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唯川が借りた才能は

2024年から、昭和の時代へ逆行した少女が借りたのは、のちにスーパースターとなる17歳の母親・唯川夏目の才能でした。


少女が、過去の運命を変えてしまわないように監視をする少年は、星への階段を懸命に昇っていく彼女に惹かれていきます。

挿絵(By みてみん)



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氏名 唯川羽根(ゆいかわはね) 2005年生まれ 

母 唯川夏目 

出身 神奈川県

身長 161センチ、血液型B型

体重 個人に配慮し非公開

略歴 以下、幼稚園、小・中・高校名が記載されているが非公開

交友関係 個人に配慮し非公開

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 「ぼくが事前に渡されたデータはそれだけ。でも十分でした。彼女に会って、どんな子なのかすぐにわかったから」

 「どんな子だったの?」

 「特徴のない子」

 残念でならない、という顔で少年は言った。

 「あの唯川さんの娘が?」

 「つぎに会う時には、ぜったい顔を忘れてる。そんな子だと思いました」

 「不思議なんだけど、どうしてきみが、彼女に会うわけ?」

 善如寺の質問を少年は無視した。

 「彼女に何かしたの? きみは」

 「何かしてあげたいって本当に思ったけど、何かしたのは、ぼくじゃない。()()()が控え室に入ってきたんです」

 「あの人?」

 「ええ。あの人」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


医科大学病院、家族控室


 床も壁も、すべて淡いクリーム色。清潔でどこか物悲しい。

 イスが二脚とソファが一台、テーブルには鉢植えのプリムラ。

 少女がひとり、壁ぎわのイスに座っている。泣いていたせいでまぶたが腫れて赤い。

 人のいる気配に気づいて顔を上げると、白いスクラブを着た看護師が立っている。


長女と看護師の会話記録


看護師「唯川羽根(はね)さん?」

羽根「はい」

看護師「話したいことがあるの。最後まで聞いてもらえる?」


(看護師は廊下側のスクリーンを下ろして振り返った)


看護師「あなたは心のなかで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っていたんじゃないの?」

羽根「え?」

看護師「だったら、本当になれるか、試してみなさい」


(羽根は、こんなときに何を言っているの、という顔で看護師を見上げた。

 白いスクラブの看護師は、切れ長の目に栗色の髪、年齢はわからない)


看護師「羽根さんは、どうしてお母さんが愛されたと思う?」

羽根「どうしてって…」

看護師「唯川夏目が愛されたのは、彼女を見ているだけで、みんなが幸せになれたから。彼女は光そのものだったから。だけど彼女は十八歳になったとき、他人を幸せにするために、限界を超えて力を使ってしまったの」

羽根「お母さんが限界を超えて、力を使った?」

看護師「ねえ、一千万人の心を照らすということが、あなたには想像できる? 頭の中に、一千万個の電球を思い浮かべてみて。……すべての電球を輝かせるエネルギーがどれほど大きいものか」


(羽根は、まじまじと看護師を見つめている)


羽根「あの、どれほど大きいものかって言われても」

看護師「信じないかもしれないけど、人間の胸の奥には、エネルギーを生む電池のようなものがあるの。

 エネルギーというのはね。なにかを愛そうとする力であり。生きつづけようとするエネルギーなの。それこそ世界を変えるほどの強い力を、胸の奥の「魂」と呼ばれるものが生み出している。だけど、すべてのエネルギーがそうであるように、無尽蔵ではない」

羽根「待ってください。あなた、病院の人なの?」

看護師「唯川羽根さん。私の話を聞いてから判断してね……どこまで話したかな、そう、魂が生み出す膨大なエネルギーを、ふつうの人は使いきることなどできない。

 でも、他人のために限界を超えて力を使い切ってしまう人がいる。あなたのお母さんがそうなの」

 

(羽根の呆然とした顔が、次第に怒りの表情に変わり、女をにらんでいる)


看護師「唯川夏目が、今の年齢まで生きながらえたのは、娘のあなたがいたからよ。

 けれど魂は疲弊し、生きるエネルギーが尽きようとしている、空っぽになっているの」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ミーティングエリア・出版社(港区)

 

善如寺は、男の子に言った。

 「わたしに信じろと? 君が書いていることを」

 「ぼくは見たことを書いているだけです」

 「こんな看護師、いるわけない。唯川さんの長女に話しかけている人はだれなの?」

 テーブルの向こう側から、男の子に見つめかえされ、善如寺は思わず目をそらした。

 「もしかして、特別措置と称して君を病院に呼びよせた人?」

 男の子は、うなずいた。

 「こいつ、マトモじゃないって、思ってるのはわかってます。だいじょうぶ、ぼくはお望みどおり、あと数分で立ち去るつもりですから。あなたは、今までどおり仕事に戻ればいい。信じても信じなくても、どちらでも構いません」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


長女と看護師の会話記録


看護師「あなたのお母さんの命が尽きかけているのは、十八歳のときに限界を超えて力を使い、魂を酷使してしまったことが発端なの。その時から長い時間をかけて消耗した唯川夏目の魂には、もはや生きるエネルギーを生み出す力は残っていないの」

羽根「そんなバカな話、聞いたことがない」

(立ち上がり、ドアの方へ向かう)。

看護師「座りなさい。あなたのお母さんのために」

(看護師は落ち着き払っていた。視線をテーブルのプリムラに注ぐと、花がうなだれ、動画が早送りされるように萎んでいく。数秒で緑色の葉が変色し抜け落ちる)

――羽根は、言葉が出てこない。

看護師「この植物みたいに、生きるエネルギーが尽きてしまったら、誰がなにをしても、もとには戻せない」

羽根「あなたはだれ?」

看護師「ここから大事なことを話すからよく聞いて。

 このままでは枯れてしまうけれど、もしも、生きるエネルギーにあふれている時間へ戻ることができたら、簡単に復活させることができる」

羽根「……意味がわかりません」

看護師「植物も人間も、同じだと言いたいの」

羽根「そうじゃなくて。あなたの言う『生きるエネルギーにあふれている時間へ戻る』とかって、意味がわかりません」

看護師「いい? 唯川夏目がエネルギーを使いすぎる前の、十七歳の時間に戻るの。そして彼女の魂を一時的に保護して、力を蓄えさせる。

 森の奥深くに生息する植物を保護するようにね」

羽根「そんなこと…」 

看護師「できるの。時間をさかのぼって彼女の魂を保護すれば、その先の時間での異常なエネルギーの消耗は避けられる。そうすれば過去の延長線上にいる〈現在〉の唯川夏目はふたたび目を覚ますでしょう」


(羽根が頭の中で必死に考えている様子を、看護師は見つめている)。


看護師「この方法には問題があるの。大きな問題よ。人間の魂を保護するためには、体から一時的に魂を切り離さなければいけない。だけど、いま話したとおり、魂は人間が生きるエネルギーを生み出している。体から切り離してしまったら、唯川夏目の命は文字どおり〈電池を抜いた時計〉のように止まる」

羽根 「十七歳のお母さんが死ぬっていうこと?」

看護師「奇妙に聞こえるけれど、そうよ。十七歳の唯川夏目の命の時計を止めずに、動かし続けるには〈かわりの電池〉が、どうしても必要なの」

羽根「かわりの電池?」

看護師「あなたの魂」

羽根「わたし?」

看護師「唯川夏目の〈代替〉ができるのは、娘であるあなた。

 ただし、娘であっても長期間つづけるのは無理だわ。あなたの魂も消耗してしまうから。

 だけどね、あなたの魂の力は自分が思っているよりも強い、とても強いの。あなたが時間を稼げば、唯川夏目にはそれだけ力が残される」


羽根「……信じられない、そんなの。誰だってそうです。信じられるはずがありません」

看護師「このままでは唯川夏目はずっと目を覚まさない」

羽根 「作り話じゃないなら、やってみせて。できるんだったら、やってみせてください」

看護師「過去へ送りこまれたら、もう後戻りできないのよ」


(看護師の目を見て、羽根は悟る)。


羽根「これは……本当のことなの?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ミーティングエリア・出版社(港区)

 

善如寺は顔を上げた。

 「ムリよムリ、わかる? ここに書いてることを信じるなんて、ムリだわ」

 扉が開き、バッグを抱えた編集者が事務所エリアからやってきて、二人を横目でちらりと見て歩き去った。夜のミーティングエリアは、ふたたび静かになった。

 座っている男の子は全く動じず、老人のように穏やかな声で返した。

 「ムリもないと思います。あなたはその場にいなかったから」

 「信じたの? 唯川夏目の長女は」

 

 男の子は善如寺にむかって、なんとも不思議な表情をした。それは、心の行間を読み取る訓練を積んだ善如寺でも、まるで理解できない表情だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


長女と看護師の会話記録


(奇妙な話を聞いた羽根は、母親がいるICUの方を向いて考えこんでいた)。

 

看護師「どうする? 唯川夏目に残された時間は少ない」

羽根 「わたしに、お母さんの〈かわり〉になれというの?」

看護師「1987年の唯川夏目のね。もう時間がないの。選択をしなさい」

羽根「わたしはどうかしてる。こんなのまともじゃないのに。お医者さんよりもあなたの話を信じたいと思ってる」

看護師「じゃあやるのね」

羽根「待ってください! だけど、お母さんには才能があった。わたしなんかにない特別な才能が……わたしにあの人の〈かわり〉なんて、できると思えないんです」

看護師「あなたの言う才能というのは、顔のこと?」

羽根「それもあります」

看護師「かわいいと思うけど。あなたも、それなりに」

(羽根は、すごい勢いで、首を左右にぶんぶんふった)。

羽根「外見だけじゃないの。お母さんには、だれからも愛される才能があった。だれからもよ。それはとんでもない才能だった」


看護師「人はみんな、生きている間だけ、才能を借りているの。美しい人も、賢い人も、強い人も、たまたま才能を借りているだけ。

 借りたものは死ぬときに返さないといけない。永遠に才能を持ち続けることなどできない。人間は生きているあいだ、才能を借りているだけ」


羽根「人は才能を、借りているだけ?」

看護師「そう。あなたの魂が、お母さんの体に入るというのはね、お母さんの才能も、すべてあなたが一時的に借りるということなの。きれいな顔も声も。いや表面的なものだけではない。内面の才能もすべて」


(羽根はだまっていた――お母さんの才能を、わたしが…借りる?)


看護師「あなたは自分に才能があれば、きっと何者かになれると、心の中で思っていたんじゃないの?」

(羽根は、うつむいて黙りこんだ。――この人のまなざしは、こころの底まで見通しているみたいだ)


看護師「左腕にはめている時計を見て」

(針は止まっていた。ピクリとも動かない)

看護師「どうする? 1987年に行く? 行かない? もやもやした気持ちをずっと抱えたままで生きていく?」

(羽根は、目を上げてまっすぐ女を見つめた)。


羽根「証明してみせて。あなたが言ったことが、本当に起こるのかどうか」

看護師「やるのね? もう一度いうけれど、実行してしまったら、後戻りできない」


(羽根は、迷うのをやめた。もしこれが本当のことなら、実際にそうなってから悩めばいい。失うものはない……自分のからだ以外は。

いまの自分にできることはたった一つしかなかった)。


羽根「やります。過去でもどこでも行くから、お母さんの才能を貸してください。お母さんをたすけてください」


 その瞬間、止まっていた時計の長針と短針が、逆回転をはじめた。

 

 時計の針と周期を合わせるように、女の子をとりかこむクリーム色の壁がぐるぐる回りはじめ、どこからか強い風と眩しい光がふりそそぎ、とてつもない力で地面がゆれて……

 

 それが彼女の――「唯川羽根」だった時の彼女の、最後のすがただった。




つづく



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