第5話【昇進試験と謎の穴の真相】
「おはようございます!」
月曜日の朝、コールセンターに元気よく出勤するみらい。しかし、田中暗夜の席は空いていた。
「田中さん、今日はお休みですか?」みらいが雷蔵に尋ねる。
「ああ、実は昇進試験の面接なんだ」雷蔵が資料を整理しながら答えた。「都庁の主任級への昇進試験。筆記は通過したから、今日が最終面接だよ」
「すごいじゃないですか!元サンダー将軍の実力発揮ですね」
「いや、実際は労働基準法と災害対策マニュアルの暗記が大変でね。魔法で雷を操るより、書類の稟議を通す方がよっぽど難しいよ」
一方、田中暗夜はハローワークの相談コーナーにいた。
「コールセンターでの実績は申し分ないですが、正社員を希望されるなら、もう少し幅広いスキルが必要かもしれませんね」
相談員の言葉に、暗夜は深くうなずいた。
「そうですね。Excel、Word、PowerPointは基本的な操作はできますが、まだまだ勉強が必要です」
「あと、簿記3級でも取られてはいかがでしょうか?経理事務なら正社員の求人も多いですし」
「簿記...ですか。暗黒魔法の計算式より複雑そうですね」
「ははは、大丈夫ですよ。資格取得支援制度もありますから」
2. 穴の底からの異変
同じ頃、問題の謎の穴では異変が起きていた。
「おい、見てみろよ!」
佐川急便の配達中に穴を通りかかった山田炎蔵(元フレイム)が、穴の底を指差した。
「なんか...光ってないか?」
氷川冷(元フロスト)がコンビニの休憩時間に駆けつけた。
「確かに怪しい光だな。昨日までこんなじゃなかった」
二人が覗き込むと、穴の底から微かに紫色の光が漂っている。
「これって...まさか魔族の気配?」炎蔵が眉をひそめた。
「いや、違う。これは...転移魔法の残滓だ」冷が氷の結晶で光を分析した。「誰かが異世界から何かを転移させた痕跡がある」
「まずいな。雷蔵に連絡した方がいいんじゃないか?」
「そうだな。でも今日は昇進試験だろ?」
「...仕方ない、コールセンターに連絡するか」
3. 緊急事態とチームワーク
コールセンターに緊急連絡が入った。
「はい、謎の穴対策本部コールセンターです」みらいが電話に出る。
「あ、みらいちゃん?炎蔵だ。穴の底で異変が起きてる。転移魔法の痕跡があるんだ」
「え?転移魔法って...」
「詳しい説明は後だ。とりあえず現場に来てくれるか?雷蔵は昇進試験だし、暗夜も不在だろ?」
みらいは時計を見た。午前10時。コールセンターの業務時間中だ。
「あの、すみません課長」みらいは臨時で配置された都庁職員に相談した。「緊急事態が発生したようなんですが...」
「緊急事態?どの程度の?」
「転移魔法の痕跡が検出されたそうです」
課長は青ざめた。「それは...労災認定される案件ですね。すぐに現場へ向かってください。ただし、安全装備は必ず着用すること。労働安全衛生法第20条に基づき、危険作業には適切な保護具の着用が義務付けられています」
「は、はい!」
4. 現場検証と意外な真相
現場に駆けつけたみらいは、完全装備で穴の調査を開始した。ヘルメット、安全ベスト、安全靴、そして念のため魔法少女の杖も携帯している。
「みらい、どうだ?」炎蔵が心配そうに尋ねる。
「うーん、確かに転移魔法の痕跡がありますね。でも、これって...」
みらいが魔法で詳しく分析すると、意外な事実が判明した。
「これ、魔族のものじゃありません。むしろ...人間界から異世界への転移痕跡です」
「え?」
「つまり、誰かがこの穴を使って異世界に行ったってこと?」
その時、穴の底から声が聞こえてきた。
「す、すみません!助けてください!」
三人は顔を見合わせた。
「人がいる?」
「とりあえず救助しましょう。でも労働安全衛生法に基づき、専門の救助隊を...」
「待ってろ!今助ける!」炎蔵が元フレイムの力で穴の中に炎の階段を作った。
穴の底にいたのは、スーツを着た中年男性だった。
「ああ、助かった!実は昨日、この穴から異世界に転職面接に行ってたんですが、道に迷ってしまって...」
「転職面接?異世界の?」
「はい。『勇者募集・未経験者歓迎・学歴不問』という求人を見つけて。でも実際に行ってみたら、ブラック企業でした。『無給で魔王討伐』『残業代なし』『有給休暇制度なし』って言われて...」
みらいたちは呆然とした。
「それで逃げてきたんですか?」
「はい。労働基準法を知らない世界は危険です。現代日本の労働環境の方がよっぽどまともでした」
5. 雷蔵の昇進と新たな体制
夕方、昇進試験から戻った雷蔵が良いニュースを持ってきた。
「合格した!来月から主任級だ!」
「おめでとうございます!」みんなが拍手した。
「給与も月3万円アップだ。ボーナスも年4.5ヶ月分に増える」
暗夜も資格取得の相談から戻ってきた。
「僕も簿記3級の勉強を始めることにしました。ハローワークの職業訓練で、受講料は無料だそうです」
「それはいいことだな」雷蔵がうなずいた。「で、今日の穴の件はどうなったんだ?」
.みらいが一連の出来事を説明すると、雷蔵は考え込んだ。
「つまり、この穴は異世界への転職ルートになってるのか。これは都庁として正式に管理する必要がありそうだな」
「管理?」
「ああ。『異世界転職相談窓口』として制度化するんだ。ただし、労働条件の事前チェックと、労働基準法に基づく最低限の労働環境保証が前提条件だ」
「すごいですね、それって画期的じゃないですか?」
「まあ、異世界の労働環境改善が目的だけどね。勇者も労働者の権利は守られるべきだ」
6. 新しい日常
翌日から、謎の穴対策本部は「異世界転職相談センター」として生まれ変わった。
暗夜は職業訓練に通いながら、週3日コールセンターでアルバイトを続けることになった。
「異世界転職相談センターです、田中がお答えします」
「あの、勇者の求人を見つけたんですが、労働条件について相談したくて...」
「承知いたしました。まず確認させていただきますが、その求人に給与の明記はございますか?」
「え、給与?勇者って無償奉仕じゃないんですか?」
「いえいえ、勇者も立派な職業です。適正な対価を受け取る権利があります」
一方、雷蔵は主任級として、異世界労働基準法の制定プロジェクトリーダーに任命された。
「将来的には、異世界と現代日本の労働協定を結びたいですね」雷蔵が企画書を作成しながら呟く。
炎蔵は佐川急便での配達業務の傍ら、異世界への荷物配送サービスの実験的導入を提案していた。
「『魔王城まで宅配します』ってキャッチコピーはどうでしょう?」
冷はコンビニ店長として、異世界からの観光客向けの商品開発を進めていた。
「ポーション風エナジードリンクと、魔法の杖みたいなパン、結構売れてるんですよ」
みらいは夕日を見ながら、魔法少女の杖を眺めていた。
「転職活動、思わぬ方向に発展したなあ」
隣にいた暗夜が微笑んだ。
「でも、悪くないですね。異世界も現代社会も、働く人の権利は大切にされるべきです」
「元魔王が労働者の権利を語るなんて、面白い時代になりましたね」
「ええ。でも考えてみれば、魔王だって労働者でした。部下の管理、経営戦略、勇者対策...かなりの激務でしたから」
「確かに!」
二人は笑い合った。
新しい時代の始まりを告げるように、謎の穴からは今日も転職相談の声が聞こえてくる。
異世界と現代社会をつなぐ架け橋として、元魔法少女と元魔王の転職支援業務は続いていくのだった。