地下二階
ゴブリンの悲鳴が、通路の奥から響いていた。
ギャアアッ!!
鈍い衝撃音。
そして、骨が砕けるような嫌な音。
オークの咆哮がそれに重なる。
ブオオオオ!!
俺は振り返らなかった。
振り返ったら、足が止まりそうだったからだ。
ただ必死に走る。
石でできた通路を、全力で。
靴底が床に当たる音がダンジョンの中で反響する。
やがて後ろの音が遠ざかり、完全に聞こえなくなった。
「はぁ……っ……はぁ……っ……」
俺は壁に手をつき、荒い呼吸を整えた。
胸が痛い。
肺が焼けるようだ。
だが、それでも生きている。
「助かった……のか……?」
恐る恐る後ろを見た。
ゴブリンも、オークもいない。
どうやら完全に撒いたらしい。
俺はその場に座り込んだ。
冷たい石の床が体の熱を奪っていく。
「……ここ」
改めて周囲を見渡す。
石の壁。
古い松明の跡。
天井には黒ずんだ煤のようなものが残っている。
かなり昔から存在する場所なのだろう。
そして壁の一角に、削られたような文字があった。
近づいてみる。
そこにはこう書かれていた。
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地下二階
⸻
「……やっぱり」
俺は苦笑した。
さっきの階段で降りた時点で、なんとなく予想はしていた。
ここはダンジョンの二階層。
つまり俺は、ダンジョンのかなり深い場所にいることになる。
普通なら冒険者が何人も集まって探索するような場所だ。
それを
最弱農民の俺が一人。
「笑えないな……」
だが、落ち込んでいる余裕はない。
腹が鳴った。
ぐぅぅぅ……
思わず腹を押さえる。
空腹だった。
三日まともに食べていない。
さっき走り回ったせいで、さらに体力を消耗している。
「何か……食べないと……」
俺はゆっくり立ち上がった。
このままでは魔物に会う前に餓死する。
食べ物を探すしかない。
だがダンジョンにある食べ物なんて、普通は一つしかない。
魔物。
もちろん普通は食べない。
だが背に腹は代えられない。
通路を慎重に進む。
なるべく音を立てないように。
ダンジョンの中は静かだ。
静かすぎる。
少し歩くだけで、自分の足音がやけに大きく聞こえる。
角を曲がる。
通路はまだ続いている。
その時だった。
ぴちゃ……ぴちゃ……
小さな音。
俺はすぐに壁に身を寄せた。
通路の先を見る。
そこには半透明の体があった。
丸い体。
ゼリーのような生物。
スライム。
「……またスライムか」
第2話で戦った魔物だ。
ダンジョンでは最弱。
だが俺にとっては油断できない相手。
スライムはゆっくりと床を這っている。
どうやらまだこちらに気づいていない。
俺は足元を見た。
小さな石が落ちている。
それを拾う。
そしてゆっくり近づいた。
一歩。
また一歩。
距離が縮まる。
スライムがこちらに気づく前に――
「うおっ!」
俺は石を振り下ろした。
ベチャッ!
スライムの体が潰れる。
跳ねるように体液が広がった。
「はぁ……はぁ……」
俺は息を整えながら、スライムの残骸を見る。
動かない。
どうやら倒したようだ。
その瞬間。
体が柔らかい光に包まれた。
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Lvが上がりました
⸻
「……また?」
俺は驚きながらステータスを開いた。
⸻
【ステータス】
名前:ノウ
年齢:17
職業:農民
Lv:3
HP:9
MP:0
攻撃:3
防御:2
素早さ:3
魔力:0
スキル
なし
称号
最弱の農民
⸻
「結構上がった……」
攻撃が3。
防御も2。
素早さも3。
さっきよりかなり強くなっている。
それでも普通の人間よりは弱い。
だが――
「戦えるかもしれない」
少なくともスライムなら。
そう思った時だった。
ぐぅぅぅ……
また腹が鳴った。
俺は足元のスライムを見た。
ゼリー状の体。
半透明。
見た目は完全に食べ物じゃない。
「……」
普通なら食べない。
絶対に食べない。
だがここはダンジョン。
食べ物なんてない。
「……死ぬよりマシだ」
俺は震える手でスライムの破片を拾った。
ぬるりとした感触が指にまとわりつく。
少し臭い。
だが腐っているわけではない。
「……いくか」
覚悟を決める。
そして
それを口に入れた。
「……」
味は――
ほとんどなかった。
ゼリーのような食感。
少しだけ苦い。
だが飲み込めないほどではない。
俺は顔をしかめながら、それを飲み込んだ。
その瞬間。
体の奥が
わずかに熱くなった。
「……?」
俺は首をかしげた。
だがその時はまだ
それが何を意味するのか
理解していなかった。
この行動が
後に
世界最悪のスキルを覚醒させることになるとは。




