第2部 第22話 たらないもの
今私は先ほど子供らが遊んでいた芝生の上に転がるおもちゃを、父親たちと共同作業で片付けている。
何せあのちみっこたちは、お昼寝の時間も重なりグズグズしていたので、お世話係りさんたちに即効引き取ってもらい育児部屋に連れ帰ってもらった。
びゃあびゃあ泣くちみっこ達に、それにプラスして大人げないうちの保護者ズとバカロンたちの睨み合いが続いた。
まったくどんなカオスだっていうの、めんどくさい。
一つ良かった事は、私は子供、生物学上は私の遺伝子を持つ子供でさえ好きじゃないって事がわかったくらいだ。
で、彼女達が片付けをしようとするのを私が断り、自分たちでするから一刻も早く寝せて静かにさせてちょうだいとお願いをした。
それでこうして片付けをしている、話しは後だといって。
誰の子だ、この人形達を幾つもバラバラ死体にした奴は。
それをご丁寧に砂で綺麗に埋めている子もいた。
私があきれたように父親たちを見つめると、なぜか目をそらす父親が3人ほど。
もしやという自覚ありの父親の名は不憫で言えない。
その後また食事の後片付けがすんでるテーブルに戻り、建物に囲まれるように作られているここから、まるで切り取られたかのような綺麗な青空をみつめた。
なんでバカロンの言葉に素直に彼らの事を話そうとしたのかはわからない。
あのちみっこ達のうるさい泣き声にダメージでもくらったのかもしれない。
やはりつくづく私は子供が苦手だ。
さっぱりとしたウーロン茶を飲みながら私はぽつりぽつりと少しずつ話した。
私の人魚姫と海の王様の事は、うちの保護者ズとも一度なりともふれた事はないのに。
私は普通に浴衣姿で学園の黒ユリの皆で遊びに出かけた事から話した。
そこで出会った人魚姫に一瞬で心がもっていかれたことも。
やがていつしか海の王様にもまた。
彼らは私が全て、混じり気なしの全てだった。
それが愛しくてうれしくて、ただ私の為にだけある存在だったと話した。
保護者ズがその言葉にひどく苦しい顔をした。
俺だってと口々につぶやくその声に「知ってる。でも存在まるごとじゃないもの」と私は答えた。
「普通、その人間まるごと全てなんてありえない事くらい知ってる。人としてそれじゃ生きていけないのも、そんな愛し方普通じゃないのも知ってる」
そうして戸惑う気配に、私は保護者ズの一人一人を見て心から笑いながら言った。
「みんなが私を生かしてくれてるんだよ。私が生きていけるのは、みんなのおかげ、その愛情は疑ってないし、私の成分のほどんどは、私の生きる事の一つ一つはみんなが教えてくれたもの、造ってくれたものなんだ」
「でもね、私はおかしいんだ。私を形づくる中で、いつのまにやら生まれた隙間がとても寂しいの。ふとしたきっかけで日常の中で隙間に気がつくとね、私の中にあるその隙間が、もっともっとと叫んでくるの。もっと愛して!もっとかまって!もっと溺れて私でいっぱいになって!って」
「おかしいよね、こんなにたくさん愛してくれてるのにたらないんだもの」
私はきっと子供のままなんだろう、愛される事のみが欲しい厄介な子供。
人魚姫と海の王様の存在全てで愛されて、私の飢えはやっとおさまったんだと思う、少しは。
あの人魚姫は現世では生きていなかった、既に人としてのありかたを放棄していた。
それを見守る海の王様もまた、気づいていたのかいないのか、同じ場所に堕ちようとしていた。
そこにウツロな隙間を抱える私が登場し、彼らが忘れて捨てていたはずの感情を揺さぶりそれを貪欲に欲した。
彼らは感情をめざめさせその全てで私を欲し愛してくれた。
彼らがあの日自殺しなくても、いつか私が際限なく求めるそれで彼らは同じように、私の為だといってそうしていただろう。
私の飢えを満たすために喜んで。
悪い魔女と人魚姫、それに海の王様だけで完結した、ただそれだけのお話しだった。
私が夢見るように空を見ていると、バカロンに首をぐぎっと無理やり戻された。
ニヤニヤ色気ダダもれで、そのまま私の顔を自分にギリギリ触れるくらいまで近づけてくる。
ぎゃっ、何なのよ!
「嬢ちゃん、サビシイってか、あいつらじゃ埋めれねえ所は俺を喰わしてやる。これで無問題だ。ん、嬉しくて泣いてんのか?そうか、そうか!」
そう言って頬を寄せて抱きしめようとする。
ちが~う!グギ、グギッていった!痛いの!筋をおかしくしたらどうしてくれんのよ!
私はヨウちゃ~ん、と助けを求めようとしたが、その必要はなかった。
ドゴッ!と音がして、ガンちゃんのキックとヨウちゃんの拳がうなり、私を拘束していた腕ははなれた。
それに慌てるお付きの人達をバカロンが制して、
「まあ、オスの順位は力で!だな。妥当な線だ」
そういいながらそのまま殴りあいをはじめた。
参加者はキョーちゃんが1人嬉しそうにすぐさま加わった。
ユキちゃんが、
「ほぉ、人間の急所をねらってやりあうんですね、なかなかいい」
そう言ってキラリンと目を光らせてみている。
私はめったになく真面目モードだったのに、やっぱこんなもんだよね、と遠い目になりながらグラス片手に避難した。
優しいレイちゃんがウーロン茶のおかわりを持ってきてくれるというので頼んだ。
ひょいひょいと綺麗に殴り合いの場をくぐり抜けていくレイちゃん。
レイちゃんてば、あの身のこなし、絶対半端なく殴り合いもできるっぽいよね。
それに引き替えてテイちゃんてば、私の隣りでぬべ~って感じでわれ関せず状態。
私の向ける冷たい視線に、
「え~、俺25であ~いうのは引退したの、25はお肌の曲がり角ってゆーじゃん。俺女に夢売る商売の元締めだし?みたいな?」
ふん、しらじらしい!さっき自分の子が泣かされたのまだ根を持っていじけてるのね、このおバカ!。
なんかさ、嬉しそうに生き生きとなぐり合ってる彼らを見る。
あ~あ、バカロンあんたそんな嬉しそうに殴られて。
うちの保護者ズしかいないんだよね、あんたに殴りかかる人間なんて。
当分実業家モードの世界のいろいろに出席するのは無理だね、そんな腫れあがった顔じゃ。
みんながこうした馬鹿をやってくれて、こうしてはじめの「あら不思議また元どうり」になっていく。
ようし、こうなりゃ私も何かで参加しよう。
きょろきょろあたりを見渡して武器はないかと見ていると、おかわりのウーロン茶を持ってきたレイちゃんと目があった。
さすがレイちゃん、私が騒ぎに参加する気満々なのを見てとった。
・・・・やめて、その「怒りますよ、いいですね。」の顔するの。
はい、私はちょっと?さびしがりやで愛されたがりやの女の子です。
ここで大人しくして、おいしい冷えたウーロン茶を飲んでいる事を誓います。
私はレイちゃんに白旗をあげてニコニコしながら、代わりと言ってはなんだが隣りでダレている駄犬テイちゃんを思い切り騒動のさなかに蹴飛ばし背中を更に前に押して乱入させてあげました。
「ぬわ!」とか言ってたけど、真っ先にガンちゃんに殴られてやんの、いい気味。
あっ、むかつくくらい長い足で、ガンちゃんにその腕でなぐりかかるとみせかけて、近くにいたバカロンとなぐり合ってるキョーちゃんの背中に体重の乗ったキックをお見舞いしてる。
卑怯だ・・・。
キョーちゃんが振り返り、倒れかかった体勢を整えてテイちゃんを見た。
さすが現役不良の元締め、無様には不意をつかれても倒れない。
今度はキョーちゃんが悪い笑みをこぼし、なぜか今まで殴りあっていたバカロンと目をかわすやいなや共同戦線をはってテイちゃんに向かう。
だからテイちゃん、何であんたも、お肌の曲がり角がどうとかこうとか言ってたくせにそう嬉しそうにやる気満々に指を立てて挑発してるの。
こうして人間の急所を狙う戦い方では、強い者同士では意味をなさない、やはり薬物に限ると観察して納得するユキちゃんと、優雅に椅子だけを器用に移動させお茶を飲む私とレイちゃんをのぞいて、それはそれは楽しそうにそこで暴れていた。
よく体力が続くものだとあきれた私に、レイちゃんは優しく言った。
「だから安心して、私達から全て絞りとってもいいんですよ。質の良いのがこれだけ揃ってるんですから。これだけの数がいるんですから、何があっても大丈夫です」
それに私はそうだね、と答えた。