第七話:仕組まれた偶然
真咲と縁を結んで、はや半年。
いつものように彼女の自宅に招かれた私は、急きょ留守番をさせられることになった。
彼女のスマホ宛てに電話がかかってきて、その電話が長引きそうだと断られたからだ。
お役所仕事の連絡か、身内の訃報でも入ったのか。
なんにせよ、私のことは気にせず、家の中で話してくれていいのに。
そう思いつつも、真咲が酷く深刻な様子だったので、私は大人しく引き受けた。
「───しゃーなし。
これはこれで、いつもはできない体験ってことで。」
そして、出ていった真咲を待っている間。
"適当に漫画でも読んでいて"と言われたので、言われた通りにしていた時だった。
本棚の下段に、あるものが下敷きになっているのが、ふと目に入った。
「図鑑……?漫画ではないよな。よいしょ───」
同じタイトルの少年漫画が巻数ごとに並んでいる下に、ひとつだけ横向きで仕舞われた分厚い本。
気になって引っ張り出してみると、中学校の卒業アルバムだった。
「うわー、懐かしい。
ちゃんと取っといてるの偉いなぁ。
ワタシなんか、とっくの昔に捨てちゃいましたよ、と。」
なんだ、ただのアルバムか。
やましいものでないなら、隠すように仕舞わなくても、漫画の横に堂々と並べればいいのに。
ぼんやりと独り言を呟きながら、私は何気なくアルバムを開いた。
これが後に、真咲の嘘が崩れるきっかけとなった。
「えーと真咲ー、黒石真咲ー……。あったあった、これだー。
へー、意外とぽっちゃりしてたんだなー。
髪型もなんかモッサリで、見るからにマジメちゃんって感じの……、地味な………。」
真咲。
黒石真咲。
あれ。なんだろう、この感じ。
もう随分と聞き慣れた、言い慣れた名前のはずなのに、なにか。
今までにはなかった、引っ掛かりのような何かが、初めて沸き起こったのを感じる。
なんだこの、もやもやとした感覚は。
私はどこかで、大切な何かを、落としてきてしまったのだろうか。
「黒石、クロイシ、くろいし───」
次のページ、また次のページ。
誰かに操られるかのように、指先だけが独りでに動くかのように、夢中でアルバムを捲っていく。
やがて、私は気付いた。
ここに収められた風景は、私の思い出の中にもある。
この中学校は、かつての私が過ごした学び舎と、同じであると。
「(忘れてた、ずっと。
忘れたいって思ってたら、いつの間にか、本当に───)」
こいつも、こいつも。
この先生も、この用務員さんも。
全員知ってる。全部覚えてる。
今の今まで忘れていたけど、たった今思い出した。
つまり私は、私と真咲は、同級生だったのか?
でも、真咲はそんなこと、一言も言っていなかった。
真咲も私を覚えていなくて、偶然に再会しただけ?
だとしたら都合が良すぎだし、それに。
私と彼女の間には、ただの同級生では終わらない、特別な出来事があったような。
"尾田さんって、本当はすごく、優しい人なんだね"。
丸みを帯びた白い頬。涙に濡れた大きな瞳。
"尾田さん"と、慣れない口ぶりで私を呼ぶ、脆さと儚さが如実に表れた声。
そうだ。
あの日、彼女は、私は。
はっとした瞬間、当時の出来事が走馬灯のごとく脳裏を駆けていった。
「───なに、してるの。」
程なく戻ってきた真咲は、真っ青な顔で私と、私の手中にあるアルバムとを見た。
その顔は、取り返しのつかないことをしてしまった、とでも言いたげだった。
「ごめん。黒石。
勝手にこういうことすんの、良くないけど、見ちゃった。」
「……わたしのこと、嫌いになった?」
「ううん。
でも、本当のこと話してくれないと、真咲のやること全部、二度と信じられないかもしれない。」
「………そう、だよね。」
「だから、話して。
どうして、こうなったのか。
こんな形で、再会することになったのか。」
真咲は少し黙って、暫く迷ってから、わかったと頷いた。