第2章 第11話 ちょっと待って。
久々に見たバカロンは、やはりバカロンだった。
私がきっちり猫を大きく、当社比3倍です!ぐらいのをかぶって出迎えたというのに、それも「私とは無関係、わかってんよね!」オーラをきっちりアピールしたっていうのに、そんな私を面白そうに目で笑うと、衆人環視の目の前で、
「ああ、透子、会いたかったよ。なかなか会いに来れない私を許してくれるかい?」
そう言って問答無用で抱きしめてきやがりました。
うん、一瞬で終わったな。
口から魂がぽよ~ん、と出そうになりました。
気を取り直した私は、わざとに違いない破壊的なエロフェロモンをダダ漏れさせるバカロンに抱きしめられながら、おもいっきり革靴のかかとで、バカロンの足をぐりぐり踏んで踏んで踏みまくった。
周囲は足元など見ていないし、ここぞとばかりにやっているのに、バカロンは一筋たりとも表情をかえず、ますます甘い声で、アホな愛の言葉を囁いてくる。
バカロンの側近の李さんたち一同は、ボスの足をふみふみしている私に声をかけて止めるべきかどうか挙動不審なのにね。
「あ、あの・・・」
またしても学園長の、情けない声がかけられた。
この人、一応ガンちゃんからこの学園まかされるくらいだから、できる人・・・のはず。
だけど、この新学園長の「あの・・」以外聞いたことないなあ、私。
遠い目になる私、一度影に隠れてこの人の普段をみてみようかしら、そんな余計な事をつい考えてしまった。
何はともあれ、それでようやくバカロンの腕から解放されたが、なぜか当たり前にそのまま私の腰を抱く。
腰を抱くその手を、にっこり微笑みながら何気なく外そうとするも、ビクとも動かない。
「ここは講堂、ここは講堂・・・・。」
言い聞かせながら、学園長をギっと睨む、周りにはわからないように。
「何とかしなさいよ。」
私の要求をちゃんと理解したと、それはもう額に汗しながら、かすかに頭を上下させることで了解の意を示す学園長。
学園長が壇上に案内すべくバカロンを促したが、当たり前のように私をそのまま伴っていこうとする。
全校生徒もきちんと揃い、それに合わせて講堂の入口で学園長に案内されてくるバカロン一行を、私達役員一同も静かに入口で待っていた。
夢見る年頃の女の子たちばかり、まして迎える客は日本でも話題のセレブ、しかも授業は潰れたし。
何となくいつもより空気が桃色だったのもわかるというもの。
私とてカワイイ生徒達を生あたたかい目で見ながら、本当のバカロンの現状を思い浮かべつつ、「知らないって事は良きかな、善きかな。」なんて、穏やかにいたわけですよ。
・・・・・到着と同時のこのありさままでは。
「黒ユリ様と王維様って、もしかして・・・」の声が乱れ飛び、キャアキャア黄色い声を上げ、一気に講堂が騒がしくなる中を、いつにもまして我が委員長の冷たい視線を背に受けつつ、あれ?これって私のせい?違うよねえ、と現実逃避しながらも、どうにかバカロン一行を壇上の椅子に落ち着かせた。
疲れきった私は、たかが5~6分のここまでで、力尽きた私は、最初から委員長に挨拶などを丸投げした。
いいよね、何も言わずとも、こちらをさっき以上に冷たく見る視線が、痛いけど、とても痛いけど、何も言う前に、私のやる気のなさをみてとり、この場をしきりはじめてくれた委員長。
続いて庶務の子が阿吽の呼吸で司会を始めてくれた。
うん、でもね、あなたも最近私を見る目が「しょーがないなぁ。」って感じなのは気のせいかしら?
何はともあれやっとバカロンのお言葉をちょうだいするらしい。
これで終わる!私はダルダルになる気持ちに、ほら、もう少しよ、頑張って!って他人事のように応援しながら待った。
・・・・・けど、やっぱバカロンだった。
あろうことか、バカロンはこの聖桜学園に無理やりその権力を使って乗り込んできたくせに、全校生徒が固唾を呑みこんで、どんな、世界をまたにかけたグローバルな話しを聞けるのか、とキラキラと期待に満ちて待っていたのを、あっさり打ち砕きました、それはもう見事に。
開口一番から自分と透子がどれほど素晴らしいパートナーかに始まり、ヅラヅラと、づらづらと2人がいかに愛し合っているかを、情熱的に。
唖然としていたのは私と委員長くらいで、もはや委員長の視線はレーザー並みとだけ言っておこう。
周囲のお嬢様方は、それはそれは、そのキラキラとした眼差しに更に桃色パウダーラメ風味って具合に狂った。
別の意味で期待以上の話しに盛り上がる、盛り上がる。
なんか、あまりのバカロンさに嘘のようにヘタレていた私だけど、ゴゴゴ~っと、自分に怒りのスイッチが入ったのがわかった。
きゃあきゃあなっていた講堂は、ゴゴゴっと怒りと共に、私が下を向いていた顔を上げるにつれ、徐々に静かになっていった。
ぽつり、委員長の「貞子・・・・。」という言葉は聞かなかった事にしよう。
やがてシーンとした講堂に、バカロンがさすがにけげんに思い言葉を途切れさせた所で私は立ち上がった。
バカロンの側近が同じように立ち上がり、私に近づこうとするのを、視線で止めた。
「何も殺すつもりはないわよ。」
ニコリとほほ笑んで、目でそう語りかけた。
顔が引きぎみな彼らを見て、失礼な!と思いながら、バカロンのそばに立った。
バカロンが相変わらず甘い笑顔を見せてくる。
どうした?という顔をするバカロンに、最高の微笑み、当社比10倍ぐらいのとっておきをくれてやる。
さすがに目を見張り、やがて蕩けたように、また私に手を伸ばすバカロン。
覚悟はいいかしら?子供と女は怒らせたら厄介なのよ。