第3話「同僚は元勇者」
第1章 平和すぎる日常に異変あり
NPOで働き始めて2週間。みらいは毎日充実した日々を送っていた。
「星野さん、お疲れさまです!」
「田村事務局長、お疲れさまでした!」
「明日は新しいスタッフが入ってくるので、よろしくお願いしますね」
「新しいスタッフですか?」
「ええ、とても優秀な方なんです。経歴が少し変わってますけど...」
みらいは首を傾げた。NPOに入ってくる人の経歴なんて、みんな変わってるものじゃないのだろうか。自分だって相当変わっているし。
帰宅途中、氷川のコンビニに寄る。これが最近の日課になっていた。
「いらっしゃいませ」氷川が営業スマイルで迎える。
「お疲れさま、氷川さん」
「今日も遅いな。NPOは激務か?」
「そんなことないよ。明日新しい人が入るんだって」
氷川がレジを打ちながら言う。「最近、転職市場が活発だな。うちのバイトも『もっとやりがいのある仕事を』って辞めていく」
「やりがい...」
「まあ、コンビニ店長も悪くないがな」氷川が真面目な顔で続ける。「深夜に酔っ払いが絡んできても、昔なら氷漬けにしていたところを、今は『お客様、お会計をお願いします』と丁寧に対応する。成長を感じる」
「...それは確かに成長ね」
キラリンがみらいの肩で呟く。「昔の方が効率的だったような気もするけど...」
「でも今度、酔っ払い対応マニュアルの研修があるんだ」氷川が真剣に言う。「『お客様に氷の槍を向けてはいけません』という項目があるらしい」
「...それ、氷川さん専用のマニュアルじゃない?」
第2章 謎の新人現る
翌朝、NPOの事務所に向かうと、見覚えのあるシルエットが...
「あれ?」
金髪で長身、どこか見覚えのある後ろ姿。振り返ったその顔を見て、みらいは声を上げそうになった。
「勇者ライト...?」
「やあ、プリンセス・ステラ」爽やかな笑顔で手を振る金髪青年。「久しぶりだね」
キラリンが慌てる。「みらい!あの人、10年前に魔王を倒した勇者よ!」
「え、ちょっと待って...」みらいが混乱する。「勇者ライトって、確か魔王倒した後、行方不明になったんじゃ...?」
「色々あってね」ライトが苦笑いする。「実は僕も就職活動してたんだ」
田村事務局長が現れる。「あ、星野さん!紹介しますね。新しいスタッフの白井光さんです」
「白井...光?」
「よろしく、星野さん」ライトが営業スマイルで握手を求める。「ライト(Light)を日本語にして光にしました」
みらいとキラリンが顔を見合わせる。
「白井さんは災害救助に関して豊富な経験をお持ちなんです」田村が説明する。
「災害救助...」
「はい!魔王城崩壊の際の避難誘導とか...」ライトが言いかけて、慌てて言い直す。「あ、えっと...建物倒壊時の避難誘導の経験があります!」
「すごいですね!」田村が感心する。「どちらで?」
「え、えっと...映画の撮影で...特撮の...」
またこのパターンか、とみらいが心の中で呟く。
田村が目を輝かせる。「特撮!素晴らしいですね。最近のCGI技術はすごいですからね」
「あ、はい...CGI...」ライトが困惑する。「でも僕の時代は全部実写で...って、実際のアクションで!」
「実際のアクション?スタントマンですか?」
「まあ、そんなところです...」
第3章 昼休みの告白大会
昼休み、みらいとライトは近くの公園で向き合って座っていた。
「それで、勇者ライトがなんでNPOに?」
「実はね...」ライトが遠い目をする。「魔王を倒した後、『勇者』って職業がなくなっちゃったんだ」
「え?」
「平和になったから、勇者の需要がゼロになった。ハローワークに行っても『勇者?ファンタジー業界ですか?』って言われるし」
キラリンが同情する。「それは辛いわね...」
「最初は警備会社に就職したんだ。『危険から人を守る』って意味では似てるかなって思って」
「それで?」
「初日に『不審者発見!』って報告したら、『お客様に向かって聖剣を抜くな』って怒られた」
「あー...」
「『でもこの人、魔族の気配が...』って説明したら、『お客様を魔族呼ばわりするな』って」
「...確かにそれはダメよ」キラリンがツッコむ。
「次に建設会社に入った。『世界を築く』って響きが良いかなって」
「今度は?」
「『この岩、邪魔ですね』って言って、魔法が使えないから素手で殴り壊したら、『重機を使え』って...」
「それはそれで問題よ!普通の人間は素手で岩を壊せないの!」
みらいが頭を抱える。「私たち、社会常識なさすぎない?」
「君の面接はどうだった?」
「私も散々だったよ...『世界を救ってました』って言ったら、『どちらの平和団体ですか?』って聞かれて」
「それでなんて答えたの?」
「『魔法少女として』って言っちゃった」
「...それは君の方がひどいかも」
「でも君の場合、『前職の上司は?』って聞かれて『神様』って答えたでしょ?」
「そう!」ライトが身を乗り出す。「『どちらの神社ですか?』って聞き返されて、『天界の...』って言いそうになって慌てて『天神様です!』って」
「学問の神様になっちゃった...」
「面接官が『じゃあ頭良いんですね』って期待の目で見てくるし...実際は脳筋なのに」
「筆記試験とかあった?」
「あった!『この問題、剣で斬れば解決しません?』って聞いたら、面接官が困った顔になった」
二人で苦笑いする。
「でも、やっとここで落ち着けそうだ」ライトが空を見上げる。「君もいるし、心強いよ」
「こちらこそ!元勇者と元魔法少女のコンビね」
キラリンが横で呟く。「なんか、リストラされた中高年みたいな会話してるわよ、あなたたち...」
第4章 初任務は重労働
午後、みらいとライトでの初めての共同作業が始まった。
「今日は被災地支援物資の搬送作業です」田村が説明する。「重い荷物もあるので、お二人にお願いします」
「任せてください!」ライトが腕まくりする。
「頑張ります!」みらいも立ち上がる。
搬送作業現場にて。
「重いな、この段ボール」普通の人間の力で運ぼうとするライトが苦戦している。
「昔なら片手で持てたのに...」
「私も...変身すれば楽々だったのに」みらいも息を切らしている。
「あの、お二人とも」田村が台車を持ってくる。「道具を使えば楽ですよ」
「あ...そうですね」ライトが苦笑いする。
「私たち、発想が古いのかも」みらいが反省する。
「でも体力はありそうですね」田村が感心する。「普通の人なら一人で運べない重さですよ、それ」
ライトとみらいが顔を見合わせる。まだ普通の人より体力があるらしい。
その時、氷川が差し入れを持って現れた。
「お疲れさま。コンビニ弁当だが、昼食にどうぞ」
「氷川さん!ありがとう」
「おお、君は...」ライトが氷川を見て驚く。「フロスト?」
「今は氷川だ。コンビニ店長をしている」
田村が興味深そうに見る。「あら、皆さんお知り合いですか?」
「え、えっと...」みらいが慌てる。「同じ業界で...」
「特撮関係ですね」ライトが助け舟を出す。
「へえ、氷川さんも?どんな役を?」
氷川が真面目に答える。「氷の悪役でした」
「悪役!かっこいいですね」
「ええ、毎回主人公たちに倒される役でしたが」
みらいとライトが冷や汗をかく。
第5章 平和な日常に忍び寄る影
夕方、3人で近くの定食屋に向かった。
「お疲れさまでした!」
「今日も良い仕事でしたね」ライトが満足そうに言う。
「人助けは、魔法がなくてもできるものですね」みらいが感慨深く言う。
氷川が静かに言う。「敵も味方もなく、同じ目標に向かって働く...悪くない」
「なんか、昔より仲良くなった気がする」みらいが嬉しそうに言う。
「それは間違いないな」ライトが豪快に笑う。「昔は君を守る立場だったけど、今は同僚だ」
「氷川さんは昔、私の敵だったけどね」
「今思えば、お互い仕事だったからな」氷川が振り返る。「個人的な恨みはない」
「仕事...」ライトが呟く。「確かにそうだったかも」
キラリンがしみじみ呟く。「平和って素晴らしいわね...でも、ちょっと刺激が足りないかも」
その時、テレビで緊急ニュースが流れる。
「本日午後、都内で原因不明の巨大な穴が出現。専門家も首をひねる異常事態で...」
3人の視線がテレビに集まる。
「...まさか」みらい。
「新しい敵?」ライト。
氷川が溜息をつく。「平和な日常は長く続かないものだな」
「明日、現地を見に行ってみましょうか」みらいが提案する。
「NPOとして市民の安全確認...名目は十分だ」ライトが頷く。
「僕も休憩時間に様子を見に行こう」氷川が言う。
キラリンが嬉しそうに言う。「やっと新しい事件ね!退屈してたのよ」
「キラリン、あなた平和を望んでなかったの?」みらいが呆れる。
「平和は大切よ!でも、ちょっとした冒険もスパイスよ♪」
こうして、元魔法少女、元勇者、元敵幹部の3人は、新たな事件に巻き込まれようとしているのだった...が、今度は労働基準法と社会保険に守られながら。