7話
小さな村の中を歩き続け、バレルの姿が人差し指よりも小さくなった頃、聞き覚えのある声が圭太の耳に届きました。
「ケイタ! ちょっと待て」
振り返った先には、息を切らした村長の姿がありました。
(俺のために走ってきてくれたのか……)
「すまんかったなケイタ」
寂しそうな笑顔でした。
「一応は頑張ってみたんだがな。ワシにはどうすることもできんかった、すまんな」
圭太は息が詰まりました。
「きっとお前はプーチャル教のことも忘れてしまったんだろうが、ワシらは子供の頃から教会の教えと共に生きてきた。だから、それが正しいかどうかを考えるよりも先に、教会がどう思うか――それを基準に物事を考えてしまうんだ。普通に考えれば、困っている人間を助けるのが正しいはずなのにな……」
「助かったよ、村長には感謝してる」
それは嘘偽りのない圭太の本心でした。
「素性の分からない俺を家に泊めてくれて、飯を食わせてくれた。あれがあったから、訳の分からない状況でもなんとか落ち着くことが出来たんだ。誰にでもできることじゃない。本当にありがとうございました」
圭太は深々と頭を下げました。
「なに、お前は口数が少ないがな。悪い奴じゃないということは分かっている。他の皆だって長くいれば、きっと分かってくれたはずなんだ。だから不貞腐れるんじゃないぞ。今回はたまたま運が悪かっただけだ」
「ああ、わかったよ」
頷く圭太を見て、村長のカフェミルクは安心したように息を吐きました。
(危なかった………)
この世界の人間すべてを嫌いになりかけていました。
(あいつらにのせいで村長から受けた優しさを忘れたら駄目だ。嫌な人間がいれば、良い人間もいる、ただそれだけのことだ)
「本当ならもっと時間をかけて、この世界のことを教えてやりたかった。圭太はこの世界のことを知らなすぎる。子供でも知っているようなことも何も知らん。まるで赤子のようだ」
「赤子か……そう言われても仕方ないもんな。井戸の使い方も知らなかったしな」
村長カフェミルクの顔がぱっと明るくなります。
「それだけじゃないぞ。トイレに虫が出たとか言って、ズボンを下ろしたまま飛び出してきただろ。あれには笑った、腹が痛くなるほど笑ったよ」
「しょうがないだろ。あんなでっかい虫は初めて見たんだから。まあなんだ……これからいろんなことを覚えていくよ」
「そうだ! 圭太なら大丈夫だ。覚えようとする意欲はしっかりとあるし、頭も悪くないんだからな。きっと大丈夫だ」
「なんとか頑張ってみるよ。悔しいけど、これから巻き返してやる。俺ならできるはずなんだ」
「そうだ、その意気だ! 人間、必死になればなんとかなるものだ」
「ああ!」
「これを持ってけ! 旅の役に立つはずだ」
村長は、しっかりとした造りの大きな布袋をぶっきらぼうに突き出してきました。
「これは?」
「食料と水、それに短剣と薬草だ。ワシにできるのはそれくらいだ」
これは間違いなく、村長にとって精一杯の贈り物でした。圭太は、涙がこぼれそうになるのをこらえました。
「助かるよ……」
「なに、これくらい大したことじゃない。このまま死なれちゃあ夢見が悪いし、あの世で神様になんて言い訳すればいいのか分からんからな。ワシのためだと思ってもらってくれ」
そのしわくちゃな笑顔が、とても格好良く感じられました。もし生き延びることができたら、必ず恩返しに来ようと決めました。
「俺、行くよ」
「この辺りで一番大きなテストド山を目指していけば、二、三日で大きな街に着くからな。頑張るんだぞ! 死ぬんじゃないぞ!」
「村長もな」
「もちろんだ! ワシは孫の顔を見るまでは死なないと決めているんだ。三百歳まで生きるつもりだ」
「それはさすがに長生きし過ぎでしょ!」
「いいや、絶対に生きてみせる。だから圭太も頑張れ」
「わかったよ」
「約束だぞ?」
「約束だ」
振り返り、歩き出す圭太の頬を涙が伝っていました。
望んだ末の出発ではありませんでしたが、この村に来たことは無駄ではないと思っていました。
(今は何の力もない無能かもしれない。けれど勝負はこれからだ。絶対に成り上がってやる)
強くなる。
圭太の心には強い火が灯っていました。
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