第10話 黒ユリ様怒る
黒ユリメンバーズその1からの視点です。
私達一年生は、とても仲がいい。
べったりとくっついてる訳ではないが、小等部の中学年生になった頃にはしっかりと井上さんをリーダーとして、小さな仲良しグループや親関係の仕事のグループだったりと分かれていた私達は一つ一つまとめあげられ、それらを上級生にはわからないように確か小さな時は「秘密ごっこ」という遊びのカテゴリーの名のもとに私達は密やかに一つの集団となっていった。
もちろん中等部の中ごろには、何か大きな目的があるらしいのは皆わかっていたと思う、皆それなりには幼い頃から教育を受けていたから。
その頃には、それぞれの小さなグループと、その小さなグループというのは学園内で表だって行動していていわゆる誰が見てもよくある仲良しグループにしかみえないのだけど、それらのグループの幾つかを一つとして、上級生や学園側にわからないよう花の名前のついた更に上のグループが作り上げられていた。
そのグループ内で問題が起きると、大体それほど大きいことがあるわけじゃなかったけどたとえばテストの成績を何とかしたいとか、どうしても欲しいのに手に入らないレアグッズが何とか手に入らないか、とかそんな事ばかりだったけど。
でもそれらの笑っちゃうような一つ一つが、なおさら私達の結束と確たる安心感を「人は信じてはならぬ、人を使え」と教えられてきた人間の方が多い私達を、家族ですらあまり顔をみないのが当たり前の子供だった私達を支えてくれた。
そのおかげで私達の学年は担任団も驚くようないわゆる良くできた学年になった。
どういう風に機能しているかと言えばそんな問題が、あるグループでおきると皆に一斉にメールがくる。
たとえば私の班はミモザという名前なんだけど、件名に「ミモザが咲いた」と入る。
そしてレアグッズとかが欲しいという内容だったら「〇〇のバッグ」とどうでもいい話の内容にそのバッグ名が盛り込まれる。
大体これで心当たりのあるものや、持ってるから譲ろうか、とかの答えがミモザのリーダーの所にきて「解決」だ。
一度だけとても大きな問題が中等部の三年の夏に起こった。
それはスミレと呼ばれるメンバーの一人の家の問題で東南アジアの現地工場で大量の製造部品の粗悪品が出てしまい、当然現地スタッフ幹部の減給処分を行ったところ幹部主導のストライキがおきて、各企業へ納付する部品の調達がこのままでは間に合わず最悪不渡りも覚悟しなければならないという切羽詰まったものだった。
これにはさすがすぐさま全員での話し合いが隠れて持たれた。
3学年の自主的勉強会を学園所有の研修所で行うという理由をつけて。
時間がさし迫っているのでこの時はまず製造部品を作れる工場を親が持っているという人を募った。
工場持ちの彼女らを中心に話し合いがおこなわれ、それには親が流通会社を持つ私も加わった。
結局同じ東南アジアに幾つかの工場を持つ井上さんのお父様の所に納期の問題もあり協力をお願いした。
私の父の会社がストライキ中の工場から機械を全て運びだし井上さんの工場に設置する事ができた。
それから業種は違うが同じような部品を作っていた別の班の親の協力で、優秀な技術者が大量に派遣され何とか納期にギリギリに間に合った。
東南アジアからのチャーター便にはさすが私の父の会社は大きいのだ、と私も認識をあらたにできた。
それをやり遂げた私達も凄く自信がついたし、もちろん私達の親はこの組織の可能性に一斉にそろばんをはじきだした。
と、同時に自然の流れで我が子たちが密かに固めている組織を見守ろう、というもっともらしい理由で親たちも交流を深めはじめた。
私の父いわく、皆願ってもない状況に喜んでいるとの事だった。
だから今回正式にベールを脱いで「黒ユリ会」が発足した時、黒ユリ館のリフォームにも親たちは積極的に協力してくれた。
それと親たちが娘である私達に、仕事上の話も、この黒ユリ会発足にあわせてより内実までざっくばらんに話してくれるようになった。
そして、そう、話はもどるけど我らが盟主である黒ユリ様のことだ。
あれだけのカリスマ性は一般人が持つ物じゃないし、所作の一つ一つが優美かつもの凄く華麗だ。
私達の親はもちろん黒ユリ様について、それぞれ真っ先に調べ上げたが確かに一般の家庭出身だった。
役所勤めの両親と大学に通う姉の4人家族だというありきたりのものだった。
それ以上何も出てこない、家を出ていて現在どこに住んでいるかも不明。
学園も裏からの問い合わせに条例をたてにそれを漏らさない、今までにない事だった。
専門の業者にそれぞれの親は調査を依頼したらしいがそれでも何も出ず、しつこく調べ上げようとした日本有数のリサーチ会社の親の所は特にチームを作って本腰をいれたそうだが、それに対しての答えは、急激な株価落下とともに会社の乗っ取りがあれよあれよという間に持ち上がり、例によって私達の所に救援メールがきたときには最早助けが入る余地もなく、その子だけでなく私達も私たちの親でさえもそのありえないスピードに愕然とし震えた。
その騒動の渦中に「透子様に対して含みのある行動は慎むように」との連絡が弁護士を通してそのリサーチ会社にきて、それを了承し謝罪した事でまるであんな騒ぎはなかったかのように状況はまた一気に沈静化した。
親たちが大騒ぎしてわかったのは「彼女に手を出すな!」の答えだけだった。
アジア屈指の流通会社を経営している父も私にその騒動の後、
「おもしろい子が上に立ったね。本当におもしろい。扱い方を間違えたら大変なことになりそうだが、井上さんとこのお嬢さんなら大丈夫かな?」そう笑ってた。母は心配そうに、兄たちは興味津々で私を見てた。
それらの事もあって私達は親もだけど黒ユリ様を只の人なんて、これっぽっちも考えていない。
表舞台に駆け上がった私達はその親も含めて、身のうちに急速に何か熱いものが期待と共に時間をおって膨れ上がっていった。
それにしても、この間黒ユリ様を先頭にカフェテリアに入った時の情景を思いだし、私はまたもやうっとりとした。
だって私達が入っていくと騒がしかったカフェテリアが一瞬でシーンとして、時間割の関係で出ていく中等部の子は憧れの眼差しでこちらをみて同じ1年生の子は静かに立ち上がり軽く礼をして迎えてくれた。
2年生達は戸惑いながら私達を伺い、そして三年生とカメリアメンバーズは憎々しげにこちらをみてきた。
それを黒ユリ様は全て歯牙にもかけず、その視線をばっさり見事に切り捨てられた。
はあ~、本当に素敵だったな、そう思い返し、次回のおでましはいつになるんだろうと、その時私はぼおーっと学園の購買部でノートを選んでいた。
そんな私に3年のカメリアメンバーズの会計職についている山田先輩が近づいてきた。
日本有数の戦国時代にまでさかのぼるという生け花の一大流派の後継者である先輩に私は意識して綺麗に挨拶をさせて頂いた。
するとその取り巻き達と私のすぐ傍までよってきた山田先輩は私を意味ありげに見た後、
「何か匂いませんこと?」と、取り巻きに向かって笑いながら聞いた。
「そういえばこの間テレビで梁間グループの特集やっておりましたわね」
「ちょうど母と私もみておりましたわ」
「母がとても感動しておりましたわ。裸一貫、トラック一台からはじまったなんて凄いですもの、トラックってねぇ」
そう言ってクスクス馬鹿にして笑っている。
そう、私の父は大学も貧しくていけず、奨学金をもらったとしても日々の暮らしはできぬと、すっぱり進学をあきらめトラックの運転手の助手をしながら、なんとかお金を貯めて大型の免許をとり、はじめは勤め先のトラックを借りて、やがて一台の中古のトラックを手に入れ独立して請け負うようになり、やがてアジア有数の流通会社を一代で築きあげた。
上の兄たちなどは、かすかに父のトラックに母と共に乗せられ遠距離運送の仕事に共についていったことを今でも覚えていると誇らしく語り私を羨ませている。
山田先輩の話にクスクスあざ笑う取り巻きたち、そして馬鹿にしたように私を見る山田先輩に私は怒りに震えるけどそれを見せてはいけない事ぐらい私は知っている。
山田先輩とその取り巻きたちは皆古い家柄を持って誇りとしている。
山田先輩は超一流の付属を落ちてここに入学したと聞いている。
それまで挫折を知らぬ分、ここに通うのが屈辱だと言ってはばからない人だ。
「本当に何の匂いかしら?臭いわねえ」
そう言って私をみて笑う山田先輩に私は大好きな父を馬鹿にされて、でも何も言えず下を向いて涙をこらえた、笑え笑え何でもないように「笑え」
でも最初の一滴がぽろっと流れ始めたら、もうダメだった。
うつむいて泣くのをこらえていたらそこに凛とした声が聞こえた。
「本当にエランの香水は確かにきついわね、委員長」
「つける人間によってひどく安っぽくて最悪なものの一つになりうるってわかったわ私。不思議ねぇ」
その声に私は驚いて顔を上げると、黒ユリ様が山田先輩たちの後ろに立っていらっしゃった。
隣に委員長と声をかけられた井上さんもいる。
「臭い」というのを自分のつけている香水だと言われて山田先輩と取り巻き達は激昂した。
ただしトップの黒ユリ様にはさすが彼女たちも表面切って文句を言えず、その矛先を私に向けてきた。
私が1年の癖に生意気だし品がない、から始まっていろいろ上級生として注意だという罵詈雑言を浴びせる彼女達が、黒ユリ様のひたっと見すえる凍えた眼差しにやがて息を飲み口をつぐむのがわかった。
私も驚いたせいで意識が黒ユリ様に向かっていたので、今、彼女たちに言われた言葉の一つもちゃんと頭に入らないし涙も止まっていた。
ただ徐々に冷えゆく黒ユリ様のその気配に茫然と見ている私も背筋がちょっと震えてきた。
その気配を直接叩きつけられた先輩方も気のせいではなく顔色が悪くなっている。
「この子は私の所の子なのご存じかしら?ああ、もしかしたら、そのおつむじゃ覚えておくには限度があるのかしら?ね、委員長あなたはどう思う?」
案に山田先輩の受験失敗のトラウマを馬鹿にしてくる黒ユリ様。
「ねえ、これは黒ユリ会に対するカメリアメンバーズの挑発と思ってもいいかしら?私たちって品がないの?カメリアを見てもそれほど差があるように思えないのだけど」
山田先輩が何か言おうと口を開く前に、黒ユリ様はそれを手で制した。
「いえ、答えて下さらなくて結構よ、私の貴重な時間を無駄にする権利はあなた達にはあげる気はないもの」
「さあ、いきましょう。委員長、梁間さん」
きびすを返す透子様にあわてて私はついていき、井上さんも後をついて数歩一緒に歩きながら、思い出したとばかりに止まる透子様は後ろを少し振り返り、何がどうしたかまだ混乱している先輩方に軽くなんでもないように言った。
「今回のご指導に対し納得できませんので、ここに黒ユリ会よりカメリアメンバーズ全員のリコールをここに請求いたします」
「このくらいなら覚えて、カメリアの皆さまにお伝えできますわよね?」
「後程正式な書類を学園側とカメリア館にお届けにあがりますわ」
それではごきげんようと透子様に続いて井上さんは綺麗に笑って先輩方をしっかり見渡した、その笑顔の下のその手はしっかりと強く握りしめられていた。
購買からの帰り道、一緒に教室に帰る時、涙が止まらず泣き続ける私に透子様は私をきつく見すえておっしゃった。
「泣くな、みっともない!」と。
その乱暴な口調に、ああ、嫌われてしまったのかと、座り込みわんわん号泣する私にため息をついて、黒ユリ様は優しい手つきでポンポンと私の頭を撫でられた。
「聞きなさい。良い女はね、これぞという時のはったり、そうねプライドと言ってもいいわ、それが大事なの。泣きたいなら後で一人で思う存分泣きなさい。誰にも本気の涙はみせちゃダメよ、泣いた痕も気取られちゃダメなの。弱みはみせちゃダメ、ちゃんと自信を持ちなさい、あなたがあなたである為にね」
「見せる涙は別にいいのよ。これっていう時の武器に使いなさい、偽の涙はね、女の大事な使える道具の一つだもの」
そう綺麗に笑って私を見るとハンカチをあげるから涙を拭いて、と私にそれをくださった。
ちなみにそのハンカチは黒ユリの綺麗な刺繍の入ったもので、これ以降何か役立ったもの達に、そのハンカチが渡される慣習になりその1号である私はそれから黒ユリ様のお側に侍らせてもらうようになった。
このハンカチの下賜は、私に下さったハンカチを見た井上さんのアイディアだそうだけど、さすがだわ、乙女のツボを知ってらっしゃると、とても感心した。
この日以降夏休み明けに行われるカメリアメンバーズに対してのリコール投票の動きと反黒ユリ会の動きが水面下で着実に進行していった。
それと同時に黒ユリ様主催で、メンバーに対する教育が徹底的に時間があればサロンで行われるようになった。
「私の名の元にある人間が二度と無様に泣くなんて許せない!」
とのお言葉のもと、皆黒ユリ様直々の教育が楽しくてならない。
まともなものとしては経済問題からはじまって、護身術、ダンスなどがある。
突飛なものでは、黒い会話術、これは初級編からはじまってスキルに合わせて上級編にいく。
井上さんは上級編にさっさといくだろうと思っていたけど、意外に無口で大人しいグループと思われていた藤の全員がさっさと初級編をクリアし、中でもリーダーの桜井さんが一番で上級編にスキルアップした事には皆驚いた。
私達1年生の黒ユリ会は、カメリアメンバーズ打倒に向けてこうして大きく動き出した。
それに伴って、切ってもきれないその親たちも必然的に動きだし、またもやこの学園は、知る者ぞ知るの大注目が集まっていった。