第十三話:恋人ごっこ
「───そんで?
変わったってのは、どこらへんが?」
「全部だよ、ぜ・ん・ぶ!
あのあとすぐ質問攻めにあってさ、捌くのホント大変だったー。」
黒石の潔白が証明された。
私の突撃がよほど効いたのか、今度は噂を流していた奴らが肩身の狭い状況にあるとのこと。
「質問攻めって、たとえば?」
「さっき話してたのは誰だったー、とか。もしかしてあの子が噂の友達ー、とか。いろいろ。
だからこの際、ぜーんぶ白状して、証明してやったわけさ!」
「というと?」
「仁科さんが前に見かけた、不良っぽい友達っていうのは、確かに彼女のことで、でも彼女は、不良なんかじゃないってこと!
真面目で優しくて可愛くて、わたしの一番の友達なんだってこと!」
「……フーン。」
「あ、照れた?照れたね?
やだー、わかりやすいんだからー。ウフフ。」
「うるっさい。こっち見んな。」
意地悪な態度で接してくる人は殆どいなくなり、黒石自身の業務も正当に評価してもらえるようになり。
今ではお昼を一緒に食べてくれる相手まで出来た、と。
何もかも私のおかげのように黒石は言うが、実際は黒石の努力が実を結んだのだ。
このまま黒石には平和な日々を過ごしてほしいし、黒石を貶めようとしていた奴らには反省してほしい。
「そっちは?
例の件、どうなったの?」
「……今はまだ、下っ端のバイト扱いだけど。
一年働いたら正社員にしてくれる、ってとこに決めた。」
「どこどこ!?」
「駅前の、"ISOLDE"ってアパレル。」
「えっ……。ISOLDEって、あのISOLDE!?
わたしもたまに行ってるよ!安くてオシャレな服いっぱい置いてるし!」
「あ、マジ?実はワタシもでさ。
印象いいかなって思って、全身ISOLDEコーデにしてったら、面接の人にセンスいいですねって褒められたんだよね。
だからこんなクソみたいな経歴でも、受け入れてもらえたのかもしんない。」
「すごいすごいよ!おめでとう!!よかったね!!」
「あんがと。」
「でもそっかー。これからは、あそこ行けば尾田さんに会えるのかー。
今度から入り用の時は、ISOLDEオンリーで済ませようかな。」
「あんまし通われると恥ずいからヤメテ……。」
一方、私はというと。
全国的にもちょっと有名なアパレルブランドで、アルバイトとして雇ってもらえることが決まった。
ハイグレードな服からプチプラな小物まで幅広く扱う、客を選ばないオープンな服屋だ。
といっても、私には特別な資格も、昼職での接客経験もない。
正社員になるためには、前述の通り、一年間のアルバイトを義務付けられた。
そこは仕方ないと思うし、期間中にも業績次第で賃金を上げてくれるそうなので、むしろ重畳といえるだろう。
私も黒石も、仕事の面では良い風が吹いている。
逆を言うと、仕事以外の面が、なかなか上手くいってくれない。
目下一番の関門である、黒石の政略結婚問題が、まだ解決していないのだ。
「メッセージで言ってたけど、お見合い。またセッティングされたんでしょ?いつ?」
「二十日後……。」
「キャンセル効くまでは?」
「明々後日まで……。」
「……突破口は?」
「じぇんじぇん見つかんにゃい……。」
玄関先で母親と口論して以来、多少は譲歩してもらえたようだが、さすがに限界というわけらしい。
先日、お見合いの席が再びセッティングされた。
しかも今度のお相手は、今までの誰より高学歴かつ高収入。
お見合いの打診も、向こうから是非にの形で進められたとのこと。
つまり、この縁談に応じたら最後。
やっぱりやめておきますと、後になって断るのは、非常に難しくなってしまう。
「なんならワタシの男友達、派遣しようか?
ご両親のお眼鏡に適いそうなヤツは、さすがにいないけど……。」
「うーん……。
ありがたいけど、やめとく。
うちの親、そういうとこだけ妙に鋭かったりするから。
誰かに合わせてもらっても、すぐバレちゃうと思う。」
「でも、キャンセルの条件は、誰か連れてくことなんでしょ?」
「うーん。うーん。
……こうなったら、そのへんの猫でも捕まえて、わたし人間は愛せないのー、とかって一蹴すれば───」
「絶対失敗するからやめとけそれは。」
目前に迫った大本命。
猶予は残り三日足らず。
突破口は見付からないまま、じりじりと背水の陣へ。
どうしたものか。
代役を立てるにしても、相応しい人材は私にも黒石にも当てがない。
最悪、出張彼氏的なサービスから引っ張ってくるって手もあるけど。
黒石のことをよく知らない他人に任せても、あの怖そうなお母さんに詰められたら、即時アウトな気がする。
どうせ選ぶなら、黒石のことをよく知っていて、黒石と親しい空気感を出すことができて、それきり新しい見合い相手を勧められずに済みそうな、決定的な抑止要素のある人物を。
「……ねえ、黒石。」
「なに?」
「最悪、そのへんの野良猫でもいいんだよね?」
「へ……。あ、うん。
さすがにそれは冗談だけど、そのくらいぶっ飛んだ相手でもわたしは───」
「だったらさ、」
「───ワタシを仮の恋人にすんのって、どう?」