可愛い男の子
待ち合わせ場所に着いてから、美月が来るまでの五分がやけに長く感じた。
人通りのある駅前。
ガラスに映る自分の姿を、何度も確認してしまう。
(……浮いてないよな?)
昨日までの俺なら、考えもしなかった服装だ。
派手ではないけれど、地味すぎもしない。
ちゃんと「選んだ」つもりの格好。
それでも不安は尽きなかった。
「空くん!」
名前を呼ばれて顔を上げると、美月がこちらに駆け寄ってきた。
風に揺れる髪、明るい笑顔。
今日も眩しい。
「お待たせ。……え、ちょっと待って」
俺の前で立ち止まった美月は、じっと俺の顔を見つめて――
「えっ、なに。空くん、可愛い!」
「え?」
反射的に変な声が出た。
「服も髪も、すごくいい。
なんかさ、童顔の男の子って感じで凄く可愛い」
可愛い。
男の子。
頭の中で、その言葉がぐるぐる回る。
「そらぽんのときはさ」
美月は屈託なく続ける。
「綺麗なお姉さんって感じだったでしょ。
でも空くんは、可愛い男の子だね」
褒められている。
確実に、好意的な意味だ。けれど──。
(これ……、男として、見られてるのかな)
そんな俺の戸惑いを知ってか知らずか、美月は少し照れたように笑った。
「なんか、一緒に学校通いたかったなって思った」
「学校?」
「うん。空くん、同い年くらいに見えるし。
一緒に授業受けて、帰りに寄り道して、お喋りしながら歩いてさ……」
その言葉に、胸の奥がすっと軽くなる。
可愛い、というのは。
子供扱いでも、否定でもなく。
“同じ目線”で見てくれている、という意味なのだと。
「……ありがとう」
それだけ言うと、美月は満足そうに頷いた。
デートは、ごく普通だった。
ウィンドウショッピングをして、軽く食事をして。
それだけなのに、心臓はずっと落ち着かなかった。
人目を惹く美月の横に、自分は場違いじゃないだろうか、と。
「ね、カラオケ行かない?」
美月がそう提案する。
人の目がない個室カラオケは、俺にとっても落ち着けて願ったりかなったりだった。
「じゃあ、私から歌うね!」
マイクを持った美月は、いつも以上に楽しそうだった。
最初の一曲目。
歌声が流れた瞬間、空気が変わる。
(……うま)
思わず息を呑んだ。
音程は正確で、声量もある。声も綺麗だ。
何より、感情の乗せ方が自然だった。
歌が終わると、美月は照れたように笑う。
「どう?」
「……反則だろ、それ」
「え?」
「美月、何やっても輝いてる。眩しいくらいに」
ぽかんとした顔をしたあと、美月は少し困ったように笑った。
「そんなことないよ」
でも俺は知っている。
ゲームでも、現実でも。
美月は、中心に立つ人間だ。
無自覚なまま、人を惹きつける。
(……俺、釣り合ってるのかな)
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
隣に並ぶのが、怖くなるほど。
それでも。
美月は楽しそうに、俺の隣にいる。
可愛い男の子だと笑ってくれる。
それが嘘偽りのない本心だってのは、ちゃんと伝わってくる。
カラオケを出た帰り道、夕焼けの中で、俺は一度だけ、空を見上げてから、前を向く。
まだ自信はない。
でも――
美月の隣を歩くことだけは、誰にも譲りたくなかった。




