爆誕「美女・そらぽん」
オフ会当日。
空は、鏡の前で何度も深呼吸を繰り返していた。
メイクは完璧。付きっきりで教えてもらった上に、メイクしているところを撮影して動画にまでしてくれた。
それを見ながら何度も練習し、自分でも再現できた。
ウィッグも自然に馴染んでいる。ワンピースも、補正パッドも、全て完璧だ。
鏡に映るのは──「そらぽん」だった。
「……行くしかない」
空は、震える手でドアノブを握った。
駅前の待ち合わせ場所に向かう道中、空は死刑宣告を待つ囚人のような気分だった。
(バレたらどうしよう……)
心臓が、激しく脈打っている。スカートの足が、スースーして落ち着かない。
(女の人は、この感覚にも慣れっこなんだろうか?)
それに──なんだか、周囲の視線が妙に刺さる気がする。
(じろじろ見られてる……?)
すれ違う人が、チラチラとこちらを見ていると思うのは、多分気のせいではない。
(やっぱり女装だとバレてるんだろうか──)
「ねえねえ、お姉さん」
突然、声をかけられた。
空は、びくりと肩を震わせて振り返る。
そこには、軽そうな雰囲気の男性が二人、ニヤニヤと笑いながら立っていた。
「一人? よかったら俺たちと遊ばない?」
「え、あ、その……」
(ナンパ……!?)
空は、頭が真っ白になった。
「ま、待ち合わせがあるので……!」
しどろもどろに断ると、男たちは「えー、残念」と言いながら去っていった。
空は、その場に立ち尽くした。
(……男には、見えてないんだ)
少し、安心した。
蓮のメイク技術は本物だ。完全に女性として通用している。
でも同時に──なんだか、不思議な感覚もあった。
(俺、ナンパされたんだ……)
くすぐったいような、恥ずかしいような。
そこに。
「そらぽんちゃーん!」
今度こそ、聞き覚えのある声が響いた。
ギルドメンバーの「不気味だいふく」──本名は佐藤さんという、三十代の主婦──が手を振っている。
その隣には「ひのきのぼう」もいた。
「あ、は、はい! こんにちは!」
空は、できるだけ自然に声を出した。
か細いと散々言われてきた声は、元々高い。本来より少し高めに出せば、女性の声として通用するはずだ。
「わあ……! そらぽんちゃん、めちゃくちゃ美人!」
不気味だいふくが目を輝かせた。
「マジか……! これは……!」
ひのきのぼうも、明らかに驚いている。
「え、あ、ありがとうございます……」
「いやいや、本当に! モデルさんみたい!」
「背も高いし、スタイルいいし!」
(バレてない……!)
空は、内心でほっと胸を撫で下ろした。
そして同時に──褒められることが、なんだか嬉しかった。
(こんな感覚、初めてかも……)
「じゃ、電車乗ろっか! 他のメンバーは現地集合だから」
「はい!」
三人は、電車に乗り込んだ。
*****
イベント会場に到着すると、既に他のギルドメンバーたちが集まっていた。
「おお、そらぽんちゃん!」
「うわ、マジで美人……!」
「写真撮っていい? オフ会の記念にSNSに上げたい!」
口々に称賛の声が上がる。
空は、恥ずかしさと安堵が入り混じった複雑な気持ちだった。
(みんな、気づいてない……)
そして──
(アストラは……?)
一番会いたくて、そして一番会うのが怖かった相手。
エルフの少年剣士、アストラ。その中身は、きっと爽やかで活発な高校生の少年──
「アストラは来てないの?」
不気味だいふくが尋ねると、ギルドマスターのバーンが答えた。
「ああ、アストラはまだ高校生だからな。今日はちょっと都合が合わなかったらしい」
「そっか、残念」
メンバーたちが残念そうにする中──
空は、複雑な気持ちだった。
(会いたかった……でも)
これで、彼に「そらぽんは冴えない男だった」と知られることはないだろう。
(……これで、よかったのかな)
安堵と落胆が、胸の中で渦巻いていた。
「さ、入ろう! イベント楽しもうぜ!」
「そらぽんちゃん、一緒に写真撮ろ!」
「アトラクション回ろう!」
賑やかな声に押されて、空は笑顔を作った。
イベントは、想像以上に楽しかった。
ゲーム内の街並みを再現したセット、実際に体験できる剣技アトラクション、モンスターの等身大フィギュア──
そして何より、ギルドメンバーたちと直接顔を合わせて話すことが、新鮮で嬉しかった。
「そらぽんちゃん、本当に優しいんだね」
不気味だいふくが、笑顔で言った。
「ゲームの中でも、いつも気配りしてくれるけど、リアルでもそうなんだね」
「そ、そんな……」
「いやいや、本当だよ。みんな言ってるよ」
そんな風に、認めてもらえることが──空には、とても嬉しかった。
*****
その日の夜。
ギルドチャットは、オフ会の話題で持ち切りだった。
「そらぽんちゃん、めちゃくちゃ美人だったな!」
「マジで! モデルかと思ったわ」
「写真撮らせてもらっちゃった」
「いいな〜、俺も行けばよかった」
空は、照れながらもチャットを返した。
「み、みんなありがとう……」
「アストラ、お前いなくて残念だったな!」
「うん……都合つかなくてごめん」
アストラの声が、少し沈んでいるように聞こえた。
「でも、楽しそうでよかった」
「次は絶対行くから!」
(次……)
空は、少し複雑な気持ちになった。
次があれば、アストラに会える。
でも、それは同時に──
嘘が、いちばん近づく瞬間でもある。
会えなくてよかった。
でも……会いたかった。
突然、プライベートチャットの通知が鳴った。
アストラからだ。
<そらぽん、ちょっといい?>
<うん、どうしたの?>
<あのさ……美人って言われてたけど、オフ会で嫌な思いとかしなかった?>
その言葉に、空は胸が温かくなった。
<大丈夫だよ。みんな優しかったし、楽しかった>
<そっか……よかった>
アストラの声が、ほっとしたように響く。
<みんないい奴だってのは知ってたけどさ。美人だって知ったらリアルで豹変する奴もいるから>
<だから、変な奴に絡まれたりしてないか心配で>
<ありがとう、アストラは優しいね>
<そんなことないよ。当然のことだし>
空は、画面を見つめながら微笑んだ。
(アストラは、いつもこうだ)
人のことを気遣って、優しくて──
(好きだな……)
その感情を、もう否定することはできなかった。




