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形に、成る
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 迷った結果、翌日村木は田中を通じて警察に通報した。あのまま放っておいても彼は罪を重ねることはないだろう。しかし、罪は罪。償わなければならない。彼女の遺体もあそこにあるまま。村木が抱えるには大きすぎる秘密だ。


 録音したと言えども彼の証言だけでは弱いが、あの右手たちがあれば証拠になる。探せば凶器や車も見つかるかもしれない。あとは素直に捕まってくれるのを祈るばかり。


「これで、彼女も浮かばれるかな」


 四人とも死んだ今、化けて出るくらい何が憎かったのかいまいち村木には理解出来ないが、あそこにぽつんと埋葬された体が家族の元に戻れば、いくらか未練も小さくなるだろう。


 竹下は違うと言っていたが、直接目にした村木は、あの少女が飯塚だったと確信している。超常的な出来事は信じていなかったのに、こうして実際対峙してみるとすんなり自分の中に溶け込んだ。信じるというより、そういうこともあるものだと思った。


 右手首の傷を掻く。血が出た割に傷は浅く、今は痛さも治まり痒みがあるだけだ。崖の下に落ちなくてよかった。


「そういや、飯塚さんも崖から転落したって言ってた。まさか、俺が落ちかけたところ、とか? いやいや、さすがにそこまでは」


 慌てて首を振る。せっかく日常に戻ったのだから、余計なことをぶり返す必要は無い。神社には結局行かなかった。一人で行くのがなんとなく気が引け、先延ばしになっている。週末までにはなんとか時間を作って行かなければ。山へ行った時の勢いが自分に残っていればよかった。竹下の家を出て身の安全を確保出来たと思ったら、すっかり鳴りを潜めてしまった。村木が座りながら両腕を上げて背伸びをする。


「あ~疲れた。帰ってからずっと寝てたのに、いや、寝過ぎか?」


 昨日有給を使ってしまったので、久しぶりに遅くまで残業している。先ほど岡崎も帰った。山田のことや、事件の犯人が見つかったことも彼女に伝えた。犯人に関してはまだ表に出してはならない事項だが、彼女も途中まで一緒に行動いていた関係者なので、名前は出さずとも飯塚との接点やどこにいたかなどは報告しておいた。村木一人で山に行って犯人と対峙したことは秘密だ。もちろん、あの写真のことも。


──過去の嫌なことを蒸し返したって、いいことは無い。恐怖を伝染させる必要も無い。


 周りが静かで欠伸が出る。このフロアには村木しかいない。窓から月明りが村木のデスクに零れ落ちる。穏やかな夜だ。そこに、不釣り合いな着信音が鳴った。デスクに置いてあるスマートフォンをタップし、マイクをオンにする。田中からだった。


「もしもし」


 律儀に報告だけしてくれる人間ではないことを知っている。きっと、事情聴取を受けろと言うのだろう。面倒な作業だが致し方がない。もう竹下は捕まったのか、村木はそこだけが気になった。


『俺俺、今暇?』

「警察が詐欺みたいな電話するの止めろ」

『いいじゃないか。で、暇?』

「暇じゃない。俺だけまだ残業中」


 村木の嘆きに、田中はつまらなさそうな相槌を打った。電話を切ってしまおうかと思ったが、そんなことをしても彼の用事が済むまで何度もかけてくるだろう。


「その暇じゃない俺に電話するってことは、竹下のことだろ。事情聴取の呼び出しか?」村木が続きを促す。


『うん、まあ、そんな感じ』田中は歯切れ悪く肯定した。


 パソコンに打ち込んでいた文字が止まる。自由になった手で、キーボード横に置かれたスマートフォンを持ち上げる。


「なんかまずいことが起きたのか? 山小屋行ったんだろ?」


 連続殺人犯の居所だ。通報してすぐ警察は向かったはず。その後に不具合が起きるとすれば、竹下がいなかった場合である。村木の予想は外れた。


『竹下、いたよ』

「逃げなかったのか。よかった」

『死んでたけどな』

「なんだって!」


 竹下がいたことを知らされ、てっきり捕まってひとまず解決したとばかり思っていたのに。山を下りた足でそのまま警察署に駆けこめば間に合ったのだろうか。結局知らせることになるのだから、迷わなければよかった。村木が髪の毛をぐしゃぐしゃと乱暴に掻き回す。


「いったい誰が」


 そうだ。あの事件の全容を知る者はもう、彼だけだった。被害者は全員殺され、共犯者は病死した。村木も警察以外に情報を漏らしていない。彼に行きつく人間は誰もいないのだ。ならば。


「自殺か!」


 昨日話してみて、自殺するような人間には見えなかった。暇だと嘆いていても、一人気ままに生活すると思っていた。そもそも、自殺する必要が無い。


『違う、と言いたいところだけど、今のところはその線で行ってる』

「なんでそう思うんだ?」


 言ったところで冷や汗が出た。村木はあそこに行っている。村木だけが。


「俺を疑ってるから……?」


 スマートフォンから笑い声が聞こえた。胸を撫で下ろす。


『違う。警察は自殺の線だって言ったろ。お前の指紋はとっくにドアノブから検出済。その上からいくつも竹下の右手の指紋が出てる。アリバイはあるってこと』


 あくまで通報者として事情聴取を行うという。一瞬でも容疑者に浮上するような行動をしてしまったことを後悔した。詰めが甘かった。


「まあでも、よかった。俺に令状が出なくて。じゃあ、容疑者はいないのにお前はどこが疑問なんだ?」


 事件の専門家たちが集まって調べているだろうに、何故そんなことになっているのか。村木の背中に汗が滲む。田中が吐き捨てるように答えた。


『無かったんだよ』

「何が」

『だから、右手』


「右手が……?」今度こそ、村木は卒倒しそうになった。


 田中の報告が事実なら、竹下は村木と別れた後、右手を失い、そして死亡した。自殺というのなら、自ら右手を切り捨てたということだ。どんな屈強な人間であろうと、自身の手首をばっさり切ることは容易ではないだろう。それがあの、小枝のように瘦せ細った男が実行したと?


『んで、失血死。ああ、先に言っとくけど、あそこにはお前の後に誰かが入った形跡は無い。当の本人の左手の爪に土が詰まっていた。だから、自分で右手首を切り落としてどこかに埋めて、そのまま死んだ──が、今のところの見解だ』


──右手、右手か。よりによって右手かよ。


 村木は眩暈がした。


「猟奇的過ぎるだろ……それで自殺って結論付けたら、警察が狂ってると騒がれるぞ」

『んなこと分かってる。でも、他人の入る隙が無いんだ』


 自殺になるか他殺になるか、どちらにせよ警察が叩かれる未来が待っている。他殺にしたとしても、犯人は永久に見つからないだろう。


『ついでに言うけど、顔もぐちゃぐちゃだった。多分、自分で引っ掻いたんだな。爪に血が付着していたから』

「右手に、顔……」


 他人事の電話口とは違い、村木はその意味に思い当ってしまった。顔全体ということは、今までの全てが返ってきたということか。それは、彼が一連の犯人だからか、それとも彼女の写真を受け取ったからか。そうだとしたら、彼は五人目の。

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