初ログイン──丘の上で出会った、運命の相棒
目を開けると、そこは小高い丘の上だった。
青い空、さわやかな風、遠くに見える森と街。見るものすべてが本物のように感じられる。
初めて体験するVRMMOの世界に、空は思わず息を呑んだ。
「始まりの丘へようこそ! まずはチュートリアルを進めましょう」
ガイドNPCに従って、基本操作を学ぶ。まずは移動。歩くのに合わせて画面が揺れる。
(この世界を、本当に歩いているみたいだ)
攻撃、スキルの使用──ヒーラーとしての初歩的な回復魔法も習得した。
チュートリアルを終えると、そらぽんは自由に初心者エリアを歩き始めた。
他のプレイヤーたちが、モンスターと戦ったり、採取スキルで素材を集めたりしている。チャットで会話する声も聞こえてくる。
(みんな、楽しそうだな……)
そらぽんは、少し離れた場所から、その光景をぼんやりと眺めていた。
話しかけてみたい気持ちはある。でも、どう声をかけていいかわからない。プリセットボイス機能で声は女性になっているけれど──。
「誰か! 誰か助けて!」
突然、悲鳴が聞こえた。
森の方向から、一人のプレイヤーが必死の形相で走ってくる。その後ろには、大量のゴブリンとウルフの群れ──少なくとも十体以上はいる。
(あれは……自分と同じ、初心者プレイヤーだ)
装備も初期のもので、動きもぎこちない。おそらく、探索中に誤ってモンスターを複数反応させてしまったのだろう。
周囲のプレイヤーたちが、その光景に気づいている。
「うわ、やばくね?」
「あんな数、無理だろ……」
「巻き込まれたくないし、離れとこ」
誰も手を出さない。当然だ。あの数を相手にすれば、助けに入った側も危険に晒される。
逃げ惑うプレイヤーが、石につまずいて転んだ。
ゴブリンたちが、棍棒を振り上げる──
「ちょっと待った!」
凛とした声が響いた。
風を切って、一人のエルフの剣士が飛び込んできた。細身の剣を構え、ゴブリンたちの前に立ちはだかる。
「逃げろ! 今のうちに!」
エルフの少年が叫び、転んだプレイヤーを庇うように剣を振るった。ゴブリン一体を斬り倒す。
だが、残りはまだ十体以上。ウルフも牙を剥いて襲いかかってくる。
少年のレベルは、確かにこのエリアの適正より高そうだ。装備も初期装備ではない。だが──。
(多勢に無勢だ……!)
少年のHPゲージが、どんどん削られていく。そらぽんは、その光景を見て思わず駆け出していた。
「ヒール!」
淡い光がエルフの少年を包む。傷ついたHPゲージが回復した。
「え? 君──」
エルフの少年が振り返る。その隙に、ゴブリンの棍棒が背中に直撃した。
「危ない!」
そらぽんは咄嗟に前に出て、もう一度ヒールを唱えた。
「ありがとう! でも、君まで危ないよ!」
「大丈夫です! 回復は任せてください!」
自分でも驚くほど、はっきりとした声が出た。プリセットボイスの女性声優の声が、凛々しく響く。
エルフの少年が、驚いたような、それでいて嬉しそうな表情を浮かべた。
「……わかった! 頼むよ、ヒーラーさん!」
二人は、背中合わせになった。
少年の剣がゴブリンを斬り、ウルフを蹴り飛ばす。そらぽんはヒールで少年のHPを維持し続ける。
ゴブリンが一体、そらぽんに襲いかかってきた──その瞬間、少年が素早く割り込んで防いだ。
「君は俺が守る! 安心して回復に専念して!」
その言葉に、そらぽんの胸が高鳴った。
(……守られてる)
誰かに守られるという感覚。誰かの役に立っているという実感。
それは、現実では一度も味わったことのないものだった。
少年とそらぽんの連携が、徐々に噛み合い始める。
ゴブリンが一体、また一体と倒れていく。ウルフも数を減らし、やがて最後の一体が消滅した。
「やった……! 勝った!」
少年が剣を下ろし、安堵の息を吐いた。
「あ、ありがとうございました……! 助かりました!」
転んでいたプレイヤーは、深々と頭を下げて街道の向こうへと去っていった。
「ふう……危なかったね」
少年が振り返り、そらぽんに笑いかけた。エメラルドグリーンの瞳が、優しく細められる。
「……あの、どうして」
そらぽんは、思わず尋ねていた。
「どうして、助けに入ったんですか? 下手したら、あなたまで巻き添えになるところだったのに……」
少年は、少し驚いたような顔をして──それから、屈託なく笑った。
「困ってる人がいたら助けるのは当然だろ? それに──」
彼は、そらぽんの目をまっすぐ見つめた。
「君だって、俺を助けに来てくれたじゃん」
その言葉に、そらぽんは息を呑んだ。
(そうだ……俺も、駆け出してた)
理由なんてわからない。ただ、目の前で誰かが傷つくのを見ていられなかった。
少年と、同じ気持ちだったのかもしれない。
「フレンドになろうよ。俺、アストラっていうんだ」
アストラがフレンド申請を送ってきた。承認すると、フレンドリストに「アストラ」の名前が追加される。
「わ、私は……そらぽんっていいます」
「これから、一緒に冒険しようぜ! そらぽんのヒール、すごく上手だったから、俺、心強かったよ」
アストラの笑顔が、画面越しに──いや、VRの世界で、目の前で輝いていた。
空の胸に、じんわりと温かいものが広がっていく。
(……ああ、これが)
誰かと繋がるということ。
誰かに必要とされるということ。
──もしかしたら、俺が探していたものは、これだったのかもしれない。
「はい……! よろしくお願いします、アストラさん」
そらぽんは、初めて心からの笑顔を浮かべた。
夕日に染まる草原で、金髪のエルフの少年と栗色の髪のヒーラーが並んで立っている。
これが、二人の出会いだった。
そして、この出会いが、やがて、複雑に絡み合う運命の始まりになるとは──
この時はまだ、誰も知らなかった。




