最終話「新しい働き方と、みんなの未来」
1. 六ヶ月後の変化
春の陽射しが心地よい4月、異世界転職相談センターは大きく様変わりしていた。
「おはようございます!」
センター長に就任したみらいが、明るく挨拶をする。彼女の机には「国家資格キャリアコンサルタント合格通知書」が飾られていた。
「おはよう、センター長」
副センター長の田中暗夜が資料を整理しながら応える。彼は簿記2級に合格し、さらに行政書士の勉強も始めていた。
「今日の予定は?」
「午前中は異世界労働基準法制定委員会の最終会議、午後はドラゴン労働組合との団体交渉です」
「ドラゴンさんたち、最近すっかり労働者の権利に目覚めちゃいましたね」
二人が微笑み合っていると、田中雷蔵が颯爽と現れた。彼は異世界労働基準監督署の初代署長として、現代日本と異世界を行き来する多忙な日々を送っていた。
「おはよう、二人とも。今日でいよいよ異世界労働基準法が施行されるな」
「はい!長かった準備期間でしたが、ついに実現ですね」
2. それぞれの新しい道
山田炎蔵は佐川急便を退職し、「異次元宅配便株式会社」を設立していた。
「『魔王城まで30分でお届け』がキャッチフレーズなんだ」炎蔵が誇らしげに新しい制服を見せた。「従業員は元魔族が中心で、みんな労働基準法を守って、週休2日、有給休暇完備だ」
「すごいじゃないですか!起業家になったんですね」みらいが拍手した。
「まあ、元フレイムの経験を活かした仕事だからな。ただし、今度は経営者として従業員の労働環境を守る責任がある」
氷川冷はコンビニ店長から転身し、「異世界文化交流センター」の職員になっていた。
「スライムさんたちが日本のコンビニ文化に興味を持ってくれてね。今度は向こうで『スライムマート』を開店するんだ」冷が企画書を広げた。「もちろん、異世界労働基準法に基づいて、適正な労働条件でね」
3. 記念すべき法案施行日
午前10時、異世界労働基準法制定委員会の最終会議が開催された。
「本日をもって、『異世界労働基準法』が正式に施行されます」雷蔵が宣言した。
会議室には、勇者、魔王、ドラゴン、エルフ、ドワーフなど、様々な種族の代表が集まっていた。
「第1条:異世界における労働者は、種族、職業を問わず、適正な労働条件の下で働く権利を有する」
「第2条:勇者業務における無償奉仕の強要を禁止し、危険手当を含む適正な報酬の支払いを義務付ける」
「第3条:魔王及び幹部職は、部下に対するパワーハラスメントを行ってはならない」
各条項が読み上げられるたび、会場からは感嘆の声が上がった。
「これで、『世界を救って無給』なんて理不尽な求人は無くなりますね」元勇者の青年が安堵の表情を浮かべた。
「うむ、我々魔王側も、部下の労働環境改善に努めねばならんな」元魔王の老人がうなずいた。
4. ドラゴンとの歴史的な団体交渉
午後、センター会議室では史上初の「ドラゴン労働組合との団体交渉」が行われた。
「我々ドラゴン族は、これまで『財宝の管理』を無償で行ってきました」組合代表の赤ドラゴンが炎を吐かないよう注意しながら発言した。「しかし、これは立派な警備業務です。適正な報酬を求めます」
暗夜が丁寧に対応する。
「確かにおっしゃる通りです。財宝管理は高度な専門性を要する警備業務として認定いたします」
「また、『勇者との戦闘』についても、これは危険業務手当の対象とすべきです」
「承知いたしました。命の危険を伴う業務については、労働基準法第36条に基づき、適切な危険手当をお支払いします」
交渉の結果、ドラゴン族の労働条件は大幅に改善されることになった。
5. 一年前を振り返って
夕方、センターの屋上でみらいと暗夜が並んで座っていた。
「一年前は想像もできませんでしたね、こんな風になるなんて」みらいが夕焼け空を見上げた。
「そうですね。僕も魔王として君と戦っていた頃は、まさか一緒に労働相談を受ける日が来るとは思いませんでした」
「でも、良い方向に変わりましたよね。みんな、それぞれの場所で輝いている」
「ええ。雷蔵さんは監督署長として異世界の労働環境改善に奔走し、炎蔵さんは起業家として新しいビジネスを創造し、冷さんは文化交流の架け橋になった」
「私たちも、転職活動を通じて本当にやりたいことを見つけられました」
暗夜が微笑んだ。「キャリアコンサルタントとして、多くの人の人生に関われるのは素晴らしいことです」
「元魔王が人生相談に乗るなんて、最初は誰も信じてくれませんでしたけど」
「今では異世界で一番人気のキャリアコンサルタントですからね」
6. 新たな挑戦
その時、センターに緊急連絡が入った。
「大変です!今度は『未来世界』からの転職相談が来ています!」受付のスライムが慌てて報告した。
「未来世界?」
「はい!『AI時代の働き方改革について相談したい』そうです」
みらいと暗夜は顔を見合わせた。
「また新しい挑戦ですね」みらいが立ち上がった。
「ええ。でも、これまでの経験があれば大丈夫でしょう」暗夜も立ち上がった。
「時代は変わっても、働く人の権利と尊厳を守る基本は変わりませんから」
7. みんなの未来へ
翌朝、拡張された異世界転職相談センターには、過去・現在・未来のあらゆる時代から相談者が訪れていた。
「異世界転職相談センターです、田中がお答えします」暗夜が電話を取る。
「あの、恐竜時代の狩猟業から転職したいのですが...」
「承知いたしました。まず、現在の労働環境についてお聞かせください。残業時間や休日出勤の状況はいかがでしょうか?」
隣のブースでは、みらいが未来人の相談を受けていた。
「AIとの協働について不安なんです」
「大丈夫ですよ。どの時代でも、技術の進歩と共に働き方は変化します。大切なのは、その変化に柔軟に対応しながらも、働く人としての基本的な権利は守り続けることです」
雷蔵は多次元労働基準監督署として、あらゆる時空の労働問題に対応していた。
「今日は石器時代、江戸時代、そして遥か未来の2525年からの監査が入っています」
炎蔵の異次元宅配便は、今やマルチバース対応の大企業に成長していた。
「恐竜時代からビッグバンまで、確実にお届けします!」
冷の文化交流センターも、時空を超えた交流拠点として発展していた。
「今日は縄文人の文化交流イベントです」
夕暮れ時、センターの庭でみんなが集まっていた。
「乾杯!」
「異世界転職相談センター1周年記念、おめでとうございます!」
「この一年で、何人くらいの転職支援をしたんでしょうね?」さくらが尋ねた。
「正確には数えられませんね」暗夜が笑った。「過去から未来まで、すべての時代を含めると...」
「まあ、数字じゃないよな」炎蔵が豪快に笑った。「大切なのは、みんながより良い働き方を見つけられることだ」
「そうそう、働く喜びを感じられることが一番だ」冷がうなずいた。
「私たちも、魔法少女や魔王として戦っていた頃より、今の方がずっと充実してるもんね」みらいが微笑んだ。
「ええ、本当の『敵』は悪い労働環境だったんですね」暗夜が深くうなずいた。
雷蔵が立ち上がった。
「じゃあ、みんなで誓おう。どんな時代の、どんな世界の人でも、働く人として尊重される社会を作り続けることを」
「はい!」
五人が手を重ねた。
元魔法少女、元魔王、元四天王たち。
かつて敵味方に分かれて戦った彼らは、今や最高のチームメイトだった。
空の向こうから、今日もどこかの時代、どこかの世界から転職相談の声が聞こえてくる。
「大丈夫、私たちがいる限り、働く人の権利は守られる」
みらいが魔法の杖を握りしめた。これは戦うための杖ではない。人々の夢を支える、希望の杖だった。
新しい明日へ向かって、異世界転職相談センターの挑戦は続いていく。
〜 完 〜




