俺を、女の子にしてください!!
翌日、空は大学の中庭を必死に探し回っていた。
(いない……どこにいるんだ……!)
探しているのは、萩原蓮。あの有名なユニセックスモデル。
普段なら絶対に話しかけようとも思わない相手だが──今は、そんなことを言っている場合ではなかった。
(他に頼れる人がいない……!)
女装。それしか方法がない。
でも、空には女装のノウハウなんて全くない。メイクも、服も、何もわからない。
だから──この道のプロに頼るしかない。
性別を超えた美しさを持ち、自らメイクも行い、男性の服も女性の服も自在に着こなす、萩原蓮に。
「……いた!」
中庭の端、木陰のベンチに座って本を読んでいる蓮の姿を見つけた。
空は、勇気を振り絞って駆け寄った。
「あ、萩原さん!」
蓮が顔を上げる。長い睫毛、整った顔立ち。今日は少し女性寄りのファッションをしている。
「……えっと、君は?」
「朝野空です! 同じ大学の……」
「ああ、うん。それは知ってるけど……何か用?」
蓮は不思議そうに首を傾げた。当然だ。
今まで一度も話したことのない人間が、突然話しかけてきたのだから。
空は、深呼吸をした。
「お願いがあります!」
「お願い?」
「俺を──」
「俺を?」
空は、頭を深く下げた。
「俺を、女の子にしてください!!」
周囲の視線が一斉に集まった。
蓮は、目を丸くして──それから、噴き出した。
「ぶっ……あはは! 何それ、告白みたいなセリフ!」
「笑い事じゃないんです! 本気なんです!」
空の真剣な表情を見て、蓮の笑いが止まった。
「……マジ?」
「マジです。大マジです」
蓮は、しばらく空を見つめてから──ふっと笑った。
「面白そうじゃん。詳しく聞かせて?」
*****
蓮のアパート──というより、もはやモデルルームのような部屋に、空は緊張しながら座っていた。
事情を説明すると、蓮は「なるほどね」と頷いた。
「オンラインゲームで女性キャラ使ってて、オフ会で会うことになったから女装したい、と」
「は、はい……」
「いいよ、やってあげる」
あっさりと了承されて、空は思わず顔を上げた。
「ほ、本当ですか!?」
「うん。朝野くんの身体、女装するキャンバスとしては最適だしね」
蓮は、空の顔を観察するように見つめた。
「華奢で小柄。顔も特徴がなくて整ってる。男らしくないって言われたことあるでしょ?」
空は、ぎくりとした。
「で、でも……それって……」
「男としては不利かもしれないけど、女装には最高の素材だよ。君、絶対可愛くなる」
蓮は自信満々にそう言って、立ち上がった。
「じゃ、始めよっか。まずはウィッグから」
クローゼットから、いくつものウィッグが入った箱を取り出す蓮。
その手際の良さに、空は圧倒された。
「オフ会に女の子がいたら、ウィッグってバレちゃうかもしれないよね」
「あ……」
確かに。大体の女性は、地毛のはずだ。
「だから、あえてこういうのにしよう」
蓮が取り出したのは、インナーカラーの入ったウィッグだった。
表面は自然な茶髪だが、内側に鮮やかなピンクが僅かに入っている。
「これなら、バレても『ファッションでつけてます』って言えるから」
「な、なるほど……!」
「じゃ、被ってみて」
蓮が、慣れた手つきでウィッグを空の頭に載せる。
鏡を見ると──既に、少し印象が変わっていた。
「次はメイク。座って」
椅子に座らされ、蓮が空の顔に触れる。
至近距離で見る蓮の顔は、男性とも女性ともつかない、不思議な美しさを持っていた。長い睫毛、滑らかな肌、整った唇──
「緊張してる? 顔赤いよ」
「す、すみません……!」
男性とはわかっているけど、それでも蓮は綺麗な女の人のようにも見える。
おまけに、なんだかいい匂いまでする──
「別にいいけど。じゃ、目を閉じて」
蓮の指が、空の瞼に触れる。アイシャドウを塗っているらしい。
「君の顔、特徴がないから、目元を大きく印象付ければガラッと変わるんだ」
「は、はあ……」
「アイライン引くね。動かないで」
慣れた手つきで、次々とメイクが施されていく。
ファンデーション、チーク、リップ──
空には何が何だかわからないが、蓮は的確に作業を進めていた。
「はい、できた。見てみて」
鏡を渡される。
空は、自分の顔を見て──息を呑んだ。
「……えっ?」
そこに映っているのは、見知らぬ女性だった。
大きく印象的な目元、血色の良い頬、艶やかな唇。ウィッグの茶髪が、顔を柔らかく縁取っている。
「すごい……」
「でしょ? まだ途中だけどね。次は身体のライン」
蓮は、クローゼットから補正パッドを取り出した。
「胸と尻に入れるから」
手際よく補正パッドを装着され、最後にゆったりとしたワンピースを着せられる。
「体型が目立たない服にすれば、完璧」
再び鏡の前に立たされて──
空は、言葉を失った。
そこに立っているのは、どこから見ても美女だった。
男としては低かった背は、女性としては高身長。
男として印象の薄かった顔は、女性としてははっきりとした美人顔に見える。
まるで、男としての短所が逆転したようだった。
「完璧。これなら絶対バレない」
蓮が、満足そうに頷いた。
「あ、ありがとうございます……!」
空は、深々と頭を下げた。
「でも、どうして……ここまでしてくれるんですか?」
蓮は、少し寂しそうに笑った。
「僕さ、昔から男女両方の服を着るじゃん? 男からは気味悪がられて、女からは面白がられるんだよね」
「……」
「男友達、いなかったんだ」
蓮の声が、少し影を帯びた。
「でもさ、ファッションって性別にとらわれる必要ないと思うんだ。好きな服を着て、好きな自分でいればいい」
「みんなにもそう伝えたくて──だから、こうやって活動してる」
空は、蓮の横顔を見つめた。
華やかに見えるモデルの裏側に、こんな孤独と葛藤があったなんて。
(俺と、同じだ……)
「あの……!」
空は、思わず声を上げていた。
「もしよかったら──俺が今やってるゲーム、一緒に遊びませんか!」
蓮が、驚いたように目を見開いた。
空は、しまったと思った。
(人気モデルに、俺なんかが恐れ多かったかも……)
だけど──
「……いいよ」
蓮は、柔らかく笑った。
「一緒に遊ぼう。連絡先教えて」
空は、目を丸くした。
「ほ、本当ですか!?」
「うん。友達、欲しかったし」
蓮の笑顔は、どこか寂しげで──でも、本当に嬉しそうでもあった。
この笑顔は、決して社交辞令なんかじゃない。
(俺、初めて……大学で友達ができた)
胸が、自然と熱くなる。
現実世界で。ゲームの外で。
それは、空がずっと求めていたものだった。
「ありがとうございます、萩原さん!」
「蓮でいいよ。これから友達なんだし」
「じゃあ、蓮さん……!」
「さん付けもいらないけど、まあいっか」
蓮は、くすくすと笑った。
こうして、空と蓮の友情が──そして、新たな物語が動き始めた。




