第二話:雪と聖夜とヘソ出しギャル
私がデリヘル嬢になって二年ほどが経過した、ある日のことだった。
聖なるクリスマスイブの夜、まさに聖夜に、新規の客から指名が入った。
仕事でもプライベートでも予定のなかった私は、二つ返事でOKした。
「───ご新規でフリーコース一点集中とは、ジョージさんの再来か?」
「更に上でしょ。オプションも付けてないんだもん。」
「よっぽどこういうのに疎いか、よっぽどユリアちゃんが好みだったか、だね。」
「せっかくのクリスマスなのにね。」
「それはどっちの意味で?
先方視点?ユリアちゃん視点?」
「どっちもだよ。
ワタシも普通に萎えるけど、クリスマスにデリヘルなんか呼んでも虚しいだけだろ。」
「一人ぼっちで過ごすよりはマシなんじゃない?
そういう人がいるおかげで、我々もメシ食えてるわけですし。」
「……それはそうだけどさ。
ワタシが男だったら、絶対、こんなことしないのにな。」
送迎車のドライバーである吉原さんと向かった先は、繁華街から少し外れたアパート。
受付担当の井春さんによると、3時間5万円のフリーコースを希望で、追加のオプションは不要とのことだった。
うちの系列は相場よりお高めの料金設定なので、オプション抜きのフリーコースを選んでくれる客は滅多にいない。
せっかくのクリスマスにという気持ちも無くはなかったが、せめて有り難い客に当たったのは幸いだったと、私は密かに安堵した。
「じゃ、ここ停めてるから。」
「あいあい〜。」
「なんかあったら───」
「分かってるって。お留守番よろ〜。」
「尻の毛まで毟ってくるのよ〜。」
「いつまで擦んねん、それ。」
目的地に着いた私は吉原さんと別れ、支給品のスマホで客と連絡をとった。
「"今、アパートの近くにいます"ー……、よし。」
すると一分も経たないうちに、客から返信があった。
既に準備は済ませてあるので、いつでもインターホンを鳴らしていい、らしい。
「(誰もいない───、な。
やる気まんまんウケるわマジで。)」
人目がないことを確認し、アパートの階段を上っていく。
二階角部屋、2ー1号室。
客の住まいであるという部屋以外、どこも明かりが点いていない。
どうやら、他の住人は出払っているようだ。
今頃は彼氏や彼女、友達や家族と一緒に、大通りのイルミネーションでも眺めているかもしれない。
「(イルミネーション、か。
ワタシも、何年も、見てないや。)」
ここまで来て、今更な話だけど。
よりにもよってクリスマスに女を買うなんて、今日の客はよっぽど寂しい男なんだろうか。
私に言えた台詞じゃないとはいえ、どうせならもっと身になることに投資すべきじゃなかろうか。
5万円もの大金を支払って、3時間だけ知らない女に慰めてもらうのと。
その分で自分磨きを頑張って、本物の恋人や結婚相手を見つけるのと。
誰がどう考えても、後者の方が良いに決まっているのに。
まあ、私に言えた台詞じゃないし、私の懐は助かるから、なんでも構わないんだけど。
「ふー……。さむ。」
2ー1号室前。
インターホンを鳴らし、待つこと更に一分弱。
パタパタとこちらに駆けてくる足音が、室内から響いてきた。
遠慮がちにドアが開かれる。
現れたのは、想像とは全く異なる姿をした人物だった。
「えっ……。」
女だった。
いかにもキモオタ風の青年か、ハゲ散らかした妖怪ジジイあたりが出てくるものと思いきや、若い女が普通に出てきた。
それも、黒髪のショートヘアで整った顔立ちをした、風俗なんかとは縁のなさそうな風貌の女だ。
「誰、あんた。」
もしや、訪ねる部屋を間違えたか。
もしくは、代理人が応対だけしに来たとか?
だとすると、この女と客とは、どういう関係なんだ。
姉?妹?家族を招いた上でデリヘルも呼ぶのは、さすがに頭沸きすぎだろう。
そもそも知人という線が薄い気がする。
あ。
他店からも別のデリヘルを呼んでいて、私と合わせて三人で楽しみたいってことだったり?
可能性としては有り得るけど、うちの系列そういうのお断りだし。
下手すりゃ違約金発生の案件だし、違うかもしれない。
想定外の事態に驚いた私は、いつもの口八丁を忘れて、女の動向を窺うしかなかった。
女は何かを察した顔で、恐る恐ると第一声を放った。
「きゃらめるしんどろーむの、ユリアさん?」
"きゃらめるしんどろーむ"とは、私が在籍する派遣サービス店の商標名であり。
"ユリア"とは、私のデリヘル嬢としての源氏名である。
つまり、私が訪ねる部屋を間違えていないことと、女の存在自体も間違いではないということが、先程の発言により明らかとなった。
「立ち話もなんですし、とりあえず、どうぞ。」
突っ込みどころは多々あれど、一先ずは女の厚意に甘えさせてもらうことに。
雪の降る師走の北海道と、ミニスカへそ出しルックのギャルは、ミスマッチなんてもんじゃない。