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つまり、完璧な女の子

挿絵(By みてみん)

                      

 唯川羽根と、唯川夏目の〈適合〉は、最高にうまくいっていました。

 運動神経ニューロンの伝達は、末端までほぼ完璧です。17歳の母と娘の身長も体重も血液型も同じだったのでしょうか。

 あとは、母親である唯川夏目の〈才能〉が100パーセント、唯川羽根に移行されているかどうかでした。

 

 そうです……。

 唯川夏目の長女を追いかけてきたぼくは、この部屋にいて、ずっと様子をうかがっていました。右ななめうしろ、1.5メートルの位置にいるぼくのことに彼女は気づいてもいません。(見えていないのですから)

 あの病院にいた時も、ただ見ていただけ。生きている人を眺めている傍観者でしかありませんでした。

 今回は、ちがいます。

 いずれ自分から姿をあらわして、この女の子と向き合って、話しかけないといけない。

 ……自分から向き合って、話しかける? それも17歳の子に?

 たとえば自分の姿を彼女に見えるようにする(だけ)ならば簡単です。(可視化することを願えばいいだけですから)

 だけどこれから3日間、コミュニケーションをとるとなると話は全く変わります。

 これを読んでいるあなたは笑うかもしれない。でも口をひらいて最初に何を言うか、ただの一語だって思い浮かびません。

 生きている人間と――それも女の子と、どのくらい接していないか記憶にないけれど、なにを話したらいいのかわからない。

 自分が彼女にむかって、こういっている場面を想像してみたんです。

 「こんにちは、ぼくは塩野っていう名前です。死んでいるんだけど、これからよろしく」

 

 ……だめだ。ばかばかしくて、とても言えない。だめだ。

 いいわけかもしれませんが、これ以上、彼女を怖がらせたくもありません。今日のあの子には、あまりにも多くのことが起こったから。

 

 いま、羽根は(外見は唯川夏目ですけど、やっぱりぼくは彼女のことを羽根と書きます)

部屋のすみっこで、自分の姿を見下ろしています。

 見覚えのないトレーナー、見覚えのないデニムパンツ、びっくりするほど細いウエスト。

 断言できるのは、ただのトレーナーが、こんなに〈恐ろしいほど似合ってる人〉を見たことがないということ。ドレスで着飾るよりも素敵で、おまけになんとも可愛い。

 ぼくはその姿に目が吸い寄せられてしまいます。

 

 自分がこの世界にいるのは、3日間。

 まだ「監視」ははじまったばかりです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ぼくが、どうやって話しかけようかと悩んでいるのも知らず、羽根は考えていました。

 ――あの変な看護師さんが言ったとおり、わたしはお母さんの体の中にいる。しかも、変わったのは、自分の体だけじゃない。

 羽根の頭には一つの疑問が浮かびます。あの人が言ったことが本当なら、自分は、1987年にいるのだろうか?という疑問です。

 じっさい、部屋のなかで目にしているものは、2020年代のものとは違います。

 でも、人は過去に来ていることを、それほど簡単に信じられるわけがないのです。ノスタルジックな趣味の人が、昭和な家具をそろえているだけかもしれませんし。

 羽根は、顔の半分位を占めるかと思われる大きな目で、箱型のテレビや本棚やドアを順番に、しげしげ見ています。

 ほんとうに過去の世界にいるのか、自分の目で確かめたい。確かめなきゃ。じっとしてなんかいられない、そういう顔つきです。

 ――だったら、確かめるにはどうしたらいい?

 もう羽根は立ち上がっていました。今度は足も上半身も、ふらついてません。

 この十分間でぼくにわかったのは、この子は他の子とは少し違うということです。こんなに早く、別人の体とすんなり〈適合〉した人を見たのも初めてです。(ふたりが親子で、DNAに共通点が多いとしても)

 たしかに〈代替〉として最高の人材だといわざるを得ません。

 

 感心してる場合ではありません。

 すでにこの人は外へ通じるドアに向かっています。

 羽根は「ごめん。お母さん借りるね」と、この場にいない母親に許しを乞い、ローファーに足をつっこむと(隣のハイヒールには目もくれず)ドアを開け、さっさと外へ出ていきました。

 少なくとも、完璧に美しい女子の姿をしたこの人物は、せっかちな性格のようでした。

 

 羽根につづいて、部屋を出てわかったのは、どうやら、マンションの3階にいるらしいこと。古い建物のようで、エレベータはありません。

 羽根の姿をさがすと、もう通路のむこうにいて、階段を使って下におりようとしています。

 ぼくは、あわてて駆けてゆき、彼女が階段をおりていく様子をはらはらしながら見守ります。

 慣れない体で、あちこち動きまわって転んでけがをするのも心配だし、なにもわからないまま外へ出て事故にあったりしたら、それで終わり。

 監視者として、なんて非難されるかわかったものではありません。

 

 ぼくの心配をよそに、女の子は足をふみはずして骨折することもなく、マンションの一階におりたちました。

 エントランスには、幸か不幸かだれもいません。彼女はなんのためらいもなく、まっしぐらに玄関口から足を一歩ふみだしました……

 

 外の世界へ。1987年の夜空の下へ。



つづく

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