知りたい存在
竜王は城の広間に戻り、燃え盛る炎の前に座していた。
黒い角と翼が存在感を放っている。
眷属が伝えてきた記憶と、森で出会った少女の姿が、彼の心から離れなかった。
小さな体で竜を恐れず、傷を癒し、優しさをもって語りかける人間――リリア。
竜王は千年の孤独を背負い、人間を常に「恐れる存在」として見てきた。
彼らは竜を災厄と呼び、竜王を破滅の象徴とした。
竜王が近づけば逃げ、竜王の名を聞けば祈り、竜王の影を見れば怯えた。
だがリリアは違った。
彼女は恐れず、竜を助けた。竜王を見ても逃げず、真っ直ぐに瞳を向けた。
「人間が竜を恐れぬ……」
竜王は低く呟いた。
その声は広間に響き、炎が揺らめいた。
竜王は思い返した。
リリアの瞳は恐怖ではなく、優しさを湛えていた。
彼女の声は震えていたが、逃げることはなかった。
彼女は竜王を自身と同じ「傷つく存在」として見た。
誰も彼をそう見たことはない。
竜は彼を敬い、人間は彼を恐れ、誰も彼の心を見ようとはしなかった。
だがリリアは違った。
竜王は炎を見つめながら、心の奥に問いを抱いた。
「なぜ、あの人間は恐れぬのだ」
「なぜ、あの人間は竜を助けるのだ」
「なぜ、あの人間は我を見つめるのだ」
その問いは彼の胸を締め付けた。
答えはわからない。
だが知りたいと思った。
彼女の心を知りたい。
彼女の力を知りたい。
彼女の存在を理解したい。
竜王は初めて、人間に興味を抱いた。
彼は城の高みに立ち、夜空を見上げた。
星々が瞬き、月が輝いていた。
リリアも同じ空を見上げているだろうか。
彼女の祈りは星に届き、竜王の心に響いていた。
二人の孤独は、同じ夜空の下で交わり始めていた。
竜王は翼を広げ、夜空へ舞い上がった。
彼の心は久しく忘れていた高鳴りに満ちていた。
人間に会いたい。
リリアに会いたい。
彼女の声を聞きたい。
彼女の瞳を見たい。
彼女の心を知りたい。
「リリア……」
竜王はその名を呟いた。
彼の声は夜空に響き、星々に届いた。
竜王の興味は、ただの好奇心ではなかった。
彼は初めて、人間を「恐れる存在」ではなく「知りたい存在」として見た。
竜王は夜空を翔けながら、心の奥に芽生えた感情を確かめていた。
それは好奇心に似ていたが、もっと強く、もっと深いものだった。
彼女は竜を恐れず、竜王を見ても逃げず、真っ直ぐに瞳を向けた。
その瞳には恐怖ではなく、優しさが宿っていた。
竜王は思い返した。
リリアの声は震えていたが、逃げることはなかった。
この世界で最強である竜王に対し心配する者などいなかった。
千年の時を生きてきた竜王にとって、それは未体験のことだった。
「人間よ……お前は何者だ」
竜王は低く呟いた。
竜王は城に戻り、広間の炎を見つめた。
炎は彼の孤独を映し出す鏡だった。
だが今は違った。
炎の揺らぎに、リリアの姿が浮かんだ。
小さな体で竜を助ける姿。
恐れずに竜王を見つめる瞳。
優しさを湛えた声。
竜王はその姿を思い出し、胸が震えた。
「我は、あの人間を知りたい」
竜王は心に誓った。
彼女の心を知りたい。
彼女の力を知りたい。
彼女の存在を理解したい。
その興味は、ただの好奇心ではなかった。
それは孤独を癒す光であり、心を揺さぶる希望だった。
竜王は、人間を「恐れる存在」ではなく「知りたい存在」として見た。
翌日、竜王は再び森へ向かった。
彼の翼が空を覆い、山を震わせた。
村人たちは悲鳴を上げ、家に逃げ込んだ。
だが竜王の目的は村ではなかった。
彼はリリアに会うために来たのだ。
リリアは森で動物たちと語り合っていた。
鳥が歌い、兎が跳ね、鹿が静かに見守る。
彼女は彼らに話しかけ、心を通わせていた。
その姿を竜王は見下ろし、胸が震えた。
彼女は人間でありながら、森と調和していた。
竜王が求めていたもの、それは彼女の中にあった。
竜王は地に降り立ち、森を震わせた。
リリアは顔を上げ、竜王を見つめた。
彼女の瞳には恐怖はなかった。
竜王はその瞳を見て、心が揺れた。
「リリア」
竜王は彼女の名を呼んだ。
その声は低く、山を震わせるようだったが、優しさが混じっていた。
リリアは驚きながらも答えた。
「竜王さま……」
竜王は彼女を見下ろし、瞳を細めた。
「我はお前に興味がある。人間よ、お前は竜を恐れぬ。なぜだ」
リリアは少し考え、静かに答えた。
「……怖いです。でも、それ以上に、あなたたちも傷つくことがあるのだと思うと……放っておけません」
その言葉に竜王の胸が震えた。
彼はついに、人間の優しさを知った。
彼女の言葉は、千年の孤独を癒す光だった。
竜王は低く笑った。
その笑いは山を揺らすほどの響きだったが、怒りではなく喜びだった。
「面白い。人間よ、お前は我を恐れず、我を見つめる。気に入った」
リリアは驚き、目を見開いた。
竜王の瞳は蒼く輝き、彼女を真っ直ぐに見つめていた。
「我はまた来る。お前と話すためにな」
竜王は翼を広げ、夜空へ舞い上がった。
月光を浴びながら、彼の姿は星々の間に消えていった。
リリアはその場に立ち尽くし、夜空を見上げた。
胸は震えていたが、恐怖ではなかった。
竜王の瞳に映った自分を思い出し、心が温かくなった。
竜王の興味は、ただの好奇心ではなかった。
それは孤独を癒す光であり、心を揺さぶる希望だった。
竜王は、リリアが気になって仕方がなかった。
村人たちの恐れは、日常の隅々にまで染み込んでいた。
夜、竜王の咆哮が遠くに響けば、人々は戸を閉め、火を消し、祈りを捧げた。
子供が泣けば「竜王に聞こえるぞ」と叱り、若者が山に近づけば「竜王に食われる」と止めた。
竜王は人間を襲ったことがない。
だが恐怖は事実よりも強く、村人たちの心を縛り続けた。
リリアはその恐怖の中で生きていた。
彼女が竜王を恐れないことは、村人たちにとって理解不能だった。
彼女が竜王の城を見上げて微笑む姿は、村人たちにとって「竜王に心を捧げている証」に見えた。
「リリアは竜王に選ばれたのだ」
「竜王の供物になる」
そんな噂は次第に確信へと変わり、村人たちは彼女を遠ざけるだけでなく、恐怖の対象として扱うようになった。
ある夜、村の長老が集会を開いた。
嵐の被害を受けた村を立て直すために、人々は集まった。
だが話題は、すぐに竜王とリリアに移った。
「竜王の怒りを鎮めるには、供物が必要だ」
「リリアを差し出せば、竜王は満足するだろう」
その言葉に村人たちはざわめいた。
恐怖は人々を残酷にする。
彼らはリリアを犠牲にすれば、自分たちが救われると信じた。
リリアはその話を耳にした。
彼女は震えながらも、心の奥で静かに決意した。
「私は犠牲にならない。私は生きる。そして、竜王を恐れない」
彼女の心は弱く見えて、実は強かった。
孤独に耐え、偏見に耐え、なお優しさを失わない強さ。
それは村人たちには理解できないものだった。
翌日、村人たちはリリアの家に押しかけた。
彼女を竜王に差し出すためだ。
だがその時、森から竜の咆哮が響いた。
竜王ではなく、彼の眷属の竜だった。
リリアが助けた竜が、彼女を守るために現れたのだ。
村人たちは恐怖に震え、逃げ去った。
リリアは竜の瞳を見つめ、微笑んだ。
竜は彼女を見守り、静かに森へ戻っていった。
その光景は、村人たちの恐怖をさらに強めた。
「やはりリリアは竜王に繋がっている」
「竜王の使いだ」
恐怖は偏見を固め、村人たちはリリアを完全に孤立させた。
リリアは夜空を見上げ、星に祈った。
「どうか、私を恐れない方に出会えますように」




