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蒼い糸  作者: 和達譲
尾田と黒石
12/19

第十二話:指切り


黒石と距離を置いてから、一ヶ月が経った。

準備を整えた私は、ある行動(・・・・)を起こした。


時刻はもうじき、正午を迎える頃。

向かう先は、街中にある市役所。


言わずもがな、ここは黒石の勤め先だ。

当の黒石にとっては、四面楚歌を具現化した場所でもある。




「───すいません。

福祉課の黒石さんに用があって来たんですけど。」



待合所をうろついていた職員の一人に声をかける。

誰だコイツとばかりに凝視されても、こちらはあくまでスマートに、お行儀よく。


間もなく昼休憩の時間に入ると、先程の職員から呼び出されたらしい黒石が、私の前に現れた。


黒石は、まるで幽霊か怪物にでも遭遇したかのように、驚いた顔で私を見た。

黒石にしては珍しい類の反応だったので、私は思わず笑ってしまった。




「ど、どう……っ!?なんっ、なんで!?

髪っ……、ていうか、服!あと眉毛!」



驚かれるのも無理はない。

今の私は、黒石の知る私とは、全く異なる姿をとっているのだから。



「急に来てごめん。

どうしても、最初に見せたかったからさ。

ハロワ行く前に、寄っちゃった。」




中途半端にグラデーションができていたプリン頭は、いわゆる烏の濡れ羽のように真っ黒く染め直して。

アイメイクは控えめに、眉毛はしっかりめに描いて、コンタクトは色なしディファイン抜きのやつにして。

服装もヘソ出しミニスカルックから、清楚っぽいコンサバ系に全取っ替えして。


とにかく私は、大々的にイメチェンをした。


やり直す(・・・・)ために。

ここにいる連中に、黒石の友達はただの馬鹿じゃないってことを、教えてやるために。




「ハロワ、って……。

あ、そっか。新しい勤め先、探すって言ってたもんね。

これから行くの?」


「うん。

力仕事でもなんでも、ちょっとでも時給いいとこ探すつもり。」


「そう、なんだ。そっか……。

頑張ってね。前の格好も好きだったけど、今の方が、正統派美人って感じで、いいと思うよ。」




いつもと変わらない口調で、いつもと変わらない笑顔で、親身な言葉をかけてくれる黒石。


でも、今の私には分かる。

周囲から集まる奇異の視線に、内心では萎縮してしまっていること。

地味なパンプスの内側では、細い指先がギュッと丸まっていることを。




「黒石。

ワタシ、変わるから。」


「え?」


「人間は、中身が一番大事なんだから、外身なんか気にしなくていいじゃんって、今までは思ってたけど。

世の中には、黒石みたいな、心で見てくれる人ばっかりじゃない。

どうしたって、見た目からしか入れない人もいるし、中にはそこで完結させちゃう人もいる。

根は真面目でも、ヤンキー丸出しの見た目してる奴は、ソッコー面接で落とされちゃうようにね。

だから───」




耳を澄ますと、聞こえてくる。

雑踏に紛れた雑音が、嫌でも耳に入ってくる。


黒石さんと喋っているのは誰か。友達か、姉か妹か。

いや、あの顔は確か、渦中にいる女ではないか、と。




「見かけで判断する人たちにも、分かってもらえるように。

一回ぜんぶリセットして、周りに染まってみることにしたの。

ワタシのせいで、黒石まで馬鹿みたいに思われんのは、ぜったいヤだもん。」




それでいい。

もっと見ろ、私を。


あいつこそが、噂の悪い友達だと。

黒石さんには不釣り合いな相手だと。

もっと大きな声で、もっと大袈裟に騒ぎ立てろ。


誰になにを言われようと、私たちは誰も傷付けていない。

私たちを構成するものは、なにも恥ずかしいものではない。


何度でも騒ぎ立てるというなら、何度だって証明しに来てやる。

私たちを繋ぐ糸は、お前たちの悪意で断ち切れるほど、ヤワじゃないんだよ。




「どう?

これだったら、前よりは、恥ずかしくない、でしょ?」




私個人は、人より劣っているかもしれない。

ただの馬鹿じゃなくても馬鹿だし、気は短いし度量も小さいし。

通りすがりに後ろ指をさされても文句を言えない痴態を演じて、今日まで生きてかもしれない。


でも、今の私は違う。

こんな私と堂々と歩いてくれる黒石に、もう肩身の狭い思いはさせたくない。




「……もう。またそんなこと言って。

尾田さんのこと恥ずかしいなんて、わたし、一度でも言ったことあった?」




ねえ、黒石。

私、本当に、あんたには感謝してるんだよ。

借金のこともそうだけど、あんたみたいな人間もいるんだって、教えてもらったから。


ずっと、いらない存在なんだって思ってた私に、あんたは意味を与えてくれた。

それがどんなに、尊いものだったか、ありえない奇跡だったか。

語って聞かせても、あんたはきっと、私の方がすごいとしか言わないんだろうね。




「もしかして、前の方が良かった?」


「どっちも素敵だよ。

自分の好きに正直な尾田さんも、わたしのために自分を変えようってしてくれる尾田さんも。

どっちも素敵。どっちも嬉しいよ。」


「じゃあ、さ。」


「うん?」


「今度、ごはんとか、食べ行かない?」


「え?」




黒石、私はね。

神様なんかじゃないんだよ。

いつも自分のことで手一杯で、人に優しくしてる余裕もなくて。

一人じゃ真っすぐ歩けなくて、転ぶ度にこんな人生なんかって不貞腐れて。


あの時助けに入ったのだって、気まぐれだったんだよ。

あんたじゃなくても、気に入らなかったら止めてた。

あんたでも、気が乗らなかったら止めてなかった。


ぜんぶ偶然だったの。

ぜんぜん特別なことじゃなかったんだよ。




「待つとかなんとか言っといて、アレだけど……。

やっぱ、何日も会えないのは、寂しくて、さ。

ごはんじゃなくても、スキマ時間の5分10分だけでも───」


「行こう、ごはん。」


「うわ、急に詰め寄るな。」


「お寿司にする?焼き肉にする?

あ、たまにはウナギとか、フグとかもいいね。」


「そんな豪勢じゃなくていいって。

黒石と一緒なら、ワタシはなんだっていいんだよ。」


「……うん。わたしも。」


「ゆっくりお喋りしたいし、カフェもいいかな。

前によく、色んなとこ巡ったよね。」


「そうだったね。

クリーム系ばっか頼んじゃって、途中ですっごいお腹壊したり。」


「あったね〜。」




だから。

あの日が特別になったのは、あんたのおかげ。


あんたが死ぬ気で、私を探しに来てくれたおかげ。

こんなに目まぐるしい世界で、それでも私に会いたいって、走ってきてくれたおかげ。

取るに足らない私の名前を、何年も覚えていてくれたおかげ。




「ごめん、呼ばれちゃった。」


「こっちこそごめん。忙しいのに。」


「いいよ。

来てくれて嬉しかった。面接、頑張ってね。」


「ありがと。黒石もね。」 


「また───」


「うん。」


「また、連絡するから。」


「……うん。待ってる。」




ねえ、黒石。

私はあんたに、なにをしてあげられるだろう。

あんたの世界の登場人物で居続けるためには、私はどう生きていくべきだろう。




「約束ね。」




気付けば、黒石以外の声は聞こえなくなっていた。



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