおみやげと言う名の元に手渡されたガーデンライトのニョロニョロに見事粉砕された。
ヨウちゃんはそれを見るなり、家じゅうどこにそれを置くのかで悩み始めしまいにはそのニョロニョロが順番でまたたく様子に魂をとられてしまった。
ガンちゃんが寝ないで待っていろ、と言ってまで私に渡したのはうちの黒ユリ会全員にいきわたる数のスタンガンやら何やらで、それも威力が半端ない非正規品の数々だった。
それ使ったらお嬢様達確実に死にますから、マジで、わかったます?
「とりあえず簡単なものから揃えた。透子、待ってろ!至急密輸船したててもっといいもんそろえてやるからな!」
「喧嘩はな、数も経験も同じようなら持ってる得物で勝負が決まる事もあんだ」
「ふっ、この俺に喧嘩ア売るたあ、いい度胸だ!なあ、透子!」
と、きつくどこかを見据えて黒く笑うガンちゃん。
えっと、ガンちゃん、あのね、だ~れもガンちゃんには喧嘩売ってないと思うのよ、本当に。
それにね、この限度なさそうな威力のスタンガンや先っぽにトゲトゲがついてる警棒みたいなの以上にもっと凄いものって何かな?
まさかピで始まってルで終わるもんじゃないよね?
密輸船ってどこから仕立てるの?
いろいろ疑問は尽きないけど、とりあえず、なんだ、まずお互いわかるような日本語で話そうね、ガンちゃん。
「ガンちゃん、ありがとう。でもね、これって黒ユリの子全員に持たせても、えっと何ていうのかな、扱いきれないっていうか、万が一相手が、ほら、ね、間違えて死んじゃったら大変だと思うんだよ私」
そう言う私にガンちゃんはたちの悪い笑みを浮かべながら、こう言った。
「大丈夫だ、透子、それこそが俺の得意とするところだ!」と胸をはる。
うん、わかった、わかったよガンちゃん・・・。
これ黒ユリ館の私のダイニングのとこにトラのはく製達と一緒に眠ってもらうわね。
あそこが片付くのはいつになるやら、そうため息をつく私にまたしても信じられない言葉が聞こえた。
部下の若頭補佐の石井さんに宅急便の指示をしながら、
「実地の訓練をガキどもにさせなきゃなんねえな。食い詰めの人間、山谷にでもいって明日の朝でも買ってこい!善は急げっ!って言うしな、カカカ」
・・・善って何?ガンちゃん・・・カカカって笑う人本当にいるんだ・・・。
私もヨウちゃんみたいに、ニョロニョロの所にいって楽しく魂飛ばしたいけど、げんに今、私の魂が口から出てる気がするけど、ここで止めなきゃ、明日の午後は学園内はとんでもないことになる。
黒ユリ館の前で強面のお兄さんたちに連れられてくる、ガンちゃんいわく、食い詰めさん達の姿を想像して、ブルブル頭をふった私はここでもガンちゃん骨抜き大作戦に打って出た。
これがよくきくって経験上知ってるからね。
私はおもむろにガンちゃんの膝に乗っかって、甘えながらわがままを言いはじめた。
あれが欲しい、これが欲しい、ついでに、あまり綺麗なお姉さんのとこで遊ぶのは嫌だ、とか。
それでその合間に、食い詰めさん達の事を連れてきちゃ嫌だとお願いする、これ、大事!これぞ本命よ!
乙女としての何かを犠牲にして、何とか食い詰めさんに関しては、ガンちゃんを阻止した私は寝不足のままテストを受けに家を出る時、いつも通り見送るヨウちゃんに、昨晩思いっきり役立たずだったヨウちゃんに、あっかんベーをして家をでた。