三ヶ月前──「そらぽん」が生まれた日
三ヶ月前──
春の昼下がり、学生たちの笑い声で溢れている大学の食堂。
その隅で、朝野空は一人昼食を取っていた。
「え、あれ萩原蓮じゃない?」
「マジで? 蓮くん今日来てたんだ」
ざわめきが広がる。
空が顔を上げると、向こう側に人垣ができていた。
萩原蓮。ユニセックスモデルとして雑誌やCMで引っ張りだこの、この大学の有名人。
ブリーチしているが、上品な印象のショートボブ。男女どちらとも取れる髪型で、うっすらメイクもしている。
空より少し背が高い。おそらく172、3cmくらい。でも、綺麗な女の人にも見えるし、ハンサムな男性にも見える。
彼は人だかりの中心で、気さくに写真に応じていた。
(不思議な魅力の人だよな……。まさに別世界の人だ)
蓮の周りには常に人がいる。空の周りには、誰もいない。
同じ大学に通っていても、多分、一生交わることのない二つの世界。空は黙って食事を続けた。
その日の夜、一人暮らしのアパートに戻った空は、コンビニ弁当で簡単な夕食を済ませた。
テレビをつける。お笑い番組が流れているが、笑い声だけが虚しく部屋に響く。
(……寂しいな)
胸に湧き上がったその感情は、単純で、だからこそ切実なものだった。
大学では友人と呼べる相手もいない。高校時代の友人たちとも疎遠になった。小柄で華奢、声も覇気がなく内気な性格。
(俺が悪いんだけどさ……)
空は特に面白くもないテレビをそのまま流し続けた。番組がCMに切り替わる。すると──。
躍動するようなBGMと共に、色鮮やかなCMが流れた。
『VRMMO「エピキュクルス・オンライン」ついにスマートフォンにも対応!』
『仮想世界で、もう一人の自分に出会おう』
……VRMMO。
バーチャルリアリティを使った、完全没入型のオンラインゲーム。最近、ネットでも話題になっていた。
(もう一人の自分、か……)
空は、その広告をじっと見つめた。
現実では誰とも繋がれない。でも、ゲームの中なら──違う自分になれるなら──もしかしたら。
気づけば、空はゲームの公式サイトにアクセスしていた。
*****
数日後、注文したVRグラスが届いた。
「エピキュクルス・オンライン」のクライアントをダウンロードし、初期設定を済ませる。
ログインした途端──。
「うわっ、すっげ……!」
思わず声が出た。
画面いっぱいに広がる、豊かな自然。
青空に陽光が射し、青葉が舞い散り、大樹がそびえ立つ。
まるで、そこに存在するかのように。
風にそよぐ草原は、ありもしない匂いまで感じるほどリアルだった。
「すごい……。これがVRかあ……」
感動のままに、キャラクタークリエイトに進んだ。
種族、性別、外見──自由にカスタマイズできる。
空の前に、色々なタイプのキャラクターが並ぶ。
筋骨隆々の戦士。クールな暗殺者。長身の射手。しかし──。
(なんか、どれも自分のアバターにするには、かけ離れすぎてて気後れするかも……)
現実の空は、身長も平均より低いし、身体も華奢。
特に、か細いとよく言われる空の声と逞しい戦士は、ミスマッチすぎて滑稽になりそうだと思ってしまう。
そんな中、目を引いたキャラがいた。
誰からも好かれそうな、愛らしい人間女性のキャラクター。
「この子いいな……。でも、このゲームってボイスチャットあるし、女キャラはなぁ……」
迷う。決め手にならないかとキャラクター説明をよく読むと、「プリセットボイス」という項目があった。
(へー! 自分の声を女性声優さんの声に変換してくれるんだ。しかも、何種類もある)
これなら、覇気がなく男らしくないと言われる、自分の声や話し方でも違和感がないかもしれない。
髪は柔らかな栗色に。瞳は優しいラベンダー色。背は低めで、どこか儚げな印象の女性キャラクター。
職業選択画面では、迷わず「ヒーラー」を選んだ。
前線で戦う戦士でも、遠くから攻撃する魔法使いでもない。ひっそりと後ろから仲間を支える、回復役。
「これなら……俺でも、誰かの役に立てるかな」
最後に、キャラクター名を入力する。
『そらぽん』
──少しふざけた響きのある名前だが、本名の「空」から取ったものだ。
「ようこそ、エピキュクルス・オンラインへ」
システムメッセージとともに、視界が真っ白に染まった。




