「そらぽん。二人きりで、会いたい。──リアルで」
「蓮、ちょっと相談があるんだけど」
翌日、空は「そらぽん」の姿で、大学近くのカフェに蓮を呼び出していた。
空には計画があった。それを、すぐにでも実行できるように「そらぽん」の姿で来たのだ。
向かい合って座る二人。
「どうしたの?」
「この騒動、俺が収めないと」
空は、スマートフォンの画面を蓮に見せた。
「ルナ」と「そらぽん」を巡る、SNSでの憶測の嵐。
「なるほどね……」
蓮は、画面をスクロールしながら頷いた。
「確かに、このままだと収まらなさそうだ。で、どうするの?」
「蓮のアカウントで、発表してほしいんだ。『そらぽん』は蓮の友人で、メイクの練習台だったって」
「……ああ、なるほど」
蓮は、すぐに意図を理解した。
「俺のアカウントなら、それなりにフォロワーもいるし、信憑性もある」
「うん。それで、メイクを半分落とした写真も載せて──」
二人は、カフェで打ち合わせを続けた。
その日の夜。
ギルドチャットに、アストラからメッセージが届いた。
「そういえば、今日外でそらぽん見かけたよ」
「え!? どこで?」
「〇〇大学の近く。声かけようと思ったんだけど、誰か一緒にいたから」
空は、はっとした。
(蓮と一緒にいたところを……!)
「すごいイケメンだったね。デート?」
アストラの声が、どこか棘のある響きだった。
嫉妬──?
空は、思わず笑ってしまった。
「可愛い」
「え!? 何が!?」
「あ、ごめん! えっと、あれは『ヒゲモジャール』だよ。私の友達」
「ヒゲモジャール!? あの!?」
アストラの声が、驚きで跳ね上がった。
「キャラと中身、違いすぎない!?」
「そうだね」
空は、くすくすと笑った。
「でも、みんなそういうものでしょ? ゲームの中では、違う自分になれるんだから」
「……そっか」
アストラの声が、少し落ち着いた。
「うん、そうだよね」
*****
数日後。
蓮のSNSアカウントから、一枚の写真が投稿された。
そこには──メイクを半分だけ落としたすっぴん風の「そらぽん」が映っていた。
片方は完璧にメイクされた美女の顔。もう片方は、特徴のない、地味な顔。
すっぴん風だが、男の空だとバレない程度には軽くメイクされている。
そして、キャプションには──
「この人は私の友人で、メイクの練習台になってもらっていました。
大学生で年齢も一致しませんし、素顔はこの通り全然違います。『ルナ』さんとは全く別人です」
さらに、蓮は続けた。
「外見の美しさは時に、その人の本質から目を逸らさせる呪いになることがあります。無責任な憶測で、私の知人や、過去の『ルナ』さんのプライバシーを侵害するのはやめてください」
投稿は、瞬く間に拡散された。
蓮のフォロワー数は数十万。その影響力は絶大だった。
コメント欄には──
「納得した」
「メイクってすごい」
「勝手に騒いでごめんなさい」
「ルナさん、今は幸せに暮らしてるといいな」
徐々に、騒動は収束していった。
一方で──。
「なんだ、素顔は全然じゃん」
「がっかりした」
などの軽い中傷じみたコメントも、中にはいくつかあった。
*****
その夜のギルドチャット。
「よかったね、そらぽんちゃん」
「うん。蓮さんに助けてもらった」
「ヒゲモジャールさん、すごい人だったんだな」
「まあね」
空は、少し誇らしげに答えた。
そして──アストラが、久しぶりにいつもの明るい声で話していた。
「なんか、最近カリカリしてたよね、アストラ」
不気味だいふくが指摘する。
「悩み事でもあった? でも、落ち着いたみたいだから解決したのかな。よかったね」
「う、うん……まあ、色々と……」
アストラの声が、少しだけ曇る。
そらぽんは、何気なく言った。
「何かあったら、相談してね。私でよければ」
「……ありがとう、そらぽん」
アストラの声が、元の落ち着いた優しい声に戻っていた。
「……ねえ、そらぽん」
アストラが言う。
「素顔が地味とか言われて嫌じゃなかった?」
「騒動が収まって、『ルナ』って子はそらぽんのおかげで救われただろうけど、そらぽんにとっては所詮ただの他人で」
「そらぽんには放っておくこともできたのに、どうしてわざわざすっぴんをみんなに晒したんだ?」
空は──少し考えてこう言った。
「だって、私が巻き起こした事だし、そのせいで関係ない人が傷つくのって嫌じゃない?」
「そっか……」
アストラは、何かを噛み締めるように答えた。
そして──
プライベートチャットの通知が鳴った。
アストラからだ。
<そらぽん>
<うん?>
<二人きりで、会いたい>
空は、息を呑んだ。
<え……?>
<リアルで。君と、ちゃんと話したいことがあるんだ>
心臓が、激しく脈打ち始めた。
(会いたい……?)
(アストラが、俺に……?)
いや、違う。
アストラが会いたいのは──「そらぽん」だ。
女性だと思っている、「そらぽん」に。
<どうして……?>
<……君に、伝えたいことがあるから>
空の手が、震えた。
(これって……まさか……)
告白──?
(でも、俺は……)
ネカマだ。
女装してオフ会に出ただけの、男だ。
<そらぽん?>
<……うん。いいよ>
空は、震える声で答えた。
<会おう>
<本当!? ありがとう!>
アストラの声が、弾んだ。
<じゃあ、日程は後で相談しよう>
<うん>
チャットを閉じて──
空は、一人、部屋で呆然としていた。
(どうしよう……)
胸が、高鳴っている。
嬉しい。でも、怖い。
(アストラに、会える)
(でも……)
このまま、嘘をつき続けていいのだろうか。
空は、天井を見上げて──深く、深く、息を吐いた。
*****
待ち合わせ場所の駅前広場。
空は、「そらぽん」としての姿でそこに立っていた。
蓮が監修してくれたファッション──ナチュラルなメイク、インナーカラーの入ったウィッグ、
体型を綺麗に見せるワンピース。鏡で見た自分は、完璧な美女だった。
(でも、多分何度経験しても慣れないんだろうな……)
空は、周囲の視線を感じながら、落ち着かない気持ちで立ち尽くしていた。
(変な目で見られてないだろうか……)
でも、すれ違う人々の視線は──明らかに「あの子可愛いな」というニュアンスを帯びていた。
何人かは、二度見していく。
(客観的に見ても……「そらぽん」としての俺は、かなりの美人なんだと思う)
メイクが完成した時、鏡に映る自分の姿にドキッとしたくらいだ。
でも、同時に──
(普段の姿と、落差がありすぎる……)
複雑な気分にもなる。
「そらぽん」は美女。でも、朝野空は──地味で、冴えない、「男らしくない」男だ。
(この姿で一人だと、落ち着かない……)
早く、アストラに来てほしい。来てほしいのだけど──
(正体が、バレないだろうか……)
不安の種は尽きない。
(アストラは、どんな少年なんだろう)
ゲームの中で語られた情報から想像するに──明るくて、爽やかで、モテる高校生の少年。
(俺みたいな冴えない男とは、正反対なんだろうな……)
そして──
(アストラは、どんな気持ちで来るんだろう)
相棒として? それとも──異性としての気持ちが、混じっているのか。
「二人きりで会いたい」
あの言葉の意味を、空は考え続けていた。
(もし、告白だったら……)
どうすればいいんだろう。
俺は──
その時だった。
突然、待ち合わせの広場全体が、ざわめき始めた。
「え、何……?」
人だかりができている。視線が、一点に集中している。
空も、思わずその方向に目を向けた。
そして──
息を呑んだ。
(……嘘、でしょ)
そこに立っていたのは──まるで照明を当てられたかのように輝く、美しい少女だった。
黒髪のロングヘアが風になびき、透き通るような白い肌と、完璧に整った顔立ち。
国民的美少女コンテストなら文句なしのグランプリ。
国民的アイドルグループなら不動のセンター間違いなし。
誰もが振り返る、圧倒的な美貌。
彼女の存在だけで、周囲の風景が全てモノクロに見えるほどの、強烈なオーラを放っていた。
(見たことない顔だけど……。アイドル、なのかな?)
美少女は、人混みをすり抜けて──
空の目の前で、立ち止まった。
そして、少しはにかんだように微笑んだ。
「そらぽん」
え──?
「ごめん、待たせた?」
美少女が、いたずらっぽく笑う。
その笑顔は──
見覚えがあった。
ゲームの中で、何度も見た笑顔。
「……俺だよ。アストラ」
空の脳が、一瞬停止した。
「え……?」
「ふふ、驚いた? 私が、アストラだよ」
美少女は──アストラは──
空の手を、そっと取った。
そして、自分の指先に触れさせた。
空の華奢な手とは違い、アストラの指先は、僅かに硬く、タコができていた。
「毎日ギターを練習してるから、指先がちょっと硬いの。ほらね?」
「あ……」
それは、確かに──アストラが語っていた通りだった。
「私、本名は『美月』って言うんだ」
美月──美しい少女が、柔らかく微笑んだ。
「中学までは、男子に混ざってサッカーやってたけど、男子の体の成長に追いつけなくて辞めちゃって」
それは、紛れもなく──ゲーム内で「アストラ」が言っていたことだった。
「オフ会に来たそらぽんが、女の人だって聞いて……嬉しかった」
美月の瞳が、真っ直ぐに空を見つめる。
「私が女だって知っても、動揺しないかなって……。それで、私もリアルで会いたくなったの」
空は、何も言えなかった。
(アストラが……女の子……?)
頭が、混乱している。
(じゃあ、俺が想像してた、爽やかな高校生の少年は……?)
「そらぽん?」
美月が、心配そうに覗き込んでくる。
ふと──空は、自分と美月が広場の注目を浴びていることに気づいた。
客観的に見れば、「そらぽん」である空は美女だ。
そして、美月は──誰と比べても劣ることのない、絶世の美少女だ。
そんな二人が、広場の中で手を握って、見つめ合っている。
(……百合?)
(尊い……)
周囲から、そんな囁きが漏れ聞こえてくる。
スマートフォンを向けている人もいる。
美月も、その視線に気づいたようだった。
「ねえ、落ち着いたところで話そっか」
美月が、いたずらっぽく笑った。
「今日はデートだね」
「で、デート……?」
「だって、私たち結婚相手でしょ?」
その笑顔は──確かに、アストラと一緒だった。
ゲームの中で、いつも見せてくれた、屈託のない笑顔。
空は、胸が高鳴るのを感じた。
(アストラが……こんなに、綺麗な女の子だったなんて……)
そして──
(俺、どうすればいいんだ……?)




