消えない影
部屋の電気を消したあとも、スマホの画面だけが明るかった。
ベッドに横になったまま、私は検索窓に文字を打っては消す。
意味がないと分かっているのに、指が止まらない。
「ルナ エピキュクルス」
「伝説 ギルドマスター」
「ルナ 今どこ」
出てくるのは、昔のまとめや噂話ばかりだ。
真偽不明の情報、誇張された武勇伝、勝手に作られた人物像。
(……懐かしい、なんて思っちゃだめ)
私はスマホを伏せて、天井を見つめた。
“ルナ”だった頃の私は、確かに楽しかった。
ゲームが好きで、仲間と笑って、攻略を考えて。
ただ、それだけだったはずなのに。
いつの間にか、周りが変わっていた。
強い。
可愛い。
カリスマがある。
そんな言葉を投げられるたびに、逃げ場がなくなっていった。
ギルドが壊れた理由を、私は正確には覚えていない。
誰かが誰かを妬んで、
誰かが期待しすぎて、
誰かが勝手に夢を見た。
ただ一つ覚えているのは――
“私がいるだけで、空気が歪んでいった”という感覚だ。
(また、ああなるのかな)
胸の奥が、ひやりと冷える。
最近の「ルナ様ですか?」という挨拶。
冗談だって、みんな言う。
私だって、頭では分かっている。
でも――
あれは“掘り返す合図”みたいに聞こえた。
スマホが震えた。
空くんからのメッセージだった。
『今日は楽しかったな。ちゃんと休めよ』
短い文章。
それだけで、少しだけ呼吸が楽になる。
(……心配かけたくない)
私はスマホを握りしめたまま、しばらく悩んでから返信する。
『うん、大丈夫。おやすみ』
本当は、大丈夫じゃない。
でも、今は言えなかった。
空くんは、優しい。
だからこそ、重たい話を投げるのが怖い。
そらぽんとしての彼も、空としての彼も、
いつも私の味方でいてくれる。
それなのに私は――
また一人で、抱え込もうとしている。
(変わらなきゃ、って思ってたのに)
まだ話してない、アイドルのことも、
ゲームのことも、
二人の、未来のことも。
全部、ちゃんと向き合わなきゃいけないのに。
私はスマホを胸に抱いて、目を閉じた。
過去は、もう終わったはずだ。
ルナは、私じゃない――そう思いたい。
でも。
闇の中で目を閉じると、
聞こえてくる気がする。
「ルナ様ですか?」
誰かが、どこかで、私を呼んでいる声。
それは懐かしくて、
そして、とても――怖かった。




