サーバー負荷上昇──壊れはじめた日常
いまや三人の憩いの場となったエピキュクルスの世界。
しかし──サーバーの異変は、確実に進行していた。
ある日の冒険の前。そらぽん、アストラ、ヒゲモジャールは、ダンジョン攻略の前に「パン屋」に寄った。
エピキュクルス・オンラインでは、食べ物によって色々なステータス強化などの効果がある。
スキルを取れば自分たちでも作れるが、あいにく三人は料理スキルを取っていないので、
食べ物はもっぱらプレイヤーから仕入れるか、確実に売っているこういったNPCのショップを利用している。
「サンドイッチ、一人10個くらいあれば足りるかな?」
「うん、足りると思う」
そらぽんは、プレイヤーからも可愛いと密かに人気のパン屋の看板娘のNPC、「アンナ」に話しかけた。
「サンドイッチ、10個くださ──」
話しかけた声が、途中で止まる。
「アンナ」は、虚空を見つめたまま、意味のない言葉をずっと呟いていた。
「縺?i縺」縺励c縺?∪縺……縺?i縺」縺励c縺?∪縺……」
愛らしくリアルなキャラクターであるからこそ、
虚ろな目でわけのわからないことを呟き続けるその姿は、異様だった。
「えっ、なにこれ……」
「……バグってるってやつ?」
アストラが、呟く。
「最近、ちょっとゲームの挙動変だよね」
「うん……」
そらぽん──空にとっては、ここは第二の現実だった。
だからこそ、この世界も、キャラクターたちも、所詮作り物であると見せつけられるのは、思いのほかショックが強かった。
*****
そして──三人でいつものように遊んでいる時、それは予兆もなく起こった。
「──[サーバー負荷上昇]――」
その無機質なシステムメッセージは、まるで不吉な予言のようにゲーム内を流れ続けていた。
「え、なにこれ?サーバーが重いってこと?」
ドワーフのヒゲモジャールこと蓮は、初めてのことに戸惑いを隠せない様子だ。
「うーん、最近ずっとこんなメッセージが出てるんだ。ちょっと前まではすぐ消えてたんだけど……」
空がそう答える一方で、美月はどこか不安げな表情を浮かべていた。
その不安は、すぐに現実のものとなる。
三人が初心者向けのダンジョンを抜け、次のエリアへと足を踏み入れた瞬間、異変は起きた。
本来は一定時間で消滅するはずのモンスターの残骸が、フィールドに積み上がっている。
それらは光の粒子となって消えることもなく、禍々しいオーラを放ち続けていた。
「な、なんだこれ……!?」
空は思わず声を上げた。そして、次の瞬間、その残骸からおぞましい唸り声とともに、
アリ型のモンスターが次々と起き上がってきたのだ。
「まさか、モンスターがリスポーンし続けてるの!?」美月が叫ぶ。
「しかも、普段ならこのエリアには絶対に出てこないレベルのやつだよ!」
空の体力ゲージがみるみるうちに赤く染まっていく。
慌てて蓮が空を庇い、美月がそれを援護する。
ゲーム経験はほとんどないらしいが、蓮はゲームの勘どころを掴むのが非常に上手い。
三人は必死に応戦し、どうにかその場を切り抜けた。
「早く脱出しよう!」
美月がそう叫ぶ。
事態は深刻だった。
ギルドチャットも、騒然としている。
「ギルドのみんなは大丈夫だった!?」
「初心者のギルメンは、今初心者エリアに近寄らないほうがいいよ!」
ギルメンが注意喚起をする。
「初心者エリアの隣に、『アントクイーン』っていうエリアボスがいるじゃん! あいつが、なぜかいつまで経っても消滅しないんだよ!」
「本当なら時間経過で消えるのに……。そのせいで、アントクイーンが下級アリ系雑魚を生み続けてるんだ!」
「モンスターだらけなのも、そのせい?」
「うん。 モンスターが消えないからサーバーの負荷もめちゃくちゃだよ」
「さっきまで私たちがいた初心者エリアにまで、いるはずのない高レベルモンスターがいたのも、そのせい?」
「うん……! アントクイーンが生み続けるモンスターが行き場をなくして、隣の初心者エリアになだれ込んでるんだよ!」
*****
SNSでは、初心者プレイヤーたちの悲鳴のような声が拡散されていた。
「こんなの、まともに遊べないよ!」
「怖すぎてログアウトしたわ……」
本来、新規プレイヤーが安全にゲームを始められるはずのエリアが、今や強力なモンスターの巣窟と化してしまったのだ。
「これじゃ、新しいプレイヤーがこのゲームを始める手段を完全に失っちゃうじゃないか!」
空の表情が曇る。
ゲームは新規参入があってこそ活性化する。
その道が閉ざされたということは、ゲームの衰退が不可避であることを意味していた。
「ねぇ、運営は何か対策してるの?」美月が訊ねる。
「公式サイトを見てみようか」
空が答える。
しかし、日本の運営の答えは絶望的なものだった。
『エピキュクルス・オンライン』の開発は海外で行われており、
日本サーバーの運営にはゲームの根幹プログラムを直接操作し、このバグを修正する能力がないのだという。
「つまり、サーバーエラーを直すことは、今の日本の運営にはできないってことか……」
蓮の声に、苛立ちが滲んでいた。
その頃。モンスターの氾濫は、ついに中級者エリアにまで及び始めていた。




