第二篇 みぐぜんの轍(了)
ミズチに壊されたオオタ号の部品が村では手に入らず、取り寄せ品が届くまで村に逗留する羽目になってしまった。
正信は御館家に泊めてくれるものの、当主の澄江が逮捕されたきっかけを作ったミカサとしては、どうにも居心地が悪い。
昼間は自然と神社に入り浸る時間が増えた。
「山頂にあった石碑なあ。そこに御神体のことが彫られてたんじゃな?」
「ええ。重五郎さんはそれを見つけたことで、村の歴史の空白部分が全て分かってしまったんでしょうね」
ヤエコに頼めば、石碑をここまで運んでもらうことも出来るかもしれない。
だが、神社自体がいずれ移設されるのだ。わざわざ二度手間を踏むこともあるまい。
御館家に戻ると、正信に呼び出された。
RAV調査の報酬について相談があるという。
ヤエコとトゥエルブは別に同席する必要も無いのだが、暇を持て余しているのかミカサに付いてきていた。
「元々そこまで羽振りがいいわけでもないんですが、事件の遺族への賠償問題とかありまして……。資産の現物でお支払いしても良いかどうか、ご相談をと。もちろん、色は付けさせてもらいます」
――現物支給か。
色を付けると言っても、取り引きのあれやこれを考えると、正信が損をすることはないのだろう。
現物で了承するかは、ものによるとしか言いようがない。が、金額上はミカサにも損はないらしい。
商売の上手い男だ。
最初に会った頃の怯えは、正信の目から消えている。
そこには、商売人としてのしたたかな光が宿っていた。
村の経済を支えるのは御館様でも長老たちでもなく、村長であるこの男なのだ。
「実は、誰も買い手が付きそうにないものがありまして……。資産価値自体は高いので、ミカサ君ならきっと扱えるだろうと。そう思ったのですが」
「それは何ですか?」
「ヒュドラです。どうでしょう……?」
一瞬、場が静まり返った。
「人を何人も轢き殺したクルマ、売ろうとすんなよ……」ミカサはぼそりと言う。
「道具に罪は無いんじゃなかったのですか」と、ヤエコ。
「是非そうしましょう。オートマなら私も運転できますし」一人だけ明るい声。
トゥエルブが運転できるから、なんだと言うのか。
*
加納は、駐在所で溜息を吐いた。
村人たちの多くは、立ち退きの準備を始めている。
引っ越し先が決まった者から、順に村を離れていく。
今日もまた、駐在所に挨拶をしに来た者を見送ったところだった。
「この調子だと、またすぐ再配置じゃねえか……」
人口が百人を切れば、駐在所そのものが無くなることも多い。
近隣からの巡回のみに切り替えられる日も、そう遠くはないだろう。
「黄昏れてんなあ、加納さんよ」
そう言って顔を出したのは、乙松。
「人が減っていくのは、寂しいもんですね」
「まあなあ。ワシももう少し様子を見たら行くつもりだがよ。一杯やるか?」
乙松は酒瓶を出した。
「本官は勤務中なんですが……」
*
人類拠点・神保町――
配線三笠の入った雑居ビルの前には、修理を終えたオオタ号が佇んでいる。
砂漠迷彩色の、地味ともいえるその車体の横には、ひときわ目立つ深紅色のボディ。
RAV-AHMハイドラモーター、《ヒュドラ》が停められていた。
その店舗を、一人の客人が訪れる。
袖丈の短い軍服に機械義肢、進駐軍所属の金髪少女。
「今日の仕事はもう上がりました。一緒にごはんを食べましょう」
トゥエルブは差し入れの食材を台所に広げると、手際よく調理を開始する。
「ラヂオ異常、結局不明のままなんだってな」
「そうなんですよー」
元々、西多摩郡のラヂオに入るノイズが《遺物案件》なのではないか、というのがトゥエルブからの依頼であった。
捕らえたミズチのナノマシンを解析しても、例のノイズとは一致しなかったという。
だがその後、該当地区での異常はぴたりと止まった。
ミズチからの間接的な影響があったのかもしれない。
そう推測されたまま調査は打ち切られ、この案件は終了となった。
「今日のご飯はなんですか?」
外をほっつき歩いていたヤエコが、ひょいと顔を出す。
「デザートコカトリスの鶏鍋です、ヤエコさん」
デザアトコカトリス――二十三区の砂漠地帯に出現する、凶悪なニワトリである。
大ぶりで肉厚なその身は、野生の滋味に溢れていると評判が高い。
食べて当たったら石化するという、まことしやかな都市伝説も存在する。
終末前、国内では主食の米こそ安定していたが。それ以外の副食物資に乏しく、食卓は単調になりがちだった。
イイルディングを経て、終末存在――とりわけ動植物型の個体を捕獲・調理する技術が発達する。
米の流通が細った一方、食卓の彩りが却って豊かになったのは不幸中の幸いか。
「いただきます」
トゥエルブは不慣れな箸に苦戦しているものの、食事は和やかに進む。
話題は進駐軍の仕事や通勤、宿舎について。
「通勤、面倒そうです」
そうのたまったヤエコは雑居ビルの上階で寝起きしているので、通勤時間は徒歩零分。
それを聞いて、羨ましそうにトゥエルブが言う。
「もうここから通ってもいいですかあー」
「いいですよ」
「勝手に決めんなって……」
トゥエルブの職場は人類拠点・有楽町にあるGHQ本部。
皇居を中心に地図を広げたとき、その南東側に有楽町、北西側に神保町。
緑の広がる皇居外苑を挟んで、両者はほぼ対角線上に位置している。
RAVで数分の距離だった。
夜も更け、シャッタアも下ろされた雑居ビル前。
誰も乗っていないはずの車体から、微かな音が聴こえてくる。
車載ラヂオのスピイカアからは、ノイズ混じりの音声で――
『ここがいい――やっと、見つけた』
まるで瞬きをするように、ウインカアがちかちかと点滅する。
やがてその輝きも消えると――
ヒュドラは再び、眠りに就いた。
《暴走RAV》――
人類が終末に抗うべく開発したRAVに、寄生型ナノマシンが侵入。
自律行動・意思反応・暴走・そして最後の自爆。
この終末存在は『暴走RAV』と呼称されるが、今なお謎多く、
現在までの捕獲成功・回収例は統計上ゼロに等しい。
――扶栄堂書店刊『幻秘探訪録』連載「終末峠バトル最速伝説」
第七回《リッター財団秘蔵車録》より
みぐぜんの轍(了)
《引用文献》
本篇の構成にあたり、以下の文献を参照した(順不同)
『幻秘探訪録』(扶栄堂書店刊)
・特集「封じられた集落誌」
・連載「終末幻味録」
第十一回《オール・アバウト・タンポポ》
・連載「終末ラヂオ怪録」
第三夜《送信塔のささやき》
第六夜《帰還者の声紋》
・連載「終末峠バトル最速伝説」
第四回《世界チキンレース大全》
第七回《リッター財団秘蔵車録》
・短期集中連載「実録!模倣者喧嘩列伝七番勝負」
中原神社旧碑「社鎮始記」
《GHQ/P.Y.S.E.規格文書66E「技術備忘録」》