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ネカマバレしたくない俺、相棒にベタ惚れされて女装で会いに行ったら美少女でした【大幅改稿版】  作者: 谷三
エピキュクルス・オンライン:リターンズ ~伝説の女帝はアイドルに、ネカマな俺は彼氏になりました~
28/30

放送事故

 

 いつもの公式番組の開始予定時刻を、10分過ぎた。


 配信画面は、まだ「準備中」のまま動かない。


『トラブル?』

『公式でこれはひどい』


 コメント欄の流れが、徐々に荒くなっていく。


 15分。


『遅すぎ』

『何分待たせるんだ』

『待機勢かわいそう』


 空は、自室で画面を見つめながら、嫌な予感を募らせていた。


(……まずいな)


 スタジオでは、スタッフが慌ただしく動いていた。


「メイン機、起動しません」

「サブも反応が鈍いです」

「回線は生きてるのに……」


 蓮は腕を組み、モニターと時計を交互に見る。


「コメント、荒れてきてます」


「分かってる」


 美月は、その様子を少し離れた場所から見ていた。


 ヘッドセット越しに聞こえる、スタッフの声。

 モニターに映る、荒れ始めたコメント欄。


『まだ始まんねえの?』

『もう切るわ』


 その言葉が、胸に刺さる。


(……待たせてるのは、私たちだ)


 美月は、小さく息を吸った。

「……あの」


 スタッフと蓮の視線が、一斉に集まる。


「私のデバイス、使いますか?」

「え?」

「私物ですけど、さっきまで普通に動いてました」


 一瞬の沈黙。


「でも、それは――」

「時間、これ以上押すほうがよくないと思います」

 美月の声は、静かだったが、はっきりしていた。

 コメント欄は、すでに限界に近い。


「……お願いします」


 判断は、早かった。

 スタッフが美月のデバイスを受け取り、急いで接続する。


 空は画面の前で、胸騒ぎを覚えながら待っていた。


(美月の私物……? 大丈夫だよな……? これ……)


 そして、画面が切り替わる。


『お待たせしました!

 機材トラブルのため、急きょ環境を変更してお送りします!』


 拍手SE。

 コメントが一気に流れ出す。


『きた!』

『やっと』

『間に合ったな』


 次の瞬間。


 映し出されたキャラクターを見て、空の呼吸が止まった。


「……あ」


 レベル表示が、異常に高い。

 装備が、明らかに初心者用ではない。

 いや、初心者用どころか──。全身、伝説級の装備で固められている。


『え?』

『あれ?』

『装備おかしくね?』


 蓮の顔が、ほんの一瞬で強張る。


(これ……、番組で使ってるアカウントと違う……)


 スタッフが慌てて操作を確認する。


「ログイン、完了してます」


「……アカウント名は?」


 誰も答えない。


 スタッフが、アカウント切り替えをミスした。

 空、美月、蓮の三人には、それがいち早くわかった。


 キャラ名が、画面の隅に、はっきりと表示されている。


 ――Luna。


『ルナ?』

『え、あのルナ?』

『伝説のギルマス??』


 コメント欄が、爆発する。


「……止めて!」


 誰かが叫ぶ。


「カット! 配信止めて!」


 画面が暗転する。


『え?』

『ちょっと待って』

『今の何だったの』


 唐突な終了。

 しかし、もう遅かった。


 数分後、SNSは騒然となる。


『放送事故』

『運営の不正か?』

『美月=ルナ説』


 擁護も、疑念も、怒りも、一斉に噴き出した。


 控室で、美月は立ち尽くしていた。

「……私が、余計なことをしたから」


 蓮は、静かに首を振る。

「違う」


 でも、続く言葉はなかった。


 事故だった。

 善意から始まった、取り返しのつかない事故。


 配信を救おうとして、

 隠してきたものまで、映してしまった。


 こうして――

 “ルナ”は、再び世界に引きずり出された。

 今度は、逃げ場のない形で。


 炎上は、理屈より先に燃え広がった。


『不正だろ』

『公式アンバサダーに忖度』

『レア装備配布とか冷める』


 配信事故から数時間。

 まとめサイト、SNS、掲示板。

 どこを見ても、同じ言葉が踊っている。


 美月は、スマホを握ったまま黙り込んでいた。


「……」


 言葉が出ない。

 否定すれば、証拠を求められる。

 黙れば、罪を認めたことにされる。


『あのレベルと装備、運営配布以外ありえない』

『初心者役は最初から台本』


 紛糾して、収集のつかない界隈。

 その流れが、変わったのは――

 一つの書き込みからだった。


『不正じゃない』


 短い一文。

 だが、投稿者のIDを見た瞬間、皆の空気が変わった。


『え?』

『この人って……』

『ランキング常連じゃん』


 そのアカウントは、《エピキュクルス・オンライン》で

 “廃プレイヤー”として知られていた。


 最高難度レイド常連。

 理論値構成の解説者。

 運営すら名前を把握しているレベルの人物。


『あの装備構成は、運営配布じゃない』

『ドロップ条件も強化ルートも、全部プレイヤー産』

『真似しようと思っても、数年単位かかる』


 続けて、別の名前が現れる。

 かつてルナのギルドに所属し、今でもトップ勢として名を知られているプレイヤー。


『俺もオフ会で会ってる』

『あれはルナ本人』

『顔も声も、昔のままだ』


『ちょっと待って』

『この人も廃人枠だよな?』

『ルナのギルドの元ギルメンだろ? 信憑性ありすぎる』


 さらに、もう一人。


『不正扱いは失礼』

『ルナはそういうことをしない』

『昔から、黙って背中で語るタイプだった』


 こちらも、天狼星に所属するトッププレイヤーだった。

 いずれも、軽い気持ちで名前を出す人間じゃない。

 炎上を面白がる層とは、住んでいる世界が違う。


 だからこそ、言葉が刺さった。


『廃プレイヤー勢が言うなら……』

『じゃあ不正説は違うのか』

『本人説、濃厚じゃね?』


 流れが、ゆっくりと反転していく。


 不正かどうか、ではなく――

「じゃあ、なぜ隠していたのか」へ。


『本人が言うまで黙ってたの、逆に大人だな』

『ルナ、帰ってきたのか……』


 彼らのメッセージを見て、美月の指先が、震えた。


「守ってくれてる……」


 自分の知らないところで。

 何年も前に離れたはずの人たちが。


 そのとき、スマホにメッセージが届いた。


『美月』


 空だった。


『見た?』


『……うん』


『廃プレイヤー勢、出てきてる』


 美月は、小さく笑った。


『……ずるいよね。

 あんな人たちが言ったら、説得力ありすぎる』


『そうだな。でも』


 空は続ける。


『せっかくの助けも、美月が何も言わないままだと、

 “逃げた”ってことにされる』


『……』


『それ、嫌だろ』


 沈黙。


 美月は、ゆっくりと返事をした。


『……怖いよ』


『うん』


『また、全部壊れるかもしれない』


『それでも』


 空は、はっきり言った。


『何も悪いことしてない』


 そして、少し照れたように続ける。


『……俺も、美月にずっと隠しごとしてきたから分かるけどさ』


『空くん……』


『本当のこと言ったほうが、楽だよ』


 長い沈黙のあと、美月は深く息を吸った。


『……私、話す』


『うん』


『ルナとしても、美月としても。自分の言葉で話す』


 スマホを手に取り、公式アカウントを見る。

 次回配信の告知欄。

 そこに、静かに一文、書き込んだ。


『次回の放送で、私からお話しします』


 炎上の中心で、

 美月は逃げなかった。


 それは、誰かに守られるためじゃない。


 ――自分が、自分でいるための告白だった。


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