孤独な竜王
土日13時と16時に更新します。12月21日に完結します。
竜王は、遥か千年の時を生きてきた存在だった。
その鱗は夜空の星々のように輝き、瞳は深い湖の底を思わせる蒼を湛えている。
彼の翼がひとたび広がれば、山脈すら影に覆われ、風は竜王の呼吸に従って流れを変える。
人間も竜も、彼の名を聞けばただ震え、頭を垂れるしかなかった。
だが、力の絶頂にあるがゆえに、彼は孤独だった。
竜王の城は、雲海を突き抜ける山頂に築かれている。
黒曜石のような岩を削り、竜の爪で刻まれた紋様が壁を飾る。
そこに住むのは竜王ただ一人。
眷属の竜たちは遠くに控え、彼の命令があれば従うが、決して近づこうとはしない。
竜王の威光は絶対であり、同時に近寄りがたい壁でもあった。
夜ごと、竜王は広間に座し、燃え盛る炎を見つめる。
炎は彼の吐息で生まれたものだが、暖を取るためではない。
炎の揺らぎに、彼は過ぎ去った時を映す。
かつて竜族が群れをなし、空を覆い尽くした時代。
仲間とともに飛び、狩りをし、歌うように咆哮を響かせた日々。
だが今や、竜族は散り散りになり、竜王の周囲には誰もいない。
人間たちは竜王を恐れ、近づこうとしない。
竜王は人間を憎んではいなかった。
むしろ、彼らの短い命の中で紡がれる絆や愛に、羨望を抱いていた。
だが、その羨望を口にすることはできない。
竜王が人間に歩み寄れば、彼らは恐怖に震え、逃げ去るだけだ。
竜王は己の力を呪った。
力があるからこそ、誰も近づけない。
力があるからこそ、孤独が深まる。
彼は時折、山の麓に降り立ち、森の中を歩いた。
だが鳥は飛び去り、獣は隠れ、風すらも竜王を避けるように流れる。
彼の存在は自然すら圧倒し、調和を壊してしまうのだ。
「我は、永劫の孤独を背負う定めなのか」
竜王は低く呟く。
声は山を震わせ、谷を渡り、遠くの村人の夢を破る。
彼の言葉は誰にも届かない。
届いたとしても、理解されることはない。
それでも竜王は、心の奥底で微かな希望を抱いていた。
いつの日か、自分を恐れずに見つめる存在が現れるのではないか。
力ではなく心を見てくれる者がいるのではないか。
だがその希望は、夜空に瞬く星のように儚く、手を伸ばせば消えてしまう。
竜王は再び炎を見つめる。
炎の揺らぎは、彼の孤独を映し出す鏡だった。
竜王の孤独は、ただ静かなものではなかった。
それは時に、彼の胸を締め付ける痛みとなり、時に、怒りの炎となって噴き出す。
竜王はその怒りを抑え込む術を知っていた。
だが、抑え込むたびに心は冷え、孤独はさらに深まる。
彼の城には、古の竜族が残した書や歌が眠っている。
竜王はそれらを読み、歌を口ずさむ。
だが声は広間に虚しく響くだけで、応える者はいない。
竜王の歌は、風に乗って山を越え、谷を渡る。
だが人間の耳に届けば、それは恐怖の咆哮としてしか理解されない。
竜王は夢を見る。
夢の中で彼は仲間と飛び、雲を裂き、太陽を背にして舞う。
だが目覚めれば、広間には彼一人。
夢は甘美であるがゆえに、現実の孤独をさらに際立たせる。
ある夜、竜王は城を抜け出し、月明かりの下を歩いた。
山の麓には小さな村があり、灯火が瞬いていた。
竜王は遠くからその灯火を見つめる。
人間たちの笑い声、歌声、子供の泣き声。
すべてが竜王の耳に届く。
だが彼は近づけない。
近づけば、灯火は消え、笑い声は悲鳴に変わるだろう。
竜王はその場に立ち尽くし、ただ月を仰いだ。
月は静かに輝き、竜王の孤独を慰めるように光を注ぐ。
だが月もまた、遠い存在だ。
竜王が手を伸ばしても届かない。
「我は、何を求めているのだろう」
竜王は自問する。
力か、栄光か、支配か。
否。
彼が求めているのは、ただ一つ。
心を寄せ合える存在。
恐れずに彼を見つめ、彼の孤独を理解してくれる者。
その願いは、竜王の胸に深く刻まれていた。
だが彼は知っている。
千年の時を生きても、その願いは叶わなかった。
これから千年を生きても、叶わぬかもしれない。
それでも竜王は、炎を絶やさなかった。
炎は希望の象徴だった。
小さな炎であっても、闇を照らすことができる。
竜王はその炎を見つめながら、心の奥底で祈る。
いつの日か、誰かがこの炎に気づいてくれることを。
孤独は竜王を蝕む。
だが孤独はまた、彼を強くした。
孤独を知る者だからこそ、他者の温もりを渇望する。
孤独を背負う者だからこそ、優しさを求める。
竜王は翼を広げ、夜空へ舞い上がった。
星々が瞬き、月が彼を見下ろす。
竜王はただ一人、空を翔ける。
その姿は壮麗であり、同時に哀しい。
彼の孤独は、まだ終わらない。
だがその孤独の果てに、やがて小さな光が訪れることを、竜王自身も知らなかった。
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