1_3 月夜、独り言
夜。三日月が窓越しに見える。活気あふれる寮生の多く賑やかなザラマンダー寮でも、消灯時間を過ぎれば静まり返る。寝間着に着替えたグレゴールは薄手の上着に袖を通しながら今日の出来事を振り返っていた。
別に劇的に何かあったわけではないが、班員の顔と名前は復習しておいたほうがいいだろう。と、思ったが、名前が思い出せない。顔は思い出せるのに。アリは覚えている、さすがに。が、他が少し怪しい。グレゴールは額に手を当て寝床に寝転んだ。息を深く吐き、夜の匂いを吸い込む。少し瞼が重く感じるが、今日思い出せなかったら絶対明日も思い出せない。
確か、欠席だったのがノーム寮の寮長だ。ううん、名前は忘れてしまった。でも何となくの印象はある。ノーム寮は、牡牛座と乙女座と山羊座の生徒が集まる寮だ。風火水地の地、堅実で安定志向の星があるってこの学び舎に来る前に占星術の本で読んだ。そんなの誰だってそうなのではないだろうか。まあ、地の黄色を背負う彼らは少々しつこく規律を重んじることが多い気がする。消灯時間とか、帰宅時間とかの時間厳守で大変だと教室で喋っているのを聞いたことがある。じゃあ寮長なんてすごく厳しい人なのだろうか。いや、実際は違うかもしれない。自分だって火の赤を背負ってはいるが、その印象通りかと言われると。
アリが仲がいいって言っていたし、意外と明るい人なのかも。いやアリは誰とも仲良くなれるだろうからあまり当てにはならないかもしれない。寮のことで忙しいみたいだし、やっぱりきっちりしっかりやる人なのだろうか。ううむ、うちの寮長みたいにめんどくさい人じゃないといいけども。
いや、まだ会ったことのない人のことを想像したって皆の名前は思い出せないぞグレゴール。
頭の後ろで手を組むと頭の重さを感じた。天井のしみをぼんやりと眺めながら今日の放課後に出会った人の顔を思い浮かべる。
おれより小柄の先輩がいた。人形のように大きい目と小さい鼻口で、華やかで豪華な衣服が似合いそうな。緑色の髪をしていたからきっと真っ赤な薔薇とか映えるんだろうな。頭の中でまた絵画が増える。全然性格は人形みたいに静かではなかった。むしろかなり口数が多かった、あのアリと同じぐらい喋っていた。確かあの人もウンディーネ寮だったな、と杖と共に右足につけていた青いリボンを思い出す。
同じ三年生の人はジルフ寮だった。カラスみたいに密かに光る黒い髪で、猫みたいな顔立ちをしていた。彼女は風のジルフ寮生らしく、なんかふわふわしていたし、なんか早く帰りたがっていた。何だっけ、なんかしているって話してた気がする。
あと、誰だっけ、同じザラマンダー寮で、髪がふわふわしてそうな。ううん、思い出せない。顔もちゃんと見てない気がする。というか声も聞いてない気がする。緑の先輩も注意してたな。
あ。グリム、先輩だ。そうだ緑の先輩グリムって名前だ。よかった、一番面倒そうな人の名前は思い出せた。いや、まあ、面倒って決めつけているわけではない。断じて。
グレゴールは満足しながら毛布の中により深く潜り込む。鼻に温かい空気が触れる。春になったとはいえ、やはりまだ夜は鼻先も足先も冷えてしまう。胎児のように丸まりながらグレゴールはゆっくりと目を閉じた。
目を閉じても思考は止まらない。ただ鈍く緩やかな独り言を口にもせずただ続ける。意識があるかぎりずっと。自分の中で。
外の月には、この独り言が聞こえてしまうのだろうか。




