再び踏む土地
タクは汽車に揺られていた。
あの場所、ネペロ地方に行っているのだ。あれから、神父は定期的に連絡をくれるようになった。それによると、「以前より喋るようになった」そうだ。
また、昨日の電話では
「アヤがあのムチを出し入れできるようになりました。それに、私と話している影響なのか、言葉も流暢になりまして。以前よりは明るくなったと思います。よければ、明日が暇ならアヤのためにも顔を出しに来てください」
汽車を降りて、またネペロ地方の地を踏む。
「相変わらず……」
瓦礫が至る所に散らばっている。この状況はまだ改善されていないようだ。
駅前を見てみると、足だけが乗っている石の台座が見える。
(あれが、「キー」の像かな……)
「ごめんくださーい」
教会の扉を開けて一声かける。
出てきたのは、神父ではなくアヤだった。
「いらっしゃい」
神父が言ったように、言葉が流暢だ。それに、枝のように細かった腕も普通くらいになっている。初めて会った時とは大きな違いだ。だが変わらず白いワンピースのような大きい服を着ている。
遅れて神父が出てきた。
「タクさん。ようこそいらっしゃいました。しかし、翌日に来るとは、驚きです」
「その、魔法団も暇ですから」
あえて、魔物の単語は出さないようにした。またこの前みたいにアヤが失神してしまうかもしれないからだ。
突然、アヤは腕からムチを出現させる。
「おー、すごいじゃん」
その反応に、アヤは神父を見る。
「ごめんなさい。嬉しくて、報告してしまいした……」
言葉から、アヤの成長を心の底から喜んでいるようだ。タクは自然と口がほころんだ。
「なにもないですが、ゆっくりしていってください」
タクは教会の書庫にいた。魔法団の屋敷ほどではないが、ある程度の魔歴書はあった。
(もしかすると、「キー」に関する本があるかもしれないし)
「…………ん?」
本棚に本一冊分の隙間があった。
本を広げると、また古い言葉が使われていた。
「……わからない」
「…………教えてあげよっか?」
横からアヤが現れた。
「え、分かるの?」
「うん。よく滝の近くの図書館で読んであから、それに、ここの書庫からこっそり本を取ってたし」
ぎっしりと詰められていた本棚に、隙間があったのはそう言うことかと謎が解けた気分になる。
「じゃあ、お願いしようかな」
アヤは広げられている本の文を指差す。
「ここは、『キー』が水を飲んだとこだね。簡単に言うと、ネペロ地方に入った『キー』は急に喉を乾かして、慌ててこの滝の水を飲んだってことだね」
「……ふーん。でも、こんな小話みたいなのを、大げさにこんな分厚い本にするかな?」
「神話とか伝承なんてそんなものだよ。小話から話は大きくなるものもあるんだから」
「なるほど。あ、その滝に行ってみたいかも……」
段々言葉が小さくなる。
(あれ、これ言っていいやつかな?)
「…………」
アヤは黙り込む。
「ちょっと、聞いてくる」
「え……」
タクは呆気に取られて見る。
しばらくして、アヤは帰ってくる。
「いいって。でも、『瓦礫があるかもしれないから、靴は履いてください』だって」
二人はその滝に行く。アヤはコートを羽織っている。
何十メートルから落ちてくる滝は問題なく流れているが、滝の端には瓦礫が散らかっている。
「……ねぇ」
「…………ん?」
アヤが声をかけ、タクは反応する。
「神父様、私のムチについて、他になにか言ってた?」
「……いや、出し入れが自由なことしか」
「じゃ、よかった」
アヤは腕を広げ、魔法のムチを取り出し、グルグルと振り回す。
「…………ん?」
そして、アヤはムチをビュッと振り、瓦礫をキャッチして、二人がいる方に引き上げる。
「こうすれば、滝が綺麗になるよ」
「なるほど。いい提案だね」
タクはカノンから教わった飛行魔法を使い、瓦礫を拾って、陸地に運ぶ。
(まさか、一ヶ月くらいで「特殊魔法」を使うとは。まさか、才能があるのかも)
「…………ねぇ、タク」
初めて、アヤが自分の名前を呼んだ。
「え、なに?アヤ」
「その、飛ぶ魔法。私にも教えて」
「…………」
(なんか、不思議だな)
ちょっと前までは、平たく言えば、自分をめちゃくちゃにした魔法大戦争にも、魔法は使われていたのに、自分から魔法を学びたいなんて。
「うん。じゃあ、これがひと段落したら教えてあげるよ」
「うん」
双眼鏡で、二人の光景をのぞいている人物がいる。
「さぁ、どうやって復讐してやろうか」
双眼鏡を取って現れたのは、ピンクの瞳。
ロキだ。
「ミミ様」
ミミの前に、ルシファーが現れる。
「ん?どうしたの?ルシファー」
ミミは呑気にチョコレートを食べている。
「ロキを知りませんか?昨日から見ていないんです」
「え?」
ミミは目をつむり、ロキの視界を見る。
「あー、ネペロ地方にいるね」
「まさか、あの時の失態を拭うために……」
「へぇ」
ミミは椅子から立ち上がる。
「それ、いいじゃん」
「……はい?」
『ロキ』
ロキの頭に、ミミの声がする。
「……ミミ様。何の用ですか?」
少し怒り気味に言った。
『君、あの二人に復讐したいんでしょ?』
「…………えぇ、そうです」
『ならさ、いいことを思いついたんだー』
「……なんでしょうか」
『もう一回ネペロ地方を破壊するんだよ。そうすれば、アヤも魔法大戦争の記憶がフラッシュバックして、また前みたいな根暗な子になるでしょ?』
ロキは悪魔のような笑みを浮かべる。
「あなたの配下でよかったです」




