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(第五章 バブルがはじけて、夢も粉砕された?)

年に一度の社員旅行もバブルの時は海外だったが、バブルがはじけたら国内の温泉宿になった。しかもモラハラやセクハラ満載の温泉旅行なんて、女子社員はあれこれ理由をつけて来ない。野郎だけでの食事や飲み会は、殺風景で何の楽しみも無い。そもそも若い社員は、飲み会も旅行も、あまり歓迎していないみたいだ。慎吾も四十代までは、精力的に異業種交流にも参加していたが、来るメンバーが保険の勧誘とかネットワークビジネスが多くなっていて、断る労力ももったいなくなって辞めた。目上の尊敬できる経営者たちが姿を消して、恋愛目的の若いメンバーばかりで居心地も悪くなったというのもある。それでも、恋人はいたし、日々の仕事に追われ、土日もなく働いていた。

あの頃、新規事業に色めき合って、夢を膨らまし起業した彼らは、どうなったのだろう?ずっと成長し続け、日本が世界をリードする経済大国になって、世界の不動産を買いまくった時代もあった。二十代そこそこの若者たちが外車を乗り回し、世界の一流ブランドを身につけ闊歩していた時代があった。ニューヨークのエンパイアビルに登って、眼下にマンハッタンの明かりを見ながら夢を膨らませていた時代があったのだ。あのビルは今は消滅してしまって無い。

思えばテロや震災などで世界も日本も変わった。ずっと繁栄し続けるという神話なんて、うたかたの夢。世界平和も、文化や芸術で繋がり合い、慈愛の心で言葉や習慣を超え繋がり合えるのだと思っていたのも幻想に過ぎなかった。

経済大国の義務とばかり、貧しい国に多大な資金で援助してきたことも仇になった。義理人情など宗教や価値観の違う国には通用しない。「騙すくらいなら、騙される方がいい」などと言う、お人よしの日本人は「騙される方が悪い」と平気で言う国に利用され、恩義も忘れて食い物にされている。正義と愛を信じて、純粋に前向きに努力していれば良い時代は終わった。それは、テレビも見るヒマも無く働いていた慎吾が、初めて知った事柄ばかりだった。

親が亡くなって、なぜかポッカリ空いた時間、恋人とも別れ一人ぼっちで家に引きこもった。一日中、マンションでゆっくりしたことなんて無かった慎吾にとっては、ちょっとしたセンセーショナルな情報ばかりだった。ふと、時間ができて本を読み、新聞やテレビを見るようになって気がついた。世界も社会も地球環境も、瀕死の状態にあることを。

なのに、能天気に、明日を信じて生きてきた。滑稽なまでの楽天家だった自分。終身雇用も無い。老人ばかりの日本には若い働き手がないという事実。ここ何十年も収入は変わらず、国民皆貧困に喘いでいる。慎吾は大学まで親が出してくれたが、今の大学生は奨学金頼りで、卒業と共に若者たちは五百万円前後の借金を抱えているという。結婚しないし、子供も作らない人が多い。夫婦共働きでも、子供を育てる教育費が足りないそうだ。

そもそも女が子供を預けて仕事をするのも様々な苦労を強いられていた。保育園にまず入れない。無事入れたとしても、三十七度四分以上の熱があれば、迎えに来いと連絡がある。誰も代わって迎えに行ってくれる人はいない。旦那と交互に送り迎えをしている夫婦でも、こんな連絡に対応するのは妻の方だと決まっている。しかも、食事も洗濯も片付けも、一部旦那も助けてくれると言っても、妻が最終責任を負わされる。そのうえ、親たちの介護まで押し付けられる。仕事を持ったキャリアのある女でも世間の目には勝てずに無理を言われたりする。

仕事を持っても、主婦で家にいても休まる日は無いに等しい。しかも、子供のできない若者も増えている。そんなこんなで、出生率は年々少なくなっている。核家族が増え、地域の繋がりが薄れているのだから、子育ても老人介護も押し付けられる若者たちは、たまったものではない。

結婚しても親たちと同居していないので子供は見てもらえない。しかし、親の介護のために仕事を辞め、親と同居することを選択する女性も多くなっていると聞く。そもそも子供一人で何人の老人を見なくてはいけないのだろう?しかも、介護保険はバカ高いし、消えた年金問題には何の解決も無いまま、もらえる老後の年金は減る一方。しかも、もらえる年齢が、じりじりと後伸ばしにされている。

六十歳過ぎたら、年金で好きなことだけして過ごせるというのは、もはや夢物語。親たちの遺したお金と退職金で老後は安泰だと思っていた慎吾も、『何かしないと、生き残れない』との脅迫感が募り始めていた。「人生には三つの坂があります。上り坂、下り坂、そしてマサカという坂が」と、他人の披露宴のスピーチで言っていた慎吾だったが、たった独りでこの坂を乗り越えるのは苦しく辛い気がした。

「回る回るよ時代は回る。別れと出会いを繰り返し。たとえ別れた恋人たちも、めぐりめぐって出会えるよ。たとえ倒れた旅人たちも生まれ変わって歩き出すよ」

と、中島みゆきの「時代」の歌を口ずさみながら、

「この年での挫折から、立ち直れる自信などない」

と呟いていた。


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