三人での冒険、そして──消えない違和感
その夜、空は「そらぽん」としてログインした。
いつもの草原。青い空。遠くに見える森。
VRグラス越しに広がる世界は、相変わらず美しかった。
「そらぽん!」
アストラが、手を振りながら駆け寄ってくる。
エルフの少年剣士──その中身が、あの絶世の美少女だと知っている今でも、
空はアストラの姿を見ると胸が温かくなった。
「アストラ……」
「今日はさ、ヒゲモジャールも呼んでるんだ」
「うん、聞いてる」
しばらくすると、ずんぐりとした体型のドワーフ──ヒゲモジャールが、のっしのっしと歩いてきた。
「待たせたね」
ヒゲモジャールの声が、ビジュアルとは似つかわしくない蓮本来の美声で響く。
「じゃあ、三人で新しいダンジョン攻略しようぜ!」
アストラが、剣を掲げた。
「おう!」
「はい!」
三人は、森の奥深くにある古代遺跡へと向かった。
*****
ダンジョン内は、薄暗く、石造りの廊下が迷路のように入り組んでいた。
三人の連携は──想像以上にスムーズだった。
アストラが前衛で敵を引きつけ、ヒゲモジャールがタンクとして盾になる。そらぽんは後方から回復を担当。
「ヒゲモジャールさん、上手ですね!」
「ありがとう。あまりやったことないんだけど、僕はこういうの得意みたいだね」
「そういうアストラこそ、ステップがすごく綺麗だよね」
今度はそらぽんがアストラを褒める。
「えへへ、ありがと。サッカーやってて意外と体育会系なんで」
三人は、次々とモンスターを倒していった。最深部のボス、巨大な石像ガーディアンゴーレムも、
結婚したペアだけが使える、そらぽんとアストラの合体スキル「─星影の守り─」で、
致命的な攻撃を防ぐことに成功し、撃破できた。
「やった!」
「お疲れ!」
「みんな、すごかった!」
三人は、ハイタッチを交わす。
(……楽しい)
空は、心から思った。
ゲームを、こんなに楽しいと思ったのは初めてかもしれない。
アストラ──美月と。
ヒゲモジャール──蓮と。
三人で冒険する時間が、とても幸せだった。
ダンジョンを出て、街に戻る道すがら。
「ねえ、ヒゲモジャールさん」
アストラが、話しかけた。
「ん?」
「リアルのほうの蓮さん、この前SNSで見たよ。本当に大人気のモデルさんなんだね」
「まあ……そうだね」
「男性の美しさと女性の美しさを両方持ってる、目が離せないような不思議な魅力のある人だなって思った」
蓮は──少しの間、沈黙した。
「……うん、ありがとう」
その声に、空は違和感を覚えた。
(嬉しそうじゃないみたい……)
空は、思わず尋ねていた。
「注目されるのも……やっぱり苦労があったりする?」
蓮は、また沈黙した。
そして──ゆっくりと、語り始めた。
「僕さ、子供の頃から……容姿が男らしくないって、よく言われてたんだ」
「……」
「好きな服も、自然と女物が多くて、よく姉のお下がりの服で過ごしてた」
「両親はそんな僕に対しておおらかに接してくれたけど……」
「男子からは、からかわれたし、女子からは、面白がられた。純粋な友達は……ほとんどいなかった」
(蓮……)
「別に、男物の服も嫌いじゃない。ただ、好きな服を着てるだけだったんだ」
「でも、いくら綺麗と褒められても、結局僕は……明らかに異物だった」
アストラが──美月が、小さく息を呑む音が聞こえた。
「……わかる」
美月の声が、静かに響いた。
「私も、同じだった」
「美月……?」
「綺麗だね、可愛いねって言われるたびに……なんだか、檻に閉じ込められてる気分だった」
美月の声が、震える。
「外見ばかり注目されて、中身はどうでもいいような扱いをされることもあって」
空は、二人の言葉を聞きながら──自分自身のことを考えていた。
(俺も……)
男らしくない、と言われ続けた。
覇気がない、と言われ続けた。
だから、ゲームの中では──女性キャラになった。
(俺たち、三人とも……)
女性キャラの空。
少年キャラの美月。
そして、似ても似つかない短躯の髭男キャラの蓮。
みんな、現実とは違う姿をしている。
みんな、何かから逃げている。
でも──
(だから、こうして繋がれたのかもしれない)
「ねえ、二人とも」
そらぽんが、口を開いた。
「私……二人と出会えて、よかった」
「そらぽん……」
「私も」
アストラ──美月が、優しく笑った。
「俺もだ」
ヒゲモジャール──蓮も、頷いた。
「これからも、一緒に冒険しような」
「うん!」
「ああ」
三人は、並んで街へと歩いていった。
夕日に染まる草原。風に揺れる草花。
画面の向こうで──三人は、確かに繋がっていた。
空は、ふと思った。
(蓮が、女装に協力してくれたのは……)
何かシンパシーを感じたからなのかもしれないな、と。
同じように、外見で苦しんできた者同士。
同じように、本当の自分を見てもらえなかった者同士。
(だから……)
でも、それは──美月には、まだ言えない。
空が女装していること。
空が、本当は男であること。
(いつか、言わなきゃ……)
左手の薬指に嵌まった指輪が、VRの中でも光っている。
ゲーム内の結婚指輪と、リアルで買った指輪。
二つの指輪が──空の罪悪感を、重くしていた。
*****
街に戻った三人は、ギルドホールで休憩することにした。
「あ、そういえば」
アストラが、何かに気づいたように言った。
「さっき倒したゴーレム、死体が消えてなかった気がする」
「え?」
「ほら、普通モンスター倒したら、しばらくして死体が消えるじゃん?」
「ああ、確かに」
ヒゲモジャールが頷く。
「でも、ゴーレムの死体、ずっと残ってた気がする」
「バグかな?」
そらぽんが、首を傾げる。
「かもね。まあ、最近たまにあるらしいよ。死体が消えないバグ」
「へえ」
「運営に報告しとけば、そのうち修正されるでしょ」
三人は、それ以上気に留めなかった。
たかが、モンスターの死体が消えないだけ。
ゲームプレイに支障はない。
でも──
実は、この時から。
ゲーム内の異変は、静かに進行していたのだった。




