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第二篇 みぐぜんの轍(了)

 ミズチに壊されたオオタ号の部品が村では手に入らず、取り寄せ品が届くまで村に逗留する羽目になってしまった。


 正信(まさのぶ)御館(おやかた)家に泊めてくれるものの、当主の澄江(すみえ)が逮捕されたきっかけを作ったミカサとしては、どうにも居心地が悪い。

 昼間は自然と神社に入り浸る時間が増えた。


「山頂にあった石碑なあ。そこに御神体のことが彫られてたんじゃな?」

「ええ。重五郎(じゅうごろう)さんはそれを見つけたことで、村の歴史の空白部分が全て分かってしまったんでしょうね」


 ヤエコに頼めば、石碑をここまで運んでもらうことも出来るかもしれない。

 だが、神社自体がいずれ移設されるのだ。わざわざ二度手間を踏むこともあるまい。




 御館家に戻ると、正信に呼び出された。

 RAV調査の報酬について相談があるという。

 ヤエコとトゥエルブは別に同席する必要も無いのだが、暇を持て余しているのかミカサに付いてきていた。


「元々そこまで羽振りがいいわけでもないんですが、事件の遺族への賠償問題とかありまして……。資産の現物でお支払いしても良いかどうか、ご相談をと。もちろん、色は付けさせてもらいます」


 ――現物支給か。


 色を付けると言っても、取り引きのあれやこれを考えると、正信が損をすることはないのだろう。

 現物で了承するかは、ものによるとしか言いようがない。が、金額上はミカサにも損はないらしい。

 商売の上手い男だ。


 最初に会った頃の怯えは、正信の目から消えている。

 そこには、商売人としてのしたたかな光が宿っていた。

 村の経済を支えるのは御館様でも長老たちでもなく、村長であるこの男なのだ。


「実は、誰も買い手が付きそうにないものがありまして……。資産価値自体は高いので、ミカサ君ならきっと扱えるだろうと。そう思ったのですが」

「それは何ですか?」

()()()()です。どうでしょう……?」


 一瞬、場が静まり返った。


「人を何人も轢き殺したクルマ、売ろうとすんなよ……」ミカサはぼそりと言う。

「道具に罪は無いんじゃなかったのですか」と、ヤエコ。

「是非そうしましょう。オートマなら私も運転できますし」一人だけ明るい声。


 トゥエルブが運転できるから、なんだと言うのか。





 加納(かのう)は、駐在所で溜息を吐いた。


 村人たちの多くは、立ち退きの準備を始めている。

 引っ越し先が決まった者から、順に村を離れていく。

 今日もまた、駐在所に挨拶をしに来た者を見送ったところだった。


「この調子だと、またすぐ再配置じゃねえか……」


 人口が百人を切れば、駐在所そのものが無くなることも多い。

 近隣からの巡回のみに切り替えられる日も、そう遠くはないだろう。


「黄昏れてんなあ、加納さんよ」


 そう言って顔を出したのは、乙松(おとまつ)


「人が減っていくのは、寂しいもんですね」

「まあなあ。ワシももう少し様子を見たら行くつもりだがよ。一杯やるか?」


 乙松は酒瓶を出した。


「本官は勤務中なんですが……」





 人類拠点・神保町――


 配線三笠の入った雑居ビルの前には、修理を終えたオオタ号が佇んでいる。

 砂漠迷彩色の、地味ともいえるその車体の横には、ひときわ目立つ深紅色のボディ。

 RAV-AHMハイドラモーター、《ヒュドラ》が停められていた。


 その店舗を、一人の客人が訪れる。

 袖丈の短い軍服に機械義肢、進駐軍所属の金髪少女。


「今日の仕事はもう上がりました。一緒にごはんを食べましょう」


 トゥエルブは差し入れの食材を台所に広げると、手際よく調理を開始する。


「ラヂオ異常、結局不明のままなんだってな」

「そうなんですよー」


 元々、西多摩郡のラヂオに入るノイズが《遺物案件》なのではないか、というのがトゥエルブからの依頼であった。

 捕らえたミズチのナノマシンを解析しても、例のノイズとは一致しなかったという。

 だがその後、該当地区での異常はぴたりと止まった。


 ミズチからの間接的な影響があったのかもしれない。

 そう推測されたまま調査は打ち切られ、この案件は終了となった。


「今日のご飯はなんですか?」


 外をほっつき歩いていたヤエコが、ひょいと顔を出す。


「デザートコカトリスの鶏鍋です、ヤエコさん」


 デザアトコカトリス――二十三区の砂漠地帯に出現する、凶悪なニワトリである。

 大ぶりで肉厚なその身は、野生の滋味に溢れていると評判が高い。

 食べて当たったら石化するという、まことしやかな都市伝説も存在する。


 終末前、国内では主食の米こそ安定していたが。それ以外の副食物資に乏しく、食卓は単調になりがちだった。

 イイルディングを経て、終末存在――とりわけ動植物型の個体を捕獲・調理する技術が発達する。

 米の流通が細った一方、食卓の彩りが却って豊かになったのは不幸中の幸いか。


「いただきます」


 トゥエルブは不慣れな箸に苦戦しているものの、食事は和やかに進む。

 話題は進駐軍の仕事や通勤、宿舎について。


「通勤、面倒そうです」


 そうのたまったヤエコは雑居ビルの上階で寝起きしているので、通勤時間は徒歩(ゼロ)分。

 それを聞いて、羨ましそうにトゥエルブが言う。


「もうここから通ってもいいですかあー」

「いいですよ」

「勝手に決めんなって……」


 トゥエルブの職場は人類拠点・有楽町にあるGHQ本部。

 皇居を中心に地図を広げたとき、その南東側に有楽町、北西側に神保町。

 緑の広がる皇居外苑を挟んで、両者はほぼ対角線上に位置している。

 RAVで数分の距離だった。




 夜も更け、シャッタアも下ろされた雑居ビル前。

 誰も乗っていないはずの車体から、微かな音が聴こえてくる。

 車載ラヂオのスピイカアからは、ノイズ混じりの音声で――


『ここがいい――やっと、見つけた』


 まるで瞬きをするように、ウインカアがちかちかと点滅する。

 やがてその輝きも消えると――

 ヒュドラは再び、眠りに就いた。




  《暴走RAV》――

  人類が終末に抗うべく開発したRAVに、寄生型ナノマシンが侵入。

  自律行動・意思反応・暴走・そして最後の自爆。

  この終末存在は『暴走RAV』と呼称されるが、今なお謎多く、

  現在までの捕獲成功・回収例は統計上ゼロに等しい。


  ――扶栄堂書店刊『幻秘探訪録』連載「終末峠バトル最速伝説」

               第七回《リッター財団秘蔵車録》より




みぐぜんの轍(了)




《引用文献》

 本篇の構成にあたり、以下の文献を参照した(順不同)

  『幻秘探訪録』(扶栄堂書店刊)

  ・特集「封じられた集落誌」

  ・連載「終末幻味録」

    第十一回《オール・アバウト・タンポポ》

  ・連載「終末ラヂオ怪録」

    第三夜《送信塔のささやき》

    第六夜《帰還者の声紋》

  ・連載「終末峠バトル最速伝説」

    第四回《世界チキンレース大全》

    第七回《リッター財団秘蔵車録》

  ・短期集中連載「実録!模倣者喧嘩列伝七番勝負」

  中原神社旧碑「社鎮始記」

  《GHQ/P.Y.S.E.規格文書66E「技術備忘録」》

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