この世に神がいるなら
空は曇っていた。
「悪魔……いや、魔王か。そんな比喩が似合うのは、アイツだけだろうな」
レイナとプリンは並んで山道を歩く。
レイナはマントを赤色から黒色にしている。
この日は、トヌーの死から二週間後。彼の葬儀の日だ。
王都パレイドの森林地帯の村。そこでトヌーは生まれた。そこの教会で葬儀が行われる。
雑木林を抜けると、そこにはルナがいた。
「お、ルナ」
ルナは振り返る。
「あぁ、プリンか」
「久しぶりだね」
「うん、そうだね」
レイナが見ると、治安維持局の役人やホームズがいた。
「…………ん?」
一際目立つ、白髪の女性がいる。シルレだ。
「ルナ。誰だ?あの人」
「……ん?あぁ、トヌーが付き人をしてた大公の娘さん」
「へぇ」
「婚約者だったみたいだよ」
「婚約者ね……」
*
シルレは、空を見る。
(どうして彼は連れて行って、私は連れて行ってくれなかったんだろ)
彼女の心はズタズタだった。
「あの人しか……私を分かってくれなかったのに」
シルレは地面に座り込む。
「あの人しか、いないのに……」
目から、涙が溢れる。
「……………………どうして?」
どうしようもない怒りが込み上げてくる。
「あの、大丈夫ですか?」
プリンがシルレに近づく。
「あぁ、はい」
シルレはゆっくりと立ち上がる。
「……なんとか」
足はプルプルと震えている。
「あそこのベンチで、休憩しませんか?式まで時間はありますし」
「そうですね……」
二人はベンチに座る。レイナとルナは、その様子を遠くで見ている。
「プリン。大丈夫なのか?怒らせないか?」
レイナが心配する。
「流石にそれはないと思うけど。まぁ、心配だよね」
*
「お話をすれば、気持ちが軽くなると考えたので……」
プリンが言う。
「そうですか。優しいですね」
シルレは顔をあげる。
「あれ、プリンさんですか?」
「え……?」
プリンは驚いた。自分の名前は名乗ってないのに。
「トヌーさんが嬉々として話をするものなので、よく覚えているんですよ」
シルレはトヌーの言葉を思い出す。
『今日はね、プリンがよく暴れてたよ』
『……プリン?』
『ほら、前に言ったでしょ?茶髪で、ベレー帽の』
「なるほど。そう言うことでしたか」
プリンはうなずく。
「……正直に言いますと、あなたには……嫉妬していました」
シルレの言葉にプリンは返事もできずに固まる。
「そうですよね。彼は移り気なんてしない人です。でも、嫌に意識をしてしまうんですよ。いつか、いつかって」
「…………」
「夜を共にしても、これは拭えなかったんです」
「……それは、すみませんでした」
「あなたが謝ることじゃありません」
シルレが被せるように言う。
「トヌーさんは、多分、みんなを平等に愛していましたから……」
『今年はバレンタインでこんなにもらっちゃったよ。断れなくて』
『じゃあ、私が作ったらもらってくれませんか?』
『え!作ってくれるの?』
シルレは空を見て再び泣き始める。
「トヌーさん……」
「…………そろそろ、式が始まります」
プリンはベンチから立つ。
シルレは両手で顔を覆う。
「この世に神がいるなら――トヌーさんにもう一度逢わせてください」
嗚咽を噛み締めながら、シルレはそう言った。
*
教会で火葬が済まされると、近くの墓地に遺骨は埋められた。
葬儀の終わった夕方――レイナはトヌーの墓の前に立っていて、手には花束があった。
「この花、好きって言ってたよな。ミモザ。花言葉は、友情、感謝だって」
レイナは息を吐く。
『そうだねー。レイナの心を見るに、アイビーとアサガオだね。それを鍛冶屋に彫ってもらおうよ』
『花言葉は?』
『秘密』
「墓場まで持ってきたな」
レイナはトヌーの墓に、ミモザの花束を添える。
「お前の生き方にとやかく言う術はない。また来るからな」
その言葉は、社交辞令ではなかった。
レイナはトヌーの墓に背を向けた。
*
トヌー――花屋を営む両親に生まれ、花について興味を持った。
そして、大人になると当然ながら、花屋を継いだ。日課として、森に入って昼寝をするのだ。ある時、いつも通り昼寝をしていたら、雑草が急に伸びたのだ。トヌーは驚いて両者に相談すると、それは魔法であると言われた。
トヌーはあることを思いついた。
咲くはずのない季節の花の種を買い、それを成長させたのだ。
そのおかげか、季節が変わるのを待っていた客からは、売れ行きが良かった。
そして、出会いは訪れる。
ある日、日課通りに昼寝をしているとある女性が彼の顔をのぞいてきた。驚いたトヌーは、飛び起きた。
「あ、生きてた」
女性はそう答えた。
どうやら、死んでいると思ったらしい。トヌーは、その女性を見るなり「綺麗な人」だと思った。
それから、女性は頻繁にトヌーを訪ねることがあった。
そして、ある時女性は、神妙な顔で「相談したいことがある」と言ってきた。それは血筋に関するものだった。
「自分は、ある悪人の末裔。婚約を迫られているがその血が邪魔をしている」と言うものだ。
トヌーはしばらく考えてこう言った。
「気にする必要ないんじゃない?だって、君と先祖とは違うでしょ?」
その言葉に彼女は胸を打たれた。まるで、水のように澄んだ心だからだ。
それから、彼女はトヌーと会う頻度が増えていった。
二ヶ月が経った頃だろうか。突然、彼女はこう言った。
「私と、お付き合いしてくれませんか?」
トヌーは、もう驚いた。彼女の家系は魔創家だ。貴族階級の一族である。トヌーは、他の人と婚約するように勧めたが、彼女は「あなたしか考えられない」と言った。トヌーが「いいよ」と返事をすると、彼女は早速、屋敷へと連れていった。
最初は彼女の父も、「付人になるなら」と娘のトヌーとの付き合いを、渋々承諾した。
だが、大公はあることを知る。トヌーがその仕事に向いていたことを。
真面目な性格で、親しみやすい雰囲気。なにより、嘘をつかない。
これを見た大公は、娘の付き合いの話を、結婚まで持ち出した。
この話をどこから聞いたのか、娘――シルレは、トヌーに言った。
「じゃ、そうしようか」
軽く見えるが、彼の瞳は真剣なものであった。時間がそうさせたのだろうか。
そして、大公はトヌーを屋敷に住まわせることにした。いつの間にか、シルレの部屋はトヌーと一緒に住む空間となった。そして、二人の仲は深まっていった。
そして、これから五年後――トヌーの二十八年の生涯に幕を閉じた。




