似合っていない、自分
──美月と、男の姿でデートをすることになった。
その事実を改めて噛みしめたのは、約束を取り付けたその日の夜、クローゼットの前に立ったときだった。
「……何着ていけばいいんだ、これ」
ハンガーに掛かっているのは、黒、グレー、紺。
無地。装飾なし。自己主張ゼロ。
とにかく無難なものをと適当に揃えただけの、いつもの俺の服だ。
画面の向こうでなら、どんな格好でもできた。
ゲームの中では、ふわふわのローブを翻し、可愛らしい声で笑っていた。
でも現実の俺は、鏡に映る冴えない大学生そのままだ。
結局ひとりで考えても答えは出ず──翌日、俺は蓮を呼び出した。
駅前のカフェで俺の服装を一瞥した蓮は、コーヒーに口を付ける前に言った。
「……正直に言うけどさ」
嫌な予感しかしない前置きだった。
「その服、似合ってない」
「えっ」
「もっと言うと、自己表現できてない。
“無難”を選んでるだけで、空自身が見えない」
まったくその通りだ。自分でもわかっていた。
けれど、改めて人に言われると胸にずしんと来る。
「だ、だってさ……俺、陰キャだし。
こういうの、冒険できないんだよ」
我ながら情けない言い訳だと思った。
でも、それが俺の本音だった。
すると蓮は、少しだけ目を細めてにやりと笑った。
「臆病な人間が、女装で外なんて歩けるかい」
「……」
ごもっともすぎて、何も言い返せなかった。
あの日のことが、はっきりとよみがえったからだ。
ウィッグを被り、メイクをして、スカートを履いて。
街に出たときの、心臓が壊れそうなほどの緊張と――
それ以上の、高揚感。
誰でもない“別の自分”になれた、あの感覚。
(……楽しかった)
俺は、その事実からずっと目を逸らしていた。
女装は必要に迫られた行為で、特別な状況だからできたこと。
そう思い込もうとしていた。
でも違った。
普段の自分とは全然違う美人になるのが、楽しかった。
変わること自体が、怖いだけじゃなく、たしかに──嬉しくもあったんだ。
「……分かった。任せる」
そう言うと、蓮は少しだけ驚いた顔をして、それから楽しそうに笑った。
「よし。じゃあトータルでいこうか」
美容院、服屋、靴屋。
連れ回されるたびに、俺は落ち着かなかった。
鏡の前に立つたび、知らない自分が映る。
前髪の長さも、服のシルエットも、全部が落ち着かない。でも。
(……嫌じゃない)
蓮は優しく選択肢をいくつか提示してくれた。
その中から、自分なりに選んだファッション。
似合っているかどうかは分からない。
けれど、「間違っている」とは思わなかった。
「はい、完成」
最後に鏡を見せられる。そこには、予想外のものが映っていた。
そこにいたのは、
地味でも派手でもない、
でも確かに“誰かの隣に立てそうな”男だった。
端的に言うと、隣に彼女がいてもおかしくなさそう──そんな姿だった。
「……どう?」
恐る恐る聞くと、蓮は肩をすくめる。
「悪くない。
少なくとも、“選んでない自分”じゃなくなった」
その言葉にほっとする。
男の姿で、美月と会う。
反応が怖い。不安はまったく消えていない。
でも――
逃げているだけの自分よりは、少しだけ前に進めた気がした。
俺はもう一度、鏡の中の自分を見つめた。
これは、“本当の俺”じゃないかもしれない。
けれど、“なりたいと思った俺”ではある。
そう思えたことが、何より大きな変化だった。
二人のその後を書きたくなったので追加しました。
9章ほどで完結する予定です。(完成済み)




