困難
「期限まで時間はあります。急ぐ必要はありません」
その声を聞き、タクはネペロ地方を後にした。
問題があった。アヤを屋敷に連れてこれるくらいの精神状態ではないのだ。あの状態じゃ、まともな会話はできないと神父にも言われた。
「…………」
*
レイナの部屋の扉が開く。
「カノン。ノックをしろと……」
目を向けると、カノンではなくタクだった。
「…………どうした」
「実は…………」
レイナに訳を話した。そして、こんなお願いをした。
「アヤを、なんとかして屋敷に連れてこれませんか?」
「なるほど。だが、それは本人が決めることだ」
「…………そんな」
タクが落胆していると、レイナは続ける。
「話せない状態だそうだが、首の動きとか、それで聞けないのか?」
「…………あ、それがありましたか」
タクは走ってレイナの部屋から出る。
「…………魔法大戦争か」
タクから聞いた言葉を思い返す。
『不審な人たちがいたんです。胸に、チェスの駒があって……』
「………………ミミ。また何かを始める気か」
レイナは受話器を手に取る。
「俺だ。会議をしたいんだが、何日後にできそうだ?」
*
タクは電話台の下の電話帳をめくり、教会の電話にかける。しばらく、呼び出し音が鳴る。
『…………はい』
出たのは神父だった。
「……神父様」
『……タクさん」
「その、首の振り方で、アヤの意思を見れませんか?」
『…………私もそれをあなたが帰ったあとに試しましたが、首も振らないんです」
「…………」
すると、電話越しから大きな音が響く。音からして、壁が壊された音だ。
「神父様……⁉︎」
ツー、ツー、としか聞こえなかった。
タクはなりふり構わず、屋敷を飛び出した。
だが、庭に出て思う。
(どうやって、急ごう。汽車なんて、あと二時間後だ。一体…………)
「あれ、どうしたの?」
声のした方を見ると、茶髪でベレー帽を被った女性がいた。
「あの、ネペロ地方に行きたいんです」
タクの目を見て、何かを察した女性は魔法を唱える。
「エレクトニック・ワーフ」
すると、タクの体が浮く。
「…………え」
「効き目は二時間。ネペロ地方まで飛びな」
*
壁を壊したのは、ロキだった。
「やぁ、神父様」
「…………」
「ミミ様が待ちきれないって。で、今日がその期限ってことで」
「…………そんな、急に」
「そこで、今決めて欲しいんだ」
「……アヤは、精神状態が……」
「わかってるよ。だから、気絶させて連れてくればいんだよ。別に僕らを見て発狂しても生きてるんでしょ?なら心配ないよ。ミミ様は生きてれば魔物が作れるからね。意識だって消せるんだよ」
「…………この」
神父は、テーブルに置いてあった花瓶を持つ。花瓶はロキの頭にあたり、割れてガラスの破片が飛び散る。
「…………」
ロキは頭を抑える。
「命を……なんだと思ってるんだ!アヤだって生きてるんだ!なんで、それを踏み躙れる!ミミにでも言ってやれお前はクズだってな!」
ロキは頭から手を離す。すると、傷口が塞がっていく。再生能力だ。
「うるさい虫だね」
ロキは目には見えない速度で移動し、神父の首を掴む。
「もういいや。殺すわ。そうすりゃ、アヤも付いてくるでしょ」
すると、足音が聞こえる。
神父は目を向ける。
「…………アヤ」
そこには、物音を聞きつけたのかアヤが来ていた。
「お、ちょうどいいや。一石二鳥だ」
アヤの目がビキビキと血走る。




