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第1話「25歳、実家暮らし、職歴なし」


「これで最後よ、ダークネス!」


夜空に響く少女の声。星野みらい、15歳から10年間プリンセス・ステラとして戦い続けてきた魔法少女が、ついに宿敵との決着をつける時が来た。


「スターライト・フィニッシュ!」


光の柱が闇を貫く。大魔王ダークネスの断末魔が響き渡り、世界に平和が戻った。


「やったね、みらい!」桃色の妖精キラリンが喜びの声を上げる。


しかし、勝利の余韻もつかの間。みらいの体から魔法の光が消えていく。変身が解け、セーラー服姿の少女は25歳の女性へと戻った。


「あれ...?変身が...」

「お疲れさま、みらい。君の使命は終わったんだ」


いつの間にか現れた光の女神が微笑んでいた。


「これからは普通の人間として生きるのよ。10年間、本当にお疲れさまでした」


光に包まれ、みらいの意識は遠のいていった。


### 第1章 現実という名の最終ボス


「みらいちゃ〜ん、朝ごはんよ〜」


母親の声で目が覚めた。見慣れた自分の部屋—といっても、中学時代からほとんど変わっていない子供部屋だ。ピンクの壁紙に、アイドルのポスター、勉強机の上には15歳で中退した時のままの教科書が積まれている。


「うーん...あ!」


昨夜の記憶が蘇る。ダークネスを倒した。世界を救った。そして、魔法を失った。


「キラリン?キラリン!」


慌てて辺りを見回すと、枕元にぽつんと桃色の妖精が浮いていた。しかし、その表情はいつもの明るさとは程遠い。


「おはよう、みらい」

「キラリン!良かった、夢じゃなかったのね。私、やったのよね?世界を救ったのよね?」

「ええ、お疲れさま。本っ当にお疲れさま」


なぜかキラリンの声に棘がある。


「あのさ、みらい。一つだけ聞かせて?」

「何?」

「あなた、今何歳?」

「25歳だけど...」

「最終学歴は?」

「高校中退...」

「職歴は?」

「魔法少女を10年間...って、あ」


みらいの顔が青ざめていく。キラリンは溜息をついた。


「そう。25歳、高校中退、職歴なし、実家暮らし。しかも『こどもべやおばさん』歴10年♪ 完璧なスペックじゃない〜」


「え...」


「魔法少女、本当にお疲れさまでした。10年間タダ働き、心からお疲れさまでした〜。時給換算したら0円よ?コンビニバイトの方がマシじゃない?」


「で、でも世界平和のためだったから...」


「みらい」キラリンがくるりと宙返りしながら言う。「あなたが世界を救ったのは事実よ。でもね、『やりがい搾取』って言葉、知ってる?」


「やりがい...?」


「そう!『世界平和のために〜』『みんなのために〜』って甘い言葉で無償労働させるブラック企業の常套手段よ。あなた、完全にカモられてたのよね〜」


「ひどい言い方...」


「でも事実よ?今度は自分自身を救う番!世界平和も大切だけど、みらいちゃんの将来の方がもっと大切なの。だって私、みらいと一緒じゃないと生きていけないもん♪」


現実という名の最終ボスが、みらいに容赦なく攻撃を仕掛けてきた。


第2章 家族という名の現実


「みらいちゃん、朝ごはん冷めちゃうわよ〜」


重い足取りでリビングに向かうと、既に父と母が朝食をとっていた。


「おはよう、みらい」父親の星野健一(52歳・会社員)が新聞から顔を上げる。「昨夜遅かったみたいだけど、バイトでも始めたの?」


「あ...えっと...」


みらいは言葉に詰まる。まさか「世界を救ってました」とは言えない。


「みらいちゃんももう25歳なのよね」母親の美代子(48歳・パート主婦)が心配そうに言う。「お友達はみんな就職して結婚してる子もいるのに...」


「わ、わかってる...」


「それに、最近近所の奥さんたちにも色々言われちゃって...」美代子が困った顔をする。「『星野さんとこのお嬢さん、まだお仕事されてないんですって?』って」


みらいの胸に痛みが走る。


「お父さんだって会社で肩身が狭いのよ?『娘さん、何してるんですか?』って聞かれて『えっと...自分探し中で...』って誤魔化すのも限界があるわ」


健一が溜息をつく。「みらい、そろそろ真剣に就職を考えないか?このままじゃ...」


「わかってるよ!」みらいが声を荒げる。「わかってるけど...でも私は...私は世界を...」


「世界を?」両親が首を傾げる。


「あ、いえ...何でもない」


みらいは俯いた。自分の10年間の戦いを、誰も理解してくれない。いや、理解してもらえるはずがない。


「とりあえず、今日ハローワークに行ってみる」

「そう?それが良いわ」美代子がほっとした表情を見せる。「お母さんも安心するわ」


第3章 ハローワーク地獄変


午後、みらいは重い足取りでハローワークの扉を開けた。平日の昼間にも関わらず、中は求職者で溢れていた。


「初回相談の方ですね」受付の女性職員(40代・眼鏡)が機械的に対応する。「こちらの書類に記入してください」


履歴書を受け取ったみらいは、相談ブースで記入を始めた。


**氏名:** 星野みらい

**年齢:** 25歳

**住所:** 実家住所

**最終学歴:** ○○高等学校中退(平成○年3月)

**職歴:**


ペンが止まる。何を書けばいいのだろう。


「うーん...」みらいが悩んでいると、キラリンが提案する。


「『フリーランス・エンターテイナー』って書けば?嘘じゃないし」

「でも何の芸を?」

「変身芸とか?」

「それただのコスプレイヤーじゃない!」

「じゃあ『アクション俳優』は?スタントなしで空中戦やってたし」

「そんな映画出てない!」


結局、みらいは震える手で「なし」と書いた。


**資格・特技:**

- 変身(3秒で完了)

- 光線技(スターライト・フィニッシュ他12種)

- 空中浮遊(最高高度500m)

- テレパシー(動物との会話可能)

- 怪物退治(撃破数1,247体)


「みらい、これ履歴書よ?RPGのステータス画面じゃないのよ?」

「じゃあ何て書けばいいの?」

「普通に『英会話』とか『パソコン』とか...」

「できないよ!」

「...『体力には自信があります』は?」

「それだ!」


「次の方〜」


名前を呼ばれ、みらいは相談窓口へ向かった。担当は田中という名札をつけた中年女性だった。


「星野みらいさんですね。履歴書を拝見させて...」田中の表情が曇る。「えーっと...25歳で高校中退、職歴なし...この10年間は何をされていたんですか?」


「あの...フリーランスでエンターテイメント関係の...」


「エンターテイメント?」田中が興味深そうに身を乗り出す。「芸能関係ですか?」


「は、はい...子供向けの...ヒーローショーみたいな...」


「なるほど!それは立派なお仕事ですね」


みらいとキラリンが顔を見合わせる。意外に好反応だ。


「どんな役をされていたんですか?」


「え、えっと...正義の味方で...悪と戦う...」


「素晴らしい!子供たちに夢を与える大切なお仕事ですね」


調子に乗ったみらいが続ける。「毎日のように怪物と戦って...」


「怪物?着ぐるみの怪獣ですね?」


「はい!すごく大きくて...時には空中戦もあって...」


「空中戦!ワイヤーアクションですか?すごい本格的ですね!」


キラリンが「調子に乗りすぎよ」と警告するが、みらいは止まらない。


「必殺技もたくさんあって、スターライト・フィニッシュとか...」


「技名まで!プロですね〜」


「でも無収入で...」


田中の表情が一変。「...無収入?10年間?」


「あ...」


「ボランティア活動だったということですか?」


「え、えーっと...そう、ボランティアです!」


「10年間無償で子供たちのために...」田中の目に涙が浮かぶ。「なんて献身的な...」


みらいは混乱した。これは好転したのだろうか?


田中の視線が明らかに冷たくなった。みらいは心の中で叫ぶ。『魔王軍より怖い...』


キラリンがみらいの耳元で小さく囁く。「大丈夫、みらい。こういう人はどこにでもいるの。あなたの価値を決めるのは他人じゃない。めげずに頑張りましょう」


「25歳まで親の脛をかじって...」田中が小声で呟く。「困ったものですね...」


みらいが萎縮しそうになった時、キラリンが励ますように言う。「みらい、堂々としなさい。あなたは10年間、誰よりも責任感を持って働いてきたのよ。その経験は必ず活かせるから」


「す、すみません...」


「まあ、とりあえず職業訓練校への参加をお勧めします。あと、アルバイトからでも職歴を作ることが大切です」


「はい...」


「それと」田中が付け加える。「面接では正直に話すことです。変な嘘をつくと必ずバレますから」


みらいが落ち込みそうになったが、キラリンが支えるように言った。「正直は大切よ。でも、伝え方を工夫すればいいの。あなたの経験を社会で通用する言葉に翻訳するのよ」


第4章 面接という名の公開処刑


**1週間後・IT企業の面接**


面接前、キラリンがアドバイスする。「みらい、今度は『エンターテイナー』で通すのよ。絶対に『敵』とか『戦う』とか言っちゃダメ!」


「わかった!」


「星野さん、これまでのお仕事について教えてください」


面接官の質問に、みらいは胸を張って答える。


「はい!10年間、エンターテイメント業界で子供たちに夢と希望を与える仕事をしてました!」


「素晴らしいですね。具体的にはどのような?」


「毎日、悪の組織と...」キラリンが慌てる。「あ、えっと...ライバル会社との熾烈な競争の中で...」


「ほう、競争が激しい業界なんですね」


「はい!時には命懸けで...」またキラリンが警告。「あ、いえ...プロ意識を持って取り組んでました!」


「残業は大丈夫ですか?」


「はい!夜中の3時まで怪物と...」キラリンが頭を抱える。「あ、えっと...深夜3時まで着ぐるみの中で格闘シーンの練習をしてました!」


「すごい努力家なんですね!チームワークはいかがですか?」


「仲間が死んでも...」キラリンが必死に手を振る。「あ、仲間が倒れても...あれ?倒れるのもダメ?」


キラリンが小声で「『仲間が疲れても』にしなさい!」


「仲間が疲れても決して諦めずに励まし合います!」


「素晴らしい!何か質問はありますか?」


みらいが真剣な顔で聞く。「こちらの会社は、悪の組織に狙われたりしませんか?」


「...は?」


キラリンが「もうダメだこの子...」と天を仰ぐ。


「あ、いえ...業界的にライバル会社からの妨害工作とか...」


「うーん...特にないですね」


面接後、キラリンが愚痴る。「みらい、あなたって学習能力ないの?なんで毎回『悪の組織』って言葉が出てくるのよ?」


「だって気になるじゃない!万が一、怪物が襲ってきたら...」


「もう魔法使えないでしょ!普通の会社員になるのよ?」


「あ、そうだった...」


**2週間後・ブラック企業の面接**


キラリンが事前に警告する。「みらい、この会社、求人票の条件が怪しいのよ。気をつけなさい」


「うちは厳しい会社だよ?毎日終電、土日出勤当たり前だけど大丈夫?」


「世界の命運がかかったプレッシャーに比べれば...」


面接官の目がキラリと光る。


「サービス残業もあるけど文句言わない?」


「10年間無報酬で働いてました」


「素晴らしい!君みたいな人材を探してたんだ!」


キラリンが慌てて囁く。「みらい!これはダメよ!労働基準法を盾にしなさい!」


「あ、でも労働基準法は守っていただきたくて...」


面接官の表情が一変。


「君、生意気だね。結果は後日連絡する」


面接後、キラリンが褒める。「よくやったわ、みらい!あんなブラック企業に入らなくて正解よ。あなたの価値を正当に評価してくれる会社は必ずあるから」


**3週間後・保険会社の面接**


「生命保険についてどう思われますか?」


「死んでも蘇生できる場合は必要ないのでは?」


「...蘇生?」


「あ、いえ...医療技術の発達で...」


「当社の死亡保険は業界最高水準でして...」


「でも魔法で治せるなら...」


「魔法?」


面接終了。


第5章 絶望と決意の間


3週間で10社の面接を受け、全て不採用。みらいは自分の部屋で布団をかぶって丸くなっていた。


「みらい〜、夕飯よ〜」母親の声が聞こえるが、返事をする気力もない。


「もうダメ...私、社会不適合者なのかも...」


「大丈夫よ〜」キラリンがみらいの頭の上でくるくる回りながら慰める。「みらいはただちょっと...社会に毒されてないだけよ!ピュアすぎるのが問題なの」


「それって遠回しに『世間知らず』って意味?」


「まあ、そうね♪」キラリンがあっけらかんと答える。「でも、それって長所でもあるのよ?今の世の中、みらいみたいな純粋な人って貴重なの」


「でもそれじゃ就職できない...」


「確かにね〜。普通の会社には向いてないかも」キラリンが考え込む。「みらいに必要なのは、その純粋さを理解してくれる職場よ!」


「そんなところあるの?」


「絶対あるわよ!だって、みらいほど『人のために』って本気で思える人、そうそういないもん。その気持ちを活かせる場所は必ずある!」


キラリンがぐるぐる回りながら熱く語る。「世界を救った経験は伊達じゃないのよ!今度は就職活動で世界を...いや、自分の人生を救うの!」


「なんか壮大になってる...」


「細かいことは気にしない!とりあえず明日も頑張りましょ♪」


「でもさ、みらい」キラリンが逆さまになりながら言う。「あなたって面接で毎回同じ質問するわよね?」


「え?どんな?」


キラリンがみらいの真似をして低い声で言う。「『こちらの会社は悪の組織に狙われませんか?』」


「...言ってる」


「『怪物が襲ってきたらどうしますか?』」


「...言ってる」


「『魔法が使えなくても大丈夫ですか?』」


「それは言ってない!」


「あ、それは心の中でね」キラリンがくすくす笑う。「でも、その心配性な部分も含めて、みらいらしさなのよ。きっと、その真剣さを理解してくれる人たちがいるわ」


「本当かな...」


「本当よ!魔法少女として戦ってた時の気持ちを思い出して。何のために戦ってたの?」


みらいは考え込んだ。


「...困ってる人を助けたい、って思ってた。みんなを笑顔にしたいって」


「それよ!」キラリンが嬉しそうにループ飛行する。「その気持ちは魔法がなくても変わらないでしょ?」


「でも魔法がないと力不足で...」


「みらい、あなたね〜」キラリンが呆れたように言う。「10年間、毎日のように化け物と戦って、一度も負けなかったのよ?それだけでも十分すごいじゃない」


「でも今は変身できないし...」


「変身なんかしなくても、みらいはみらいでしょ?大丈夫、きっと道は開けるわよ♪」


その時、リビングからテレビの音が聞こえてきた。


「...NPO法人による被災地支援活動が続いています。ボランティアの皆さんは『困っている人の役に立てて嬉しい』と話しています」


みらいの目が輝いた。


「NPO...」


「どうしたの?」


「キラリン、私...もう一度頑張ってみる」


「その意気よ!」キラリンが応援する。「今度は、みらいの気持ちを理解してくれる人たちのところに行きましょう」


みらいは布団から飛び出し、パソコンに向かった。


「NPO 求人」で検索すると、いくつかの団体が職員を募集していた。


「『NPO法人 希望の光』職員募集。困っている方々の支援に情熱を持って取り組める方を求めています...」


みらいの心に、久しぶりに希望の光が差し込んできた。



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