<上>切望
*注意:発作や薬等、病気を連想させる表現があります。苦手な方はブラウザバック推奨です
王家の末っ子として産まれ、両親からも、年の離れた兄姉からも可愛がられ何不自由なく育ってきた。
ずっと疑問だったのは、私の首筋を見て表情が曇ったり、悲しそうな顔をすることがあるということ。
気になって聞いても、濁すばかりで誰も教えてくれなくて、騒いで困らせたことも多かった。13歳になった日に王家にとっての番の存在の説明がされて、全てが繋がった。番がいなければ生命維持も難しくなるみたいで、王家重すぎるでしょ……
番がいない私は、このまま番が見つからなければ、本能に呑まれ狂う日がいつか来るのだなと思ったけれど、身体にも心にも異常はないし、全く実感がなかった。
13歳の終わり頃に、寝る前に体の調子がおかしいなと思ったけれど、公務が忙しかったこともあって疲れているだけだと思っていた。
朝起きれば、体が重いし苦しくて起き上がることが出来なかった。そして、大切なものが欠けている感じがして、不安で仕方がない。呑まれそうで、こわい。
呼び鈴を鳴らして侍女を呼んだのに、なぜか遠くから家族を呼ぶように伝える必死な声が聞こえ、意識は闇に沈んだ。
「あぁ、シャー……良かった! もう、ダメかと……」
「ん……? かあさま? ……泣いてるの?」
頭を撫でられる感覚で目が覚め、視線の先では泣き崩れる母の姿。視線を上げれば、父や兄姉の姿もあり、安心と不安が混ざった表情で見つめられ居心地が悪い。
私は発情期を無理やり薬で抑えた副作用でしばらく眠っていて、その間に14歳を迎え、一斉検査が行われたという。一斉検査は、王家の子供が産まれた際と、獣王国民が誕生した時、番の居ない王家の子供が14歳を迎える一ヶ月程前から行われるものがある。兄姉は産まれた際の検査で番が見つかり、14歳では行われなかったから、久しぶりに行われたことになる。
年齢や性別に関わらず、番のいない獣人は全て対象で、国外に出ている獣人も例外はない。期限内に、国境付近の街に検査の為立ち寄ることが義務付けられている。
悲痛な表情の父から、検査結果が揃ったけれど、私と適合する番は見つからなかった、と聞かされた。
目覚めたばかりで頭が回らなかったけれど、先生達に優秀だと言われ、無駄に記憶力の良い私は過去に番が見つからなかった王族の末路を思い出してしまい、乾いた笑いが漏れた。
「皆顔色が悪いよ。詳しくは先生から聞くから、休んで? 私は大丈夫だから」
強がって、渋る家族を部屋から追い出した。残ったのは、王家の主治医である先生と、助手をしているお孫さん。
「シャーロット様、頭痛や吐き気など、何か症状はありますか?」
「ううん、大丈夫。投与された薬って、1番軽いもの? 効果が期待できるのは長くても1年くらいであってる?」
「……研究者たちが色々調べていますが、過去の資料と照らし合わせると、薬の強さに関わらずその程度かと」
「強い薬に変えていってどれくらい持つかだけど、生き地獄だって記録が残ってたもんなぁ……はは、絶望的……」
思わず声が漏れた。
「シャーロット様……」
「あー、ごめん。ちょっと今、感情が制御できないかも。下がっていいよ」
威圧が漏れてしまって、苦しそうにしながらも深く頭を下げて退室した2人を見送って、大きくため息を吐いた。薬が効いている間は、普段と同じように生活ができると記録に残っているし、きっと大丈夫。心配をかけないように、いつも通り元気いっぱいな私でいよう。
*****
「ーっ、は、はぁ……ぁ……」
薬の効果が弱まってきて定期的に起きる軽い発作に苦しみながら、身体を丸めて必死に威圧を抑える。あまり眠れなかったし、昔の夢を見ていた気がする。
痛みと苦しさ、不安定な心、本能に呑まれそうな恐怖といったぐちゃぐちゃな状態に陥るのは何度繰り返しても慣れない。威圧が抑えきれていないのが分かるから、離宮に移してもらって正解だった。
公務を減らしてもらい、研究者に混ざり過去の文献調査や、新薬を開発して自分で試したり、副作用の記録を残してきた。少しでも、後世の役に立つといいなと思う。もちろん、みんな番が見つかるのが1番だけれど。
幸い、薬との相性が良かったのか、成人を迎えることができて、まだ命を繋いでいる。それでも、薬の副作用で身体はボロボロだし、耳もしっぽも艶がない。自慢の毛並みだったのになぁ。
最近は軽い発作が頻発してあまり眠れないから、きっと隈も酷いことになっているだろう。これ以上強い薬の開発は間に合っていないし、あとどれだけ、理性を保っていられるだろうか。手の届く距離に万が一の時の薬の用意もあるから、被害は出さずに済むことを願う。最初に発見することになるであろう先生には先に謝ってあるけど、もうあんまり持たないかも、って伝えておかないと。威圧がキツイはずなのに、最後まで診察をする、と絶対に譲らないんだもんなぁ。
「シャー、起きているかい?」
「フィル兄様。どうしたの?」
ドアがノックされ、王太子のフィル兄様の声がする。匂いや威圧は遮ってくれる扉だけれど、防音ではなく、種族柄耳はとても良いから開けなくても会話に支障はない。姿を見せたくなくて、しばらく先生以外の入室を断っているから、扉越しの会話に付き合ってくれている。
「シャーの番が見つかった」
「え……?」
つがいがみつかった……? え、つがい? ……番??
「期待させてはいけないからシャーには隠していたけれど、大規模な再検査を行っているんだ。国境付近での検査で、発作を起こした時のフェロモンとの適合者が出たそうだ」
「……発作の時のフェロモン? 発情期と通常のフェロモンが違ってるってこと?」
「所長曰く、フェロモンの変質ではないかと言っていたが、詳しくは分からないと」
えぇ、そんなのあり? 諦めかけていた番が見つかったことはもちろん嬉しいけれど、会ってもらえるか分からないし、会ってもらえたとしても番になってもらえない可能性もある。それに、相手が望んでくれても私が受け入れられない可能性だってあるし、通常のフェロモンと一致しないなら、発情期を終えた後は……? 番になれれば、フェロモンが混ざり合うから問題はないけれど、なれなかった場合は発情期以外でも番だって認識してもらえるの? ……いや、番になれなかったなら発情期でもそれ以外でも関係ないのか。
「こちらに向かっていると聞いているから……待っていて欲しい」
「ありがとう」
フィル兄様は少しの間ドアの前にいたけれど、私がそれ以上言葉を発しなかったら戻って行った。
染めてもらえるかな……
ゆっくりと身体を起こし、首筋の紋章に触れる。思わず呟いた言葉は、情けないくらい震えて弱々しかった。
どれくらい経ったのか、フィル兄様と、聞いた事のない女性の声がした。色っぽい、大人のお姉さんという感じでとんでもなく良い声。匂いは分からないけれど、声を聞くだけで身体が熱くなってくる。発作が起きそうな予感に、強く胸を押さえる。これで治まるとはとても思えないけれど、少しはマシだと信じたい。
扉が開き、目に入るのは艶やかな漆黒に、アンバーの瞳。番だと確信すると共に、甘い香りが漂って番とはこんなにいい匂いがするのだと驚く。家族から番に出逢えば遺伝子レベルで分かると聞いていて本当かななんて思っていたけれど、本当だった。今すぐに駆け寄って抱きしめたいのに、弱った身体では難しくてもどかしい。
見つめ合っていれば、目の前の番は深呼吸をして、すぐに苦しそうに目をつぶった。息を整えているのが分かって、私で興奮してくれているのなら嬉しいな、なんて。
「……っ、レイラと申します……っ、近づいても構いませんか」
「レイラ……っ、はぁっ、レイラ……近くに……」
早速教えてもらった名前を呼び近くに来て欲しいと手を伸ばせば、嬉しそうに目が細められて、直ぐに傍に来てくれた。フェロモンにあてられているはずなのに、とても優しい目をしていて、私が受け入れられないかも、という不安は瞬時に消え去った。
優しく手を取り絡められて、触れ合ったところから、欠けていたものが少しずつ満たされていく。触れ合うだけでこんなにも気持ちが良くて、発情期が来たらどうなってしまうのだろう。
このまま、身体も心も全てレイラのものにして欲しい。
「は……、私を番にしていただけますか」
「っん、レイラがいい」
荒い息を整えながら、番にしてくれるか、と聞いてくれた。本能のまま襲われたって仕方の無い状況なのに、意志の強さに驚いた。
兄様が抑制剤を渡していたとはいえ、すごい精神力。私が弱っていなければきっと押し倒していたと思う。
「ぁぁ……血液でよろしいですか? それとも、キスをお許しいただけますか」
「……っ、は……ぁ、キス、がいい」
「ぐっ」
体液の交換方法を確認され、キスをねだれば、レイラが呻いた。
そっと唇が触れたのに、すぐに離れてしまって寂しい。
私の様子を確認するために離れたようで、優しさにキュンとする。
再び唇が重ねられ、唾液を交換するように舌を絡められる。混ざり合い、自分の体が作り替えられていくように感じる。首筋が熱を持ち、レイラに染めて貰えたのだと喜びが胸に広がる。
「レイラ、染まった? 何色……?」
「オレンジに染まっています」
「へへ、オレンジかぁ、レイラの瞳の色に近いのかな? 嬉し……レイラ、ありがとう」
紋章を撫でて微笑みかければ、レイラが幸せそうに笑った。その表情を見た途端、心臓の鼓動が早くなりレイラのことしか考えられなくなった。レイラに触れられたい。
「ひっ、んぁ……」
発情期が始まったのが分かり、縋るように見上げれば、レイラも感じ取ってくれたようでギラついた目がしっかり見つめ返してくれた。触られていないのに視線だけで快感を感じてしまい、もう耐えられなかった。
「レイラ……はぁ……っ、なまえ、よんで?」
「ん゛っ……はぁ……っ、シャーロット様?」
「や」
「んん……シャー? ロッテ? ロッティ? どれがいいですか?」
「んっ、ロッティがい……けいごもっ、いらないからぁっ、も……ほし……」
「ロッティね。分かった」
「んっ……」
考える間もなく求める言葉が飛び出して、早く触れて欲しいという感情でいっぱいになる。いい声で名前が囁かれ、もう我慢なんて出来そうにない。身体も心もレイラのものにして欲しくて、理性が溶けていった。
 




