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第4話「謎の穴と元魔王のコールセンター勤務」


「おはようございます!」


NPO法人「希望の光」のオフィスに、みらいの元気な声が響いた。しかし、今日はいつもと様子が違う。事務局長の田村さやかが慌ただしく電話をかけており、白井光も深刻な顔でパソコンの画面を見つめている。


「おはよう、星野さん。ちょっとこれを見てもらえる?」


光が振り返ると、画面には都内の航空写真が映っていた。昨日発見された謎の穴が、一晩で直径200メートルまで拡大している。


「うわ、すごく大きくなってる…」


みらいが呟く間に、キラリンが肩に飛んできた。


「これはただ事じゃないリン。魔力の残滓を感じるリン」


「魔力?でも魔王はもう…」


「田中くん、すまないが君にも来てもらえるかな」


田村の電話が終わると、オフィスに見知らぬ声が響いた。いや、みらいにとっては見知らぬ声ではない。震え上がるほど聞き覚えのある、あの声だった。


「失礼します。東京都危機管理局の田中と申します」


ドアから入ってきたのは、紺のスーツを着た30代の男性だった。短く刈り揃えた髪、真面目そうな眼鏡、そして…


「あれ、どこかで…」


みらいが首をかしげた瞬間、男性は苦笑いを浮かべた。


「ああ、やはり。星野みらいさん、でしたね。田中雷蔵と申します。旧名…サンダー将軍です」


オフィスが静寂に包まれる。キラリンは目を丸くし、光は口をぽかんと開けている。


「サ、サンダー将軍!」


「はい。都の危機管理局で、異常事象対応課の課長をしております」


元ダークネス軍幹部は慣れた様子で名刺を取り出し、みらいに差し出した。


「公務員…なんですね」


「ええ、公務員試験は3回落ちましたが」


田中(元サンダー将軍)は苦笑いを浮かべながら説明を始めた。ダークネス軍幹部として討伐された後、現世に戻ってみると身分証明書も何もない状態だった。ハローワークで就職相談をし、最初は民間企業を受けていたが、面接で「前職で部下を率いた経験は?」と聞かれて「雷撃部隊1000体を指揮していました」と正直に答えたところ、精神的な問題を疑われて不採用。


「それで、異常事象に詳しいということで都庁に拾っていただいたんです。元幹部の知識と経験が、意外にも都政に役立つとは思いませんでしたが」


「すごいですね、田中さん。ちなみに…年収は?」


「みらい!」キラリンが慌てて止めたが、田中は苦笑いで答えた。


「都の給与表に基づいて、年収約600万円です。軍幹部時代は給料という概念がありませんでしたので、むしろ安定していて良いですね」


「住民税とか、ちゃんと払ってるんですか?」


「もちろんです。社会保険も厚生年金も。確定申告も税理士さんに頼んで適切に」


真面目すぎる元魔王の姿に、みらいは複雑な気持ちになった。


「それで、その穴の件なんですが」


田中が本題に入ると、表情が引き締まった。


「実は昨夜から、都の災害対策本部に苦情の電話が殺到しているんです。『穴のせいで電波が悪い』『地価が下がる』『観光客が来て困る』…その対応で手が回らなくて」


「観光客…来るんですか?」光が困惑した表情で聞いた。


「SNSで『#謎の穴』がトレンド入りして、見物客が押し寄せているんです。屋台も出始めて、もうお祭り騒ぎです」


田村が額に手を当てた。「それで私たちに何を?」


「実は、コールセンター業務を手伝っていただきたいんです。都の職員だけでは対応しきれなくて。NPOということで、市民対応に慣れていると思いまして」


こうして、みらいたちは急遽、都庁の臨時コールセンターでアルバイトをすることになった。時給1200円、労働時間は8時間以内、15分休憩ありという、きちんとした労働条件だった。


「では、マニュアルを確認して…」


田中が説明を始めた時、みらいのスマホが鳴った。


「あ、氷川くんから。『コンビニ前にも穴の見物客が来て大変リン。差し入れ持っていく』って」


「優しいですね、氷川さん」田中が微笑んだ。「彼とは転職活動中に知り合いまして。元四天王同士、就職の苦労を語り合ったものです」


「田中さんも転職活動大変だったんですね」


「ええ。特に志望動機を聞かれるのが辛くて。『雷撃戦術の経験を活かして、都民の皆様のお役に立ちたい』と言っても、なかなか理解してもらえなくて」


電話対応の研修が始まった。田中は意外にも電話応対が上手く、クレーマーにも冷静に対応していた。


「申し訳ございません。穴の撤去時期については、現在調査中でして…はい、ご不便をおかけして本当に申し訳ございません」


そんな中、新しいオペレーターがやってきた。


「失礼します。本日からアルバイトさせていただく、田中暗夜と申します」


振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。黒いスーツに身を包んだ30代後半の男性で、どこか威厳のある雰囲気を漂わせている。


「あ、あなたは…」


「ええ。元魔王ダークネスです。現在は無職でして、こちらでアルバイトをさせていただくことになりました」


みらいと光は顔面蒼白になった。


「ダ、ダークネス!あの魔王の…」


「『元』です。今は田中暗夜。時給1200円の契約社員です」


元魔王は慣れた様子で席に着くと、電話対応マニュアルを手に取った。


「それでは、電話対応の練習をしてみましょう」田中雷蔵(元サンダー将軍)が説明を始めた。


しばらくして、田中暗夜(元ダークネス)の電話が鳴った。


「はい、東京都災害対策本部でございます。田中暗夜が承ります」


相手はかなり怒っている様子で、大声が受話器から漏れ聞こえてくる。


「穴のせいで近所が騒がしい!すぐに何とかしろ!」


「申し訳ございません。ご不便をおかけして…」


「謝罪なんていらない!今すぐ穴を消せ!お前に権力はないのか!」


一瞬、田中暗夜の目が光った。みらいはヒヤヒヤしながら見守った。昔なら一瞬で相手を消し炭にしていただろう。


しかし、田中暗夜は深呼吸すると、穏やかに答えた。


「お客様のお気持ち、よく理解できます。私も以前は…いえ、私どもも迅速な解決を望んでおります。現在、専門チームが24時間体制で調査しており、進捗は随時ホームページで更新しております。何かご質問がございましたら、いつでもお電話ください」


「う、うん…そ、そうか…」


相手の怒りが収まったのがわかった。


「お忙しい中、貴重なご意見をありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします」


電話を切ると、オフィス内が静まり返った。


「す、すごいですね、闇野さん」みらいが恐る恐る声をかけた。


「以前は力で全てを解決していましたが、今は言葉の力を学んでいます。人間社会は、なかなか奥深いものですね」


一方、みらいは苦戦していた。


「あの、その、穴が埋まる日程は…え?私が魔法で埋めろって?いえ、そういうわけには…」


「星野さん」田中暗夜が手を挙げた。「電話を代わりましょう」


「お忙しい中お電話ありがとうございます。田中暗夜と申します。魔法での解決についてですが、現在、都の条例により個人の魔法使用は規制されております。しかし、お客様のご要望は重要な問題提起として、関係部署に報告させていただきます」


流暢な説明に、みらいは感心した。


「田中さん、すごく電話対応上手ですね」


「前職では、配下の魔物や他の魔王からの報告、交渉事が日常でした。ただし、以前は気に入らない相手は消滅させていましたが」


みらいは冷や汗をかいた。


「今は『お客様は神様』精神で対応しています。実際、人間の怒りや不安に寄り添うことは、世界征服よりもよほど難しいものです」


昼休憩の時間になり、氷川が差し入れのおにぎりを持ってやってきた。


「お疲れ様です。田中雷蔵課長もお久しぶりです。それと…」


氷川の視線が田中暗夜に向いた。


「お初にお目にかかります。氷川冷と申します。以前は…フロストと」


「おお、フロスト殿!」田中暗夜の顔がパッと明るくなった。「お元気でしたか!私のことは覚えていらっしゃいますでしょうか。ダークネスです」


「ダークネス様!」氷川が深々と頭を下げた。「ご無沙汰しております」


「今は田中暗夜です。時給1200円で働かせていただいております」


4人で昼食を取りながら、それぞれの転職体験談に花が咲いた。


「私なんて、面接で『前職の退職理由は?』と聞かれて『勇者に討伐されまして』と答えちゃって」田中雷蔵が苦笑いした。


「僕も『なぜ当社を志望?』で『世界を救う経験を活かしたくて』と言ったら『うちは商社ですが』って」光も笑った。


「私は最初の面接で『志望動機は?』と聞かれて『世界征服の経験を人類の発展に活かしたい』と答えて、面接官が青ざめてました」田中暗夜が恥ずかしそうに言った。


「私は『チームワークの経験は?』で『妖精と協力してました』って答えて、『ペットとの関係性は聞いてません』って言われたよ」


「ペットって失礼リン!」キラリンが憤慨した。


午後の電話対応中、事件が起こった。謎の穴から、巨大なスライムが這い出してきたのだ。


「これは…レベル3の災害です」田中雷蔵が立ち上がった。「避難誘導と現場封鎖を…」


「あの、田中課長」みらいが手を挙げた。「私たち、スライム退治の経験があります」


「田中さんも」光が田中暗夜を指して付け加えた。


田中暗夜は静かに立ち上がった。「昔なら一瞬で消滅させていましたが…今は適切な手順を踏みましょう」


「しかし、君たちはもう一般市民で…」


「大丈夫です。労災保険に入ってますから」光がにっこり笑った。


「労働基準法第68条により、危険業務には適切な安全措置を」キラリンが真面目に付け加えた。


結局、みらいたちは臨時職員として正式に災害対応業務に従事することになった。時給は1500円に昇給し、危険手当も支給された。


スライム退治は30分で完了。特に田中暗夜の冷静な指揮と、経験者たちの連携が光った。


「昔は力任せでしたが、今はチームワークの大切さがよくわかります」田中暗夜がスライムの残骸を片付けながら言った。


「労働安全衛生法に基づいて、適切に処理しましょう」田中雷蔵が書類を準備した。


「この穴、まだ何かありそうですね」みらいが穴の縁で呟いた。


「調査を続けましょう。幸い、予算は確保できそうです」田中が資料を見ながら答えた。「都議会で緊急予算が可決されましたので」


夕方、コールセンター業務を終えた4人は、氷川のコンビニで反省会をした。


「にしても、田中さんが一番お客様対応上手でしたね」みらいがお茶を飲みながら言った。


「元魔王なのに、すごく人当たりが良くて驚きました」


「人間社会で学んだことです。力で解決するより、相手の気持ちを理解する方が難しく、そして価値があることだと」田中暗夜が答えた。


「それでも時給1200円かー」光がため息をついた。


「公務員は安定してるけど、アルバイトは時給制だからな」氷川がレジ打ちしながら答えた。「田中雷蔵課長は年収600万だけど」


「でも、みんなちゃんと働いてるんですね。なんだか感動です」


「そうリンね。昔なら世界の存亡をかけて戦ってたのに、今は労働基準法を守って8時間労働リン」キラリンがしみじみと言った。


「時代は変わったんだよ、キラリン」


みらいがそう言った時、店の入り口のベルが鳴った。


「いらっしゃいませ…あ」


入ってきたのは、見覚えのある顔だった。元ダークネス軍の幹部「炎帝のフレイム」だったが、今は宅配業者の制服を着ている。


「よう、フロスト。仕事お疲れ様」


「フレイム…今は?」


「山田炎蔵。佐川急便でドライバーやってる。今日はこの辺り配達でさ」


また一人、元幹部が現代社会に適応して働いていることがわかった。


「みんな頑張ってるんですね」みらいが微笑んだ。


「ああ、俺たちなりにな。ただ…」山田(元フレイム)が急に真剣な顔になった。


「実は気になることがあって。最近、配達先で変な噂を聞くんだ。『新しい災害が起きる』って」


「新しい災害?」


「詳しくはわからないが、あの穴と関係があるかもしれない。気をつけろよ、みんな」


山田は配達物を置くと、急いで店を出て行った。


残された5人は顔を見合わせた。


「新しい災害か…」氷川が呟いた。


「まさか、私たちがまた戦わなきゃいけないの?」


「その時は、適切な労働契約を結んでからにしましょう」田中暗夜が真面目に言った。「危険手当と労災保険は必須です」


「でも今度は、労働基準法に守られた戦いになりそうリン」


キラリンの言葉に、みらいたちは苦笑いした。魔法少女も勇者も元軍幹部も元魔王も、今や労働者。もし新たな敵が現れても、きっとワークライフバランスを保ちながら戦うことになるだろう。


翌朝、みらいがNPOに出勤すると、田村から緊急連絡があった。


「星野さん、大変なの。穴の底から、巨大な影が確認されたって都庁から連絡が」


「影?」


「それと、田中暗夜さんから連絡があったの。『コールセンター業務を継続したい』って。時給1200円でも満足してるみたい」


みらいは微笑んだ。元魔王が時給1200円の仕事に満足しているなんて、平和な時代になったものだ。


「あ、それと時給が1300円に上がったから」


「それは良いニュースですね」


こうして、謎の穴騒動はまだ続く。そして元ファンタジー世界の住人たちの転職活動も、まだまだ続くのだった。



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