厄災と眷属
村は山の麓に広がっていた。
竜王の城が雲を突き抜けてそびえるのを、村人たちは毎日見上げて暮らしていた。
朝の光に照らされるその影は荘厳であり、同時に恐怖の象徴でもあった。
竜王が姿を現すことは滅多にない。
だが、彼が空を翔けるとき、村人たちは畑を捨てて家に逃げ込み、子供を抱きしめて祈る。
竜王が村を襲ったことはない。
それでも彼らは恐れた。
恐れは理屈ではなく、存在そのものから生まれる。
竜王の翼が空を覆えば、太陽は隠れ、昼が夜に変わる。
咆哮が響けば、山は震え、谷は揺れる。
村人たちはその力を「災厄」と呼び、竜王を「破滅の象徴」として語り継いだ。
老人たちは子供に言い聞かせる。
「竜王の目を見てはならぬ。心を奪われる」
「竜王の影に入ってはならぬ。命を失う」
「竜王の名を口にしてはならぬ。災いが訪れる」
それらは迷信に過ぎない。
だが迷信は恐怖を強め、村人たちの心に根を張った。
竜王が姿を見せなくても、彼の存在は常に村を支配していた。
そんな村で、リリアは異質な存在だった。
彼女は竜王を恐れなかった。
むしろ、竜王の城を見上げて「きれい」と呟くことすらあった。
村人たちはその言葉に震えた。
竜王を恐れぬ者は、竜王に魅入られた者だと考えたのだ。
「リリアは竜王に呼ばれている」
「竜王の供物されるのではないか」
そんな噂が広がり、村人たちは彼女を避けるようになった。
リリアが森で動物たちと語り合う姿も、村人たちの恐怖を煽った。
彼女の力は優しさから生まれたものだが、村人たちには理解できなかった。
彼らは「竜王の魔力が彼女に宿っている」と囁き、彼女を魔女と呼んだ。
恐怖は偏見を生み、偏見は孤立を生む。
リリアは村の祭りに呼ばれず、集会にも参加できなかった。
彼女が近づけば、人々は道を譲り、視線を逸らした。
だがその瞳には恐れと憎しみが混じっていた。
ある日、村に嵐が訪れた。
雷が山を裂き、風が家を倒した。
村人たちは「竜王の怒りだ」と叫んだ。
竜王は嵐を起こしていない。
だが村人たちは竜王のせいにした。
そして次に、リリアを責めた。
「竜王はリリアを通じて怒りを示している」
「彼女を村から追い出さねば、災厄は続く」
恐怖は理性を奪い、村人たちは集まり、リリアの家を囲んだ。
彼女は怯えながらも、動物たちに守られていた。
鳥が屋根に集まり、兎が足元に寄り添い、鹿が森から姿を現した。
村人たちはその光景にさらに恐れを抱いた。
「やはり魔女だ」
「竜王の眷属を従えている」
リリアは涙を流しながら言った。
「私は魔女じゃない。ただ、みんなと仲良くしたいだけ」
だがその声は届かなかった。
恐怖に支配された人々には、彼女の優しさを理解する余裕がなかった。
「眷属が多い。逃げろ!」
村人たちは好き勝手リリアに言葉を投げつけるといなくなった。
家族は流行り病によってなくなっている。
リリアを守ってくれる人は誰もいなかった。




