新人アイドル、アンバサダーに就任です!
新人アイドルとして、美月の活動が起動に乗ってきた頃──。
「え!?」
空は、絶句した。
「そうなの。私、エピキュクルスのアンバサダーに指名されちゃって」
美月はいたずらっぽい顔で笑った。
「それって、向こうは美月が『ルナ』だって知ってるの?」
「うーん、多分知らないと思う。知っているのは運営さんのほんの一部だけで、多分広報の人は知らないんじゃないかな」
なんという偶然。
「で……。当然、ルナってことは内緒なんだよね?」
「うん。初めてプレイする人が感情移入できる初心者として、公式番組でゲームプレイしてくださいって」
「初心者……」
空は頭を抱えた。
目の前にいる可愛らしい女の子は、初心者どころか、唯一全土統一を成し遂げたガチ勢を率いていた伝説のマスターなのだから。
「あ、それとインフルエンサーとして蓮さんも一緒に出演するんだって。あの騒動の時、すごいバスってたもんね。蓮さん」
しっかりものの蓮がフォローするなら、なんとかなるだろうか。
一抹の不安を抱えながら、空は「頑張ってね……」と言うしかなかった。
事件は、公式ネット番組の開始三分で起きた。
『本日は! エピキュクルス・オンライン公式アンバサダーとして、
新人アイドルの美月さんと、有名プレイヤーの蓮さんにお越しいただいています!』
拍手SE。
コメント欄はすでに高速スクロール。
『美月ちゃんだ!』
『かわいいいいい』
『蓮きたあああ』
『初心者プレイ配信だって?』
空は、自室のパソコンの前で正座していた。
(初心者……初心者ね……)
画面の中で、美月は可憐に微笑んでいる。
完全に“何も知らない新人さん”の顔だ。
「今日は初めての冒険なので……右も左も分からなくて……。蓮さんに、教えてもらおうと思います」
『可愛い』
『守りたい』
『初々しい』
――ここまでは、完璧だった。
問題は、キャラ操作が始まってからである。
「じゃあまず、街の外に出てみましょうか」
蓮がそう言った瞬間。
「はい! じゃあ、初期クエ受注して、
移動速度上がるバフだけ先に取りますね!」
『……』
『……』
コメント欄が、一瞬だけ止まった。
空は画面の前で叫んだ。
(初心者が! 初手で! バフ取るな!!)
蓮の笑顔が、ほんの0.3秒ほど固まった。
「……えっと、美月さん? それ、どこで知ったんですか?」
「あっ……!」
美月は、はっと口を押さえる。
「えっと……勘です!」
『勘で取れる知識じゃない』
『初心者とは』
『???』
蓮は内心で頭を抱えていた。
(まずいまずいまずい)
その頃、空は一視聴者として必死にコメントを打っていた。
『最近の初心者さん、攻略動画見てる人多いですよね!』
『配信前にちょっと予習したんじゃ?』
『今どきの子は情報収集力すごい』
――流れろ!
頼むから流れてくれ!!
……美月はその後もやらかし続けた。
初見では見切れないような、敵の鋭い攻撃。
しかし──。
長年プレイしてきた反射的な反応なのか、あるいは棒立ちで食らうのは上級者プレイヤーとしてのプライドが許さなかったのか……。
美月は、あっさりとかわす。
『すげえ!』
『スーパープレイやん』
『本当に初心者?』
蓮の額に、見えない汗が浮かぶ。
「す、すごい反射神経ですね!」
必死なフォロー。
しかし美月は、さらに自然に続ける。
「この敵、詠唱長いから後ろ取れますね!」
『初心者???』
『完全に分かってる動き』
『プロの匂いがする』
空はもう、キーボードを叩きながら半泣きだった。
『初心者なのにセンスありすぎるだけです!』
『才能型だ!』
『初見でも分かる人は分かる!』
(俺は何をしているんだ……)
番組後半。
蓮からのお叱りがあったのか、美月は「初心者らしい」プレイに徹していた。
だが──。
ミスを装おうとして、逆に最適解を引いてしまうという奇跡を連発していた。
何もいないところに撃った、暴発したはずの魔法が隠れていた敵にクリティカルヒット。
ダンジョンで道に迷ったはずが、致命的な罠をピンポイントで回避。
「え? 今の、そんなにすごいですか?」
『天然でやってるのが一番怖い』
『これは伝説級』
蓮は、もはや笑顔で悟りを開いていた。
「……美月さん、すごいですね。本当に」
「えへへ……?」
配信終了。
コメント欄は、微妙なざわつきを残したまま幕を閉じた。
『何かがおかしい』
『お前のような初心者がいるか』
『でもかわいいからヨシ!』
パソコンの前で、空はぐったりと椅子に沈んだ。
「危なかった……」
……というかこれは、はたしてセーフなのか?
スマホが震える。
【美月】
『ごめん……もう体に染み付いちゃってるんだよね、このゲームが』
【空】
『頼むから初心者の演技して……』
【美月】
『だって楽しかったんだもん』
画面越しに、美月の笑顔が浮かぶ。
(美月って、こういう子なんだよな……)
一見清楚で大人しそうな美月だが、内面は結構活発でいたずら好きなことを、相棒としての長い付き合いで空は知っていた。
でも、そのギャップが、可愛い。
視聴者たちにも、違和感は、確かに広がっていた。
でもそれは、不信でも不快でもなく――
「なんかおかしいけど、面白い」
そんな、温度だった。
空はため息をついて、画面を閉じる。
(この人、どこに行っても目立つな……)
伝説の予感は、
すでにコメント欄の向こうで、芽を出していた。
*****
最初に気づいたのは、声だった。
「……あ」
配信アーカイブを何気なく再生していた元ギルドメンバーの一人が、思わず呟いた。
美月が、画面の中で笑っている。
初心者役を演じながら、少し照れたように首を傾げる仕草。
「……これ」
聞いているだけで落ち着く綺麗な声。
言葉の紡ぎ方のテンポ。
照れたときに首を傾げる癖。
そして、何より──結果的にギルドを崩壊させてしまった、「傾国の美少女」の魅力的な笑顔。
「うちの、ギルマスじゃん……」
*****
別の場所でも、同じような反応が起きていた。
「美月ちゃん、うまいなぁ……」
「……うまい、っていうか」
画面を止めて、スロー再生。
キャラの立ち位置。
敵の誘導。
ヒーラーなのに、全体を見渡す視線。
敵がスキルを発動しようとしたときの、的確な妨害。
「これ……ルナだよな」
しかし、誰も騒がなかった。
SNSに書く者はいない。
掲示板に投下する者もいない。
彼らは、ただ黙って画面を見つめていた。
かつて、ルナが崩壊したギルドの中心にいたことを、彼らは知っている。
そして、彼女がどれだけ傷ついたかも。
「……幸せそうで、よかった」
元ギルドメンバーたちは、気付いたことを、こっそりと、そして大切に胸の中にしまい込んだ。




