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第二篇 みぐぜんの轍(五)

 石碑を調べていると、敷地端の木陰から乙松(おとまつ)が現われ、こちらへと歩いてくる。


「昨日は世話んなったな、配線屋」

「こちらこそ」


 トゥエルブは既に挨拶済みなのか、ぺこりと会釈だけをする。


「約束通り、捜査の協力はするぜ。ラヂオだけじゃなくて、事故のほうも手伝ってやる」

「事故……」


 事故の調査依頼は、半ば完了しているといってもいい。

 村のRAVに異常はなく、加納(かのう)には報告済み。

 長老たちには挨拶が済んでおり、後は調査結果を伝えるだけだ。


正信(まさのぶ)――御館(おやかた)家の坊っちゃんに、なんか頼まれてんだろ」

「ええ。村の車に異常が無いか調べた上で、皆さんにも報告してほしいと」

「まあた、心配性だなあの坊っちゃんはよう。あいつが人を殺したとか言っても、誰も信じやせんて」


 乙松は口の端を吊り上げた。


「実際……村長のRAVも、駐車場に停めてある他の車にも、異常は見当たりませんでした」

「まあ、そういうことならよ。ワシから他の連中にも言っといてやるよ」

「ありがとうございます」


 どうやらこれで、RAV調査のほうは完了のようだ。()()は。


「ラヂオのほうは、何を調べるんだ?」

「山頂にある、中継アンテナを調べようかと」

「付いてきな」


 乙松は、先ほど自分が出てきた木陰のほうへと二人を案内した。

 木々の枝葉が重なり合って分かりづらかったが、奥のほうに開けた場所が見える。


「これは……獣道?」

「元はそうかもしれんが、イイルディングの前にラヂオのアンテナを建てたからな。そんときから作業車が出入りするようになって、割と通りやすい道になっている」


 ミカサとトゥエルブは顔を見合わせた。


「上は今でもアンテナの場所まで出られるはずだ」

「下は?」

「駐車場に出れる」


 駐車場に居たときには気付かなかったが、この場所も遠目には樹木の間が少し空いているようにしか見えない。


「おめえ、御館(おやかた)様にはもう会ったかい?」

「村長さんのお母さんですか? いえ、まだです」

「そうか、御館様は脚を悪くしててな。石段は無理だからそこの獣道で車椅子を押して登ってくるのよ。大変だから、神社に来るのは神事のときくらいだな」


 道幅はおよそ二メエトル。

 上に続く道は急勾配だが、駐車場へと続く下のほうはそうでもない。

 押す人間さえいれば、車椅子での移動もそう難しくはないだろう。


「神事はどれくらいの頻度なんですか」

「年に三度だな。ひとつはもう明日だぜ?」

「六月ももう末ですもんね。どこの神社も例祭の時期だ……」


 日差しは徐々に強まり、風は夏の空気を運んでくる。


「アンテナまで案内してやりてえところだが、この坂はちょっとな」

「充分です。後は俺たちだけで」

「拝殿の掃除してっからよ、なんか分かったら教えてくれや」


 そう言って、乙松は神社のほうへと戻っていった。

 それを見送っていたトゥエルブは、ミカサに顔を向ける。


「どう思います? 今の話」

「中継アンテナに使われる鉛蓄電池は、数ヶ月に一度の交換が必要だ」

「その際、この道を使うわけですね。そして、この道は駐車場にも(つな)がっている」

「事故現場に繋がる隠し車道、ね。ラヂオを調べるつもりが、また事故捜査に逆戻りだな」


 先日から続いた雨で道は一度ぬかるみ、今は乾きかけている。

 何らかの痕跡があったとしても、既に判別は困難だ。


 二人で急斜面の獣道を登る。

 トゥエルブは息ひとつ乱さないが、ミカサは徐々に息が上がってきた。

 山頂のアンテナを見上げると、まだ道は半ば。


「うっ」


 ぬかるんだ段差で足を滑らせ、体がぐらりと(かし)ぐ。

 トゥエルブが咄嗟に手を差し伸べた。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ。ありがとう――」


 言いかけて、ぎょっとする。

 ミカサの手を握るトゥエルブの手は、機械義肢ではなく()()()()だったのだ。


「お、お前。その手……」

「え? ああ、これ。ひょっとして初めて見ました?」


 ミカサが体勢を整えると、トゥエルブの手は見る間に元の機械義手へと戻っていた。


「そんなに精巧な変形が出来たのか……」

「違いますよ? 今のは『縮退保存』していた腕を元に戻しただけです」

「は? 生身に戻せたのか?」


 トゥエルブは不思議そうに目を瞬かせた。


「知らなかったんですか。ヤエコさんは、一度も元に戻したことがないと?」

「いや、それもそうなんだが。お前だって、ずっと義手のままだったじゃないか」

「え?」


 彼女は一瞬考え込むようにして。


「戻す必要、あります?」


 ――戻す必要が、ない?


 それは常人であるミカサには、よく分からない感覚だが。

 生身の腕より遥かに強く、耐久性があり、その上動きも精密ときたものだ。


「確かに必要ないのか……。ヤエコのやつ、それで箸まで持ってるもんな」

「箸を!?」


 驚くところはそこなのか。

 話題が途切れると、再び黙々と坂道を登る。


クモ渡り(スパイダー)

「なんだ?」

「殺人犯がいるかもしれないのに、あまり単独で無茶な行動はしないでください。あなたがいないと、捜査を継続できる自信がありません」


 そうだろうか。

 トゥエルブは単独でもかなり優秀だと思うが。


「まあ……多少は任務に支障が出るか」

「いえ、友人としての感情の問題です」


 意外なことを言われて、一瞬言葉に詰まる。


「だってあなたは――最初からずっと、私のことを『人』として扱ってくれるじゃないですか」

「いや、割と雑に扱ってる気がするんだが」


 人も雑に扱うミカサとしては、間違いではないのかもしれないが。


「そういうことではありません。P.Y.S.E.(ピース)を恐れる者もいれば、過剰に持ち上げる者もいます」

「神様として、祀り上げられてたヤツもいたなあ」


 先月の守部村事件を思い出す。


 同じ終末存在である、自律機械の(たぐい)と誤解されがちだが。

 P.Y.S.E.(ピイス)は確かに人であり、人の心を持っている。

 教育課程が雑――もとい、少し特殊なだけだ。


「……あなたにニックネームを付けても、いいですか」

「え?」


 トゥエルブの声には、妙に切実な響きがあった。


Buddy(バディ)を愛称で呼ぶの、憧れてたんです。ご協力いただけます?」

「バディ? 誰だそれ」

「人名ではありません。バディ・システムは二人一組(ツーマンセル)の行動単位のことです」


 そういえば、アメリカ軍にはそんな用語があった気がする。


「変な呼び方じゃなきゃ、まあ」


 許可を得たトゥエルブは、真剣な表情でしばらく思案していた。


「ミカサだから、ミカ……。ミック……、いやミッキー……」

「だんだんミカサから離れてねえか」


 トゥエルブは機械の指を折りながら検討を続けている。


「ミッカーサーって言うと、ウチの元帥に似てますよね」

「その呼び名で呼んだら関節にオイル差すからな」





 中継アンテナが間近に迫ってきた頃――


「ミカ。この場所、何かが分け入った形跡じゃないですか?」


 トゥエルブが、道の脇に広がる森へと視線を向けた。

 そのあたりには、折られて間もないと見られる枝葉が散乱している。

 動物の仕業とも考えられるが、高さからして人が通った可能性も高い。


「RAVが獣道の何処かに隠されてるとしたら、こういう脇道は怪しいよな。ただ――」

「これ、人は通れても車は無理ですよね」


 無駄足になるかもしれないが、しかし。


「行くだけ行ってみるか」


 獣道の脇を折れ、木々の隙間を縫うように進む。人ひとりが辛うじて通れる幅だが、踏み跡のようなわずかな凹みが続いていた。


「最近、誰かが通ったみたいです。枯れ枝が踏まれてる」


 トゥエルブが先導し、ミカサが慎重に続く。しばらく進むと、斜面の窪地に出た。

 そこに、それはあった。

 一本の石碑が、斜めに倒れかけたまま、苔と落ち葉に覆われていた。地中に半ば埋もれていたが、表面の文字は奇跡的に読み取れる状態を保っている。


「……石碑?」


 ミカサが身を屈めて表面をなぞる。彫られた文様や字体には既視感があった。


「これって、下の神社にあったのと似てません?」

「そうみたいだな」


 刻まれている言葉に目を通す。


「何が書いてあるんです?」

「みぐぜん様の御神体(ごしんたい)についてだな」

「みぐぜん様?」


 トゥエルブは、その名を初めて聞いたようだった。


中原(ながら)神社の御祭神(ごさいじん)だよ。蛇神(へびがみ)って話だったが――」


 ――見なかったことに、しておいたほうがいいか?


 郷土史料としての価値は高いが、今すぐ伝えるべきかどうかは悩ましい。

 村の人間がこれを知っているのなら問題はない。だが、そうでない場合――

 もう少し、彼らと話をしてからのほうが良さそうだ。


「明日には例祭やるって言ってたしなあ……。その後のほうがいいか。元の道に戻ろう」

「分かりました」


 二人は元の道に引き返す。

 頂上はすぐそこだ。


 獣道を抜け、山頂の小広場に出た。視界の端に、例の中継アンテナが現れる。

 錆びついた鉄塔。骨組みはところどころ歪み、先端のパラボラは空に向かって傾いている。

 風が吹くたび、金属が軋む音が耳に触れた。


「やっぱり、見た目はボロボロですね」


 トゥエルブが塔の基部に近づき、パネルの一部に触れる。

 カバーを開けると、内部の回路や配線は意外にも整っており、素人目にも使用不能という様子ではなかった。


「でも、機能自体は正常みたいです。少なくとも、信号は生きています」

「じゃあ、今まで拾ってたっていうノイズは何だったんだ?」


 トゥエルブはしばらく無言のまま、装置に手をかざす。

 ナノマシンリムからわずかに光が走る。内部の波形や周波数を探っているらしい。


「異常波形、確かに記録されてますね。でも今は沈黙しています」

「自然現象か?」

「いいえ。ノイズの特性があまりに偏ってます。繰り返しのパターンもある」


 トゥエルブは、鉄塔の周囲に視線を走らせた。


「断定はできませんが。近くに、何か原因があった可能性があります。意図的な干渉か、偶然かは分かりませんが」


 原因。

 この調査は元々、《遺物(いぶつ)案件》だ。すなわち――


「それが《遺物》ってわけだな」

「そうなります。警戒してください」


 鉄塔の周囲をぐるりと見回していたミカサが、ふと足を止めた。

 木々の陰に、不自然な空隙がある。


「あれは……道か?」


 近づいて枝葉をかき分けると、その先にかすかな空き地が現れた。

 枝が低く垂れていたせいで死角になっていたが、木立の間隔は広い。


「幅、二メエトル近くはあるな。ここなら、RAVでも通れそうじゃないか?」


 トゥエルブがその後ろから覗き込む。


「よく見なければ気付けませんね、これ」


 (ようや)くラヂオの捜査を始められたと思ったら、またRAVだ。

 轢死事故と遺物案件。

 二つの事件は、絡み合う二匹の蛇のように交互に浮かび上がってくる。


「行ってみるか」

「私が先導します」


 ミカサを庇うように、トゥエルブは前へと進む。

 道はすぐに開け、森林内の空き地に出た。


「……ありました、RAVです!」


 木々の合間に、ひときわ目を引く赤い塊が静かに佇んでいた。

 塗装は元は深紅色だったのだろうが、今ではすっかり褪せ、土埃と苔がまだらに付着している。

 車体の側面には枯れ枝が寄りかかり、風雨にさらされた痕跡が随所に見えた。


「見たところ、放置されて随分経ってるな」

「では、この車もシロですね……」


 そう。ここ数日で起きた連続轢死事故の凶器が、この車であるはずはなかった。

 足元を確かめるため、車へと近付く。

 巨大なタイヤは土に深く沈み込み、リフトアップされたシャシイもわずかに傾いていた。

 辺りに(わだち)はなく、車が自走した形跡はない。


「待ってください、これは血痕です。このRAV、人を()いています。それも複数」

「なんだと!?」


 ミカサは改めて車体を注視する。

 深紅色の塗装と錆に紛れて、今まで見逃していた細部が浮かび上がってくる。

 前部のバンパアには歪んだ凹みがあり、その周囲には赤黒い染みが残っていた。


「さっきまで、ただボロいだけかと思ってたが……」


 ミカサの声が低くなる。

 トゥエルブは義手の(てのひら)を車体にかざしていた。


「血痕はいずれも半年以上前のもの。それ以上の詳細は不明です」


 現在の轢死事故だけでなく、過去にもRAVに轢かれた犠牲者がいたのだ。


「どういうことでしょう。轢き逃げ犯は、複数のRAVを用いて定期的な犯行に及んでいた……?」

「どうも、そういうことらしいな」


 これ以上はミカサの仕事ではないが、見て見ぬ振りも出来まい。

 中原(ながら)村には例によって、加納(かのう)しか法執行者が居ない状況だ。


「可能性は、もうひとつあります」

「ん?」

「暴走RAVです」


 暴走RAV。

 その終末存在の名前は、当然ミカサも知ってはいるが。


「暴走RAVってアレだろ。最後には自爆するんじゃなかったのか?」

「極めて稀ですが、捕獲成功例の記録もあります。ただ、その際は内部の寄生型ナノマシンが排出され、自己分解を起こすと言われていて。後に残されたのは、ただの車体だけだったそうです」

「コイツがそうだったとしても、『暴走RAVだった』という証拠は、何も残ってないってわけか」


 シカによる事故。轢き逃げによる事件。そして第三の選択肢、暴走RAV。

 それならそれでいい。

 問題はこれからどうするか、だ。

 ミカサは車体の脇を回り、給油口の泥を指でぬぐい、鼻を近づける。


「まだ臭いはあるな。完全に揮発はしてない」


 車体を一周し、軽く屈んで下回りを確認する。

 オイル滲みはなく、腐食も最小限。内部の劣化が進んでいないことを祈るしかない。


「オイルが生きてりゃ御の字だな。あとはバッテリイか」

「エンジン始動の給電なら私が出来ますけど、まさか動かすんですか?」


 何故そんなことを、と言いたげな顔だ。


 轢き逃げ犯が実際に存在し、村人に紛れていたとして。

 ミカサたちが山頂への獣道を捜査していたことは、遠からず知れてしまうだろう。


「ここに置いておいたら、犯人が証拠隠滅したりしないかと思ってな」

「どうやって? 簡単には動きそうにありませんよ」

「燃やす、とか」


 こんな場所で火を使ったら――山火事になって最悪、村まで燃える。


「そんなことする人、いるんでしょうか……?」

「先月、RAVを爆薬で吹っ飛ばした奴がいてな」


 そのような犯罪者が何人もいてたまるか、とは思うものの。

 一度気になり出すと、どうにも落ち着かない。

 念には念を。あの時の二の舞は、もう御免だ。


「分かりました。では」


 トゥエルブは無言で車体に手をかけ、そのままボンネットによじ登った。

 金具を外す音がして、次の瞬間、ボンネットがゆっくりと開かれる。

 ミカサが見上げると、彼女は屈み込むようにして、内部で何か作業をしている。

 しばらくして、小さく火花めいた光がきらめいた。


「ジャンプスタート、可能です。エンジン、回してみてください」


 ミカサも運転席のドアへとよじ登る。

 窓に顔を近づけ、ダッシュボオドの奥を覗き込んだ。

 古びたステアリングの根元、インパネの右寄り。一本の金属キイが差し込まれていた。


「鍵は差しっ放しか。ん……?」


 運転席から助手席まで、シイトが一体化している。

 まるで、公園などに置いてあるベンチのようだった。


「このRAV、シフトレバアはどこだ? あ、ハンドル横に付いてるあれか……」


 その言葉に応じるように、トゥエルブが口を開く。


「これは一九四〇年、アメリカで開発された――世界初の量産型オートマチック車です」


 オオトマチック車。

 道理でシフト周りの構造が大きく違うはずだ。


「型式番号はRAV-AHMハイドラモーター。通称、《ヒュドラ》」

「……ヒュドラ?」


 その名は、ギリシア神話の闇に蠢く多頭の『蛇』。

 だがそれは、『神』の名に(あら)ず。

 (たた)るもの、(あが)められぬもの。故にそれは――『怪物』の名であった。




  《縮退保存》――

  P.Y.S.E.(ピース)の義肢制御技術に用いられる特殊保存形式である。

  生体時の四肢構造を分子テンプレートとして記録し、

  必要に応じて、分子的構成情報を縮退格納した状態から再構築する。

  平たくいえば、「元の手足を一時的にしまってある状態」に近い。


  ――《GHQ/P.Y.S.E.規格文書66E「技術備忘録」》

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