第四話:メイクの仕方が違えば
玄関での立ち話を切り上げ、いざ室内へ。
通されたリビングは、クリスマスムード満載の仕上がりとなっていた。
「───なにこれーーー!」
「うふふ、びっくりした?」
小学生の背丈ほどあるクリスマスツリーに、女子ウケを意識したであろうパーティー飾り。
テーブルいっぱいに並べられたご馳走に、美しい意匠の施されたホールケーキ。
聞けば、ご馳走はすべて彼女の手作り。
ケーキは評判の店まで買いに行ったものだという。
本来の目的で私を呼んだのであれば、爆笑必至の異様空間だったところだけど。
友達を招くために用意された部屋と考えれば、その友達はきっと嬉しいに違いない。
「───あ、これすごい美味しい。これも手作りなの?」
「そう。
ネットで調べて作ったやつなんだけど、気に入ってもらえたなら良かった。」
「へー。料理上手なんね。」
「ユリアちゃんは?自炊とかするの?」
「たまにかな。
こんなのと比べられちゃうと、犬の餌のがよっぽどマシって感じ。」
「最近のペットフードって美味しいらしいね。」
「そのコメントは違うくない?」
「───うーわ!駅前んとこのケーキじゃん!
いっつも馬鹿みたいに並んでんのに、わざわざ買ってきたの?」
「たまには贅沢しようと思って。
一人じゃ食べ切れないから、ユリアちゃんもいっぱい食べてね。」
「ええ〜〜〜……。
嬉しいけど、カロリー……。今日一日で何カロリー……。」
「大丈夫だよ。
ユリアちゃん細いし、ちょっとくらい食べ過ぎても。」
「帰る頃にはヘソ出し三段腹になりそう。」
「食べ過ぎた時は一段じゃないかなぁ?」
「だから違うってコメント。」
「───へー。あんたゲームとかすんだね。意外。」
「よく言われる。
子どものころ禁止されてたから、その反動かな?」
「あ、これ先週出たばっかのやつじゃん。
これの最初のやつとか、えー、何年前だ?
小学生の時、友達とよくやってたわ。」
「やる?まだ時間あるし。」
「いいの?」
「もちろん。手加減しないぞ。」
「こっちのセリフよ。
ワタシの華麗なドラテクに、えー。
抜く……、なにを抜く……」
「度肝?」
「それ。それを抜かれるがいいわ。」
「締まらないなぁ。」
ご馳走やケーキを食べながら、クリスマス限定の特番を観たり。
大人数用のゲームで遊んだり、流行りのスマホ動画を共有したり。
最初はよそよそしかった空気も、いつの間にか、幼馴染みといるように温かくなって。
気付けば、こんなに楽しいクリスマスは小学生以来だと、彼女以上にはしゃいでしまっている自分がいた。
彼女は、そんな私を嗤ったりすることなく。
自分も楽しいと言って、子供みたいに一緒にはしゃいでくれた。
「そういえば、さ。」
「なに?」
「なんでワタシだったの?」
「え?」
「指名。
他にもいっぱい、ワタシなんかより可愛い子、いたでしょ。
なんでワタシにしたの?」
「……なんとなく。直感。」
「直感?
ギャル好きとかドMとかってこと?」
「ユリアちゃんのお客さんって、みんなそういう……?」
「そりゃそうでしょ。
でなきゃ清楚系一択よ。デリヘル嬢に清楚もクソもねーけど。」
「んー……。そういうの、あんまり考えたことなかったけど……。
どうせなら、自分と遠いタイプの人がいい、くらいの基準は、確かにあったかも。」
「ふーん。」
「それ抜きにしても、純粋に可愛さでも、きっとユリアちゃんを選んだよ。
あの中で、ユリアちゃんが一番かわいかったよ。」
「ふ、フーン?」
彼女からの申し出を無視しなくて良かった。
今日という日を彼女と過ごせて、彼女が選んでくれた相手が私で、良かった。
私が私で良かったと、そんな風に思えたのは、これが初めてだった。
「───じゃあ、そろそろしよっか。」
「エッ?」
「話。」
「あ、ハナシ……。
そうだったね、ごめん。」
「気が乗らない?」
「そんなことは───、あるか。
ロクな人生送ってこなかったからさ、ワタシ。
たぶん、なんも面白い話、できないと思う。」
「……無理しなくていいよ。
ただわたしは、面白いとかつまらないとかじゃなくて、ユリアちゃんの話なら、聴いてみたいって思っただけ。」
「……そっか。なら、いいよ。」
「いいの?」
「いいよ。
こんだけおもてなししてもらったんだもん。せめて名乗るくらいは、ね。」
「ありがとう。
じゃあまずは、わたしから。」
「お願いします。」
指定された刻限まで、残り一時間を切った頃。
音楽番組のムーディーなメドレーをバックに、私たちは互いの身の上話を始めた。
そこで私は、彼女と自分が全く異なる人種であることを、改めて痛感した。
「へー、カッコイイ名前だね。音だけ聞くと男の子みたい。」
「よく言われる。
事務的な場面でも誤解されたりね。」
「……ちなみに、ワタシはなんて呼んだらいい?」
「好きなようにでいいよ。黒石でも真咲でも。」
「じゃあ、"真咲さん"って呼んでもいい……?」
「えっ、下で呼んでくれるの?」
「だって、ワタシのこと"ユリアちゃん"って……。
いや、源氏名に名字の概念……?」
「なんでもいいよ。
ユリアちゃんに呼んでもらえるなら、なんでも嬉しい。」
「……あんたってさ。」
「うん?」
「なんでもない。」
黒石 真咲。
23歳独身。市役所勤務。
家族構成は父母姉の四人家族。
趣味は手芸と食べ歩きとゲームと読書。
過去の恋愛経験は、恋人未満のボーイフレンドが高校時代にいた程度。
友達も少ない方で、幼少期は人見知りかつ引っ込み思案な性格だった。
などなど。
彼女の人となりを纏めると、大体こんな感じだった。
「晴子ちゃんか。かわいい名前だね。」
「よく言われるわ。名前だけはかわいいねって。」
「名前もなのにね。
ギャルといえばクールなイメージだからかな?」
「で、───真咲さんは、どうするの。」
「なに?」
「ワタシの呼び方。
上でも下でも、ワタシもどっちでもいいけど。」
「……"ユリアちゃん"のままでいいよ。」
「なんで?」
「だって、今はお仕事中なわけでしょ?
お客さん相手に本名なんて、普段は絶対教えないわけでしょ?」
「そりゃあ、まあ……。」
「だから、今はいいよ。
ただでさえ、ルール違反ギリギリなことさせちゃってるんだし。
最低限のケジメはつけないとね。」
「真咲さんが、それでいいなら……。」
もちろん、彼女にばかり語らせるわけにはいかず。
私も一応の自己紹介と自己開示はさせてもらった。
本名に年齢、趣味や学生時代の思い出など。
人に自慢できるような内容のものはなかったけれど、彼女は全部を興味深いと喜んでくれた。
ただ。
どうして今の仕事に就いたかだけは、どうしても自分の口からは言いたくなくて。
真咲さんも知りたそうな顔をしつつ、無理に掘り下げることはしないでくれた。
「───あー、たのしかった!
三時間も持つかなーって不安なくらいだったけど、あっという間だー。」
「……そうだね。」
「最後まで付き合ってくれてありがとう。
おかげさまで、向こう一年は元気に過ごせそうだよ。」
「こちらこそ。」
「そうだ。
このあと予定ないならさ、いろいろ持って帰らない?
ご飯もケーキも余ってるし、タッパーも別に返さなくていいし───」
「あの!」
「ん?」
「お土産、も、嬉しいけど……。またその、ワタシと───」
「あ、そっか。時間厳守なんだもんね。
引き止めてごめんね。これ、カイロあげる。おなか冷やさないようにね。」
「え?あ、うん。ありがと……。」
「じゃあ、バイバイ、ユリアちゃん。気をつけて帰ってね。」
「………ばいばい。」
そして、約束の三時間後。
ここまで仲良くなれたのだから、連絡先くらいは交換しておきたい。
そう思った私は、普通の友達としてまた会えないかと、勇気を奮って切り出そうとした。
しかし、真咲さんの方にそれらしい素振りはなく。
今日は楽しかった、いい思い出をありがとうと締めくくると、彼女は私を帰してしまった。
その瞬間、私は自分が恥ずかしくなった。
「………は、」
そうだ。
最初から彼女は、クリスマスを一緒に過ごしてくれる、話し相手を探していただけだった。
なのに、私ときたら。
こんなに楽しく遊べる相手なら、既に友達のようなものだろうと、勝手に舞い上がって。
そもそも、お金を貰ってここに呼ばれたのだということを、すっかり忘れていた。
自惚れるな。
彼女は市役所の職員で、私はしがないデリヘル嬢。
メイクの仕方が違えば、見ている景色も歩いている道もぜんぜん違う。
もっとちゃんと、自覚を持て。
たとえ馬が合おうと、偏見がなかろうと。
身売りをしている女なんかとは、お日様の下で並ぶ気はしないはずだ。
「(バッカじゃねーの。)」
いいや、もう。
一夜限りのごっこ遊びだったとしても、二度と会う機会はなかったとしても。
彼女が私に、対等に接してくれたことは確かだから。
その思い出だけ貰えたら、もういいや。
「ワタシも、楽しかったよ、真咲さん。」
こうして私は、吉原さんの待つ駐車場まで戻り、デリヘル嬢としての日常に帰っていったのだった。
ドアに向かって呟いた最後の独り言を、ドアの向こうからしっかり聞かれていたとは、露知らずに。